チェーンストアの力14
避難所生活が続いた。
すべてが押し流される心配は無くなっても、肝心の雨が止んだ訳じゃ無い。今も地盤の低い地区が危険な事に変わりは無かった。
あの堤防を完成させてからも、あれこれと事態は進んでいる。
まず、国による炊き出しが始まった。正直、これは意外だった。
それに、今回の事でダメにしてしまった地区に住んでいた人達へのケア。これも即座に声明が出され、国による補償が約束された。
俺が想定していたよりずっと早く、しっかりとした対応だ。
色々と難しい事情もあったようだけど、あの女王様もなかなかやってくれる。
数年前に少し話をした頃は、まだまだ初々しさが残っていたものだけど…もしかしたら今回の事で、また一皮剥けたのかもしれないな。
女王様もそうだけど、この国全体も…。そのおかげなのか、不便な暮らしに対する不満などは、今のところ上がっていない。
それから…さすがにイエローは、今回の事で呼び出されていた。
やっぱりと言うか、そんな気はしていたのだけど、女王かもしれない人物を演じて俺に加勢したのは、完全に独断だったらしい。いくら親族でも、安易にやって良い事では無いはずだ。
それでもイエローは本来身内…牢屋に閉じ込められているとか、そういう状況では無いと…思う。
さすがにここから、イエロー奪還作戦みたいな事態になっても困る。
そもそも緊急だったとはいえ、まずい事をしたのは事実だし、丸猫屋と言う店がある以上、自由な冒険者の様に、無茶な事も出来ない。
俺だって有事の際を除けば、ガイルみたいに店の保身は考えなければならないしな。
それでも本当にひどい目に合っていたら…そりゃあ助けに行く。いやその場合も、まずは話し合いからだけど。
あれ以来、俺達丸猫屋がでしゃばる必要も無く、一避難民の立場として、ゆっくりと時間を過ごしていた。
でも周りに気を張るのは止めなかった。どんな時でも、警戒や情報収集は大切だ。
あ、メルのぬいぐるみは普通に返って来た。
後は………。
やっぱり…気になる。
あの堤防を築きあげてから数日、俺には気になる事があった。
本当にこのまま待つだけで良いのか?
いや、それも確かに気になるけど、その事じゃ無い。
マリーの事だ。
あの日以来、マリーはよく散歩に出かける。なぜかは…わからない。
初日は何も言わずにふらりと居なくなって、正直心配した。
でも、駄目なんですかと言われてしまえば、当然駄目なはずも無い。
この雨の中なぜとは思うけど、この避難所は常に他人が居るし、一人になりたい理由でもあるのかもしれない。俺が心配だからって、首を突っ込み過ぎても…。
「翔…さん」
「アンシア…と、ティサ。どうしたの?」
外を眺めていた俺の傍に、二人がやってきていた。
「ティサさん…」
アンシアはしゃがんで名前を呼びながら、やさしくティサの背中を押し出してくる。
俺も目線を合わせようか。多分、何か言いたい事があるんだ。
「どうした?」
「…翔」
「うん」
「………行って」
「行って…」
行く…どこへだろう。
ティサは言葉数が少なくても、言うべき事は言うからな…。時にはストレートに言い過ぎなくらい。
なら、全く想定も出来ない場所の事じゃ無い。
「マリーのところ…?」
ティサが頷く。当たりだ。
「俺も確かに気になってるけど…一緒に居る時は元気すぎるくらいだしな」
こんな時に元気なのは変と言えば変だし、空元気って可能性はあるけど…。
「翔…さん。わたしも、行った方が…良いと……」
「うーん…」
ティサがこんな事を言いに来るって事は、やっぱりあの日何かあった?
あの事故の原因とか、結局改めて聞いてないけど…。
「ティサが落ちそうになったのと、関係あるの?」
怖かっただろう事を思い出させたくなくて、若干迷いつつも尋ねた。
「………」
目線を…逸らした。言いたくないって事か。
特に辛そうでは無いからいいけど…。
「話くらいなら……いやでもな…」
マリー達を子ども扱いするのは止めると決めた訳で――。
「ほんとそういうとこ、不器用だよね」
突如、肩に重さが掛かり、耳元でそんな声が聞こえた。
思わずその場で跳び上がる。うじうじと考えていて気付かなかった。
…って!
「イエ―――」
「しーっだよ。こっそり抜け出してるんだから」
頭からすっぽり外套を被った姿。
俺を驚かせた人物は、まさかのイエローだった。元気そうだ。
とりあえず一つ安心できたけど、抜け出したって……。
また何か、問題行動していなければ良いけど。
「何を迷ってるか知らないけど、行ってあげて。マリーちゃん辛そうだったよ?」
―!
「マリーに会ったの?」
「うん、仕方ないから秘密の場所に案内しといた。一人になりたそうだったし」
秘密の場所…あのイエローと上った塔の事か?
「それなら、やっぱり一人にさせてあげた方がいいんじゃ…」
「翔君」
「…はい」
「もー…、仕事の事ならあんなに話し上手なのに…」
「翔…行って」
ここへ来て、ティサからもさらに追撃が入る。
「翔君の事だから、考えがあって行くのを躊躇ってるんだろうけど…」
次の言葉は、俺の中に驚くほど真っ直ぐ入って来た。
「誰だって、助けて欲しい時はあるんだよ?」
「…」
…そうか。
そりゃあそうだ。
なんで、思い至らなかったんだろう。
「…行ってくる」
「…よしっ」
待っていれば、今日もマリーは帰ってくるだろう。避難所の外に少し出て、そこで話を聞くだけでもいいはずだった。
それでも俺は、雨の中…彼女の元へ走り始めた。




