チェーンストアの力11
俺達は、部隊を編成し現場に向かっていた。
いつものメンバーのうち、イエローだけが避難誘導の方へ回っている。本当は、メルのぬいぐるみと待っていて貰うはずだったティサも一緒だ。
本人の希望で、理由は“見たいから”。
きっと、何か思うところがあるのだと思う。
実際、人手はいくらあってもいいし、ティサが利口なのはわかっている。それならと許可した。
メルは、避難所の子供達に預かって貰っている。神様の憑代を赤の他人に…とは思うが、今はあそこに居ないし、これからの重労働を、ぬいぐるみを抱えながら行う訳にもいかない。
その子達には、このぬいぐるみを守ってくれと言ってきた。かなり不安がっていたし、そういう時は、どんな小さな事でも、役割があった方が楽になるものだ。きっと、あの子達のお守り代わりになってくれる。
メルも怒ったりしないだろう。
部隊を構成する人員は、かなり幅広い。
欠かせない土魔術を使える人達はもちろんだが、多少の瓦礫を運べる程度に動ける人なら、全員対象として募った。
これだけの大人数、この雨の中の肉体労働ともなれば、集団の意欲が持つか心配だったが……。
それは杞憂だった。
「…………」
その場の全員が絶句した。
現場に到着し、実際に目にして誰もが実感したんだ。
普段、地面があった場所に、それが無い。
町の端に立っているはずなのに、どこかの別の場所に居るかと錯覚しそうになる。
このまま行けば、間違いなく町すべてが沈む。
それを容易に想像できる迫力…怖さを感じる光景だった。
すぐにでも行動を始めなければならない。
大丈夫。こういう状況だけなら、随分前から想定はしていた。
自信は無いけど…皆が迷わない様にはっきりと…!
「作業に取り掛かります! 今は見ての通り、緊急事態です! 普段の常識を捨て、冷静かつ迅速に行動していきましょう!」
「はいっ!」
マリーから、心強い大声が返ってくる。
それに釣られ、集団からも声が飛び交い、熱も上がって行く。
本当…助かる。
「行きます! 軽作業担当班1と2は、この地竜と共に一度先行して下さい! 土魔術班は川上から!」
時間との勝負。
俺達は、この大敵に挑み始めた。
俺達の目的は、町の一方向すべてに壁を造り、水の浸入を防ぐ事だ。
当面の脅威はこの川なのだから、それが町を呑み込まない様にすればいい。
しかし、あと何時間猶予があるのかもわからない状況で、0から堤防を築くのは時間が掛かりすぎる。
それなら…元からある物を利用するしかない。
「役割にこだわりすぎない様に! それより出来る限り丁寧に速く!」
主な役割は三つ。
一つは、土魔術で実際に壁を完成させる事。
残りの二つは、それを補助する事。材料の積み上げと調達だ。
土魔術だけで完成させるのが難しいなら、元からある物…町の建物を使えばいい。それを芯にして、土魔術で埋めていけば、その分魔術で調達しなければならない体積を減らす事が出来る。
この部隊の中でも、扱える魔術の規模により役割分担し、全体での速度を上げている。
でもこの突発的に組んだ集団で、完璧な連携は無理だ。魔術の力量だって、全員バラバラだしな。
だから固く制限せず、臨機応変に。
元から話を聞いていたアンシアが、先陣切って動いてくれているおかげで、周りのタガも外れ、良いペースで進んでいる。
誰かが思い切ってやり始めないと、こんな自分たちの町を壊す様な行為、こんな状況であっても、二の足を踏んでしまう人は居たはずだ。ここが良いスタートを切れたのは大きい。
しかし建物だけでは、そこまで大した足しにはならない。何も無い空間の方が大きいからだ。
そこで、残りの二部隊の出番となる。
そのうちの一つが、資材を運び込む運搬班。
「まだ台車を使ってない人は持って行って! 確保できない人は積み込みの位置に!」
一番人数が多いのが、この部隊だ。
丸猫屋が用意していた資材を始め、どんどん前線へ運び込み、先にひたすら埋め込んでいく。
俺の居た世界なら、そんな事をしても、土のうや瓦礫程度じゃ押し流されるだけだっただろう。でもここなら、それを基礎にし、魔術で強度を上げる事が出来る。
丸猫屋で売っていた大量の台車やカートが、ここで非常に役に立っている。
この部隊の人達も、身体強化があるとはいえ、何十キロもの資材をすいすい運べる人ばかりじゃ無い。台車を使う事で、一度に動ける人数はぐっと増えていた。
元の世界と違い、舗装されていない場所も動きやすいカートにしていて良かった。
運ぶための資材をまとめる班、それを運ぶ班、現場で積み上げる班。主にこの三つで分担して動く。
俺の視点からすれば、全員がスーパーマンかの様な働きぶりだ。
マリーとティサ、それに俺が、ここで一緒に動いている。勝手がわかるので、基本的には現場での荷卸し積み上げをしていた。
そして最後の部隊。
ここには、土魔術では無いけれど魔術が得意と言う人を始め、何かしら強さを持った人が集まっている。
この部隊の居るはずの地点からは、今も景気の良い破壊音が轟いていた。
役割は、資材調達。
状況の急変によって、丸猫屋が抱えていた程度の資材では、全く足りない事態になってしまった。ならば、どこかから工面しないといけない。
堤防化を進めているエリアの少し内側、そこにある建物を片っ端から破壊していた。
そこから出た資材を、運搬班が現場へ運び込んでいる訳だ。
冷静になれば、これじゃあ結局被害がと言う人も居ただろう。
しかし、町のすべてが呑み込まれれば、この程度では済まない。この規模の水にやられて、無事で済むような建物はほとんど存在しないからだ。時には、勢いで物事が進んだ方が良い事もある。
むしろ、金属を埋め込んだ建築物でも保つ物かどうか…。
どちらにしても、やるしかない。大事の前の小事だ。
この部隊の作業開始は盛大だったな…。
ローナがふわりと舞ったと思ったら、次の瞬間かかと落としで、家が一軒吹き飛んでいた。
周りもそれに倣って、どんどん大規模破壊をしていたし、あの分なら、運搬班への合流も早そうだ。
…実際俺達が声を上げて始めた事ではあるけど、丸猫屋の目立ちっぷりが凄い。
今は手を動かすしか無いから、つい考えてしまうけど…後の事が正直怖いな。
俺達は声を掛け合い、雨の中で戦い続けた。




