チェーンストアの力12
作業は見る見るうちに進んでいく。皆必死だった。
こんなにも大勢の人達と、一緒になって何かを成そうとしたのは…まして、自分がその集団を引っ張る様な事は、人生で初めてだ。店長の様な肩書も無いというのに。
一生経験する事は無いと思っていた役回りだ。
俺は、今この状況に対して、何とも言えない感情を抱いていた。
感極まっている?
それともこの場の熱量に、ただ酔っているだけだろうか。
現場の状況は、こんな単純作業であっても変わっていく。
俺はいつの間にか、いつも通りの店長の様な動きになっていた。
手元の作業に集中しすぎず、状況の把握を最優先とし、明確な指示を出して調整する。
先程、イエローの声が聞こえた気がした。
この大雨だし、気のせいだと思っていたのだが、今は本当に聞こえていた気がしている。
それが聞こえて以降、何かに後押しされたかの様に心が温かくなった。
それに、そこからしばらくして、いつの間にか作業員の中に騎士が混じっている。国としてもこうするしか無いと判断したのか…何にしても心強い。
いや…きっとこれも、イエローの…リアの力あっての結果なんだろう。
俺達…いや、その言い方はおこがましすぎるか。
この王都に住む人達が、やっと一つになったんだ。
「終わったぁ……?」
参戦者の一人が、そんな事を口にした。
俺達は、予定していた範囲に、長い長い壁を造り上げたんだ。周りの空気が若干ながら緩む。
「よし」
この場所は、後を土魔術部隊に任せるとして…。
「…それでは二段階目に入る!」
「ええ!?」「なんで!」
「最初に説明した通りですよ! 水の重さを舐めちゃいけません! すでにこの壁に水が到達してきています。急ぎますよー。また上流から!」
水を塞き止めるのに、単なる壁程度では足りない。重さに耐えきれない。
まして何の計算もしていない、適当な物なのだからなおさらだ。それに高さも全く安心できない。
このままどんどん積み上げて、高さ3階建てくらいの、山と呼べる代物になるまで続けたいところだ。断面も、横長の台形になるくらいにしたい。
俺は声を張り、同じ班の要員を誘導していく。
…ギリギリだった。
この壁が出来た次の瞬間には、待っていたかのように川幅が到達していた。
もしかして、今でも何らかの力が、この辺りを支えてくれているのだろうか。
とにかく、まだまだ気が抜けない。すでに壁が意味を成している以上、このままの強度じゃ心配過ぎる。
これだけ広い範囲ではあるが、その分人数も多い。作業自体は、そこまで無理難題と言う訳では無いけれど…。
はっきり言って、この集団を管理しきるのは難しすぎる。
仕事の納期なんてちゃちな物では無い、命に関わるタイムリミット。
それなら無理を押してでも急ぐべきだが、体力、魔術的な限界の差は人によって様々。事故防止のためにも、各人休息は取って貰わないといけない。
…そのはずなんだ。
でも、皆元気いっぱいに見えるんだよな…。
俺の視界には、今もなお素早く動き続ける町の人達が映っている。
身体強化出来る人達は、総じてこの程度なら、どうと言うは無い…って事か?
出会ったばかりの頃のマリーですら、かなりの体力だったしな。
流れ作業の勝手もわかって来たのか、逆に進行は加速しているくらいだ。
大雨と大声、破壊音が響く中、作業は続けられていく。
やがて、俺達の造っている堤防は、丘と呼べるほどに分厚さを増し、高さも2階建ての家程度にまで大きくなった。
すでにその上からの眺めは、荒れた海の様にも見える程だ。
でも川には反対岸もある。そして海と違って、そっちにはまだまだ、水の広がる余裕があるはず。
ここまで来れば、そうそう水が越えて来る事は無い…。
俺達は無事に、その段階まで来ていた。皆もそれがわかるのか、ずっと張りつめていた緊張が緩んでいる気がする。
本当は、気を引き締めるように厳しく声掛けをしたい。するべきだと…思う。
事故が起きるのは実際こういう時だし、それを防止するのは正しい事だ。
でも…そうする事で、良い結果ばかりにはならないのを、俺は知ってる。
皆疲れが溜まっているはずだ。
そんな時に、気合を入れろ、集中し直せと言われる。それも俺みたいな、突発的なリーダーにだ。
逆に士気が落ち集中を欠いたり、そんな事はわかっていると、反発が起きてしまうかもしれない。そんなのはよくある事だ。
人は、誰もが警戒しながら動き続けたり、意識を高く持てる訳じゃ無い。
入ってくる伝達情報からして、もうすぐ避難の最終確認も終わるはず。そうなればイエローも合流する。
叱咤激励は、より効果が上がる人間に任せていこう。
「…はぁ」
だから、俺だけでも気は抜けない。
深呼吸し、気合を入れ直す。
油断だけはしない様に―――。
「ティサさん!!」
「っ!?」
その声に反応し、一瞬で振り返る。
そして俺は、自分の性格に感謝した。
その心構え一つのおかげで、俺はすでに、マリー達の元へ駆け出す事が出来ていた。




