チェーンストアの力10
思わず下を向きそうになった時だった。
「…おまたせっ」
後ろから声が掛かった。口調の割に小さな、囁くような大きさの声。
その声を発した人物は、俺の横を通り過ぎ、少し前で止まる。
「皆さん! 事態は急を要します。この者の言った事は事実です!」
イエロー…だよな?
声は間違いなく彼女で、見えている横顔も本人だと思う。
それでも一瞬迷ってしまったのは、その服装と口調のせいだ。
この世界の一般的な服とも、もちろん普段の丸猫屋の服とも違う。適度に装飾が施された、けれど動きやすそうな服。
口調は言わずもがな、普段とはまるで違う。
それなのに、なぜか違和感が無い。
むしろ普段見え隠れしていた優雅さが、今まさにぴったりと噛み合ったようだった。
周りは、突然現れた彼女は何者なのかと、騒然としている。気になっているはずなのに、それを安易に口にする人は居ない。それだけの、只者では無い気品や風格を感じた。
「これは国の命です。他ならぬ我らが国の為、すべての民が団結し、事に当たる時なのです!」
やがて、誰かが口にした。
彼女に見覚えがある。女王様本人なのでは無いかと。
確かに、イエローは姉妹なだけあって女王様と似ているし、髪の色も珍しい。式典などで、遠目に見る程度の機会しかないだろう一般市民なら、間違えても仕方がない。
この勘違いは、さすがに正さないといけない。そう考えた俺を余所に、イエローはふわりと微笑した。普段の元気なものとは違う、落ち着いた表情だ。
「さあ、誇りを持ち、私に力を貸して下さい!」
この場の空気が、熱を帯びた気がした。
そのままイエローは振り返り、俺にだけ見えるようにウインクする。それは先程までとは違い、俺が良く知る彼女のものだった。
ここで俺に振るのか。
女王様だと思い込んだ人達はそのままでいいのか。
そんな女王様に後を任せられる俺は、何者だと言う事になるだろう。
様々な問題点が浮かび上がる。
こんな時だというのに、また自分の力では何とか出来ないのかと、情けなさも少し感じてしまった。
でも、そんな事は今どうでもいいはずだ。
今、もしもに備えて動かなければ、人の命が失われるかもしれない…!
「ではまず、土魔術を扱える方はこちらへ!」
俺の傍に立つイエローのおかげだろう。
何かを感じた人達が、話を聞きにどんどん集まってくれる。
効率よく動き始めるには、具体的な法案を、そろそろイエローにも話さないといけない。
俺は人の取りまとめをマリー達に任せ、一度イエローと向き合う。
「…タイミングばっちりだったかな?」
「うん、バッチリだ。それより話を進めたい。この雨量の変化で、川が大氾濫してきてる」
「あたしも見たよ」
「今から、全住人の避難誘導と、堤防のでっち上げをしたい。避難は王都内で地盤が高い地区を明確にして、そこへ効率よく。堤防の方は…魔術師団は出られそう?」
「ごめん。動いてはいるけど、あたしたちの指揮には入れない。現場の流れで協力してくれる可能性はあるよ。町を守りたいのは同じだから」
「わかった。それなら…おそらく土魔術のみでは無理だな」
この世界の人達は、大抵魔術を使える。でも得手不得手があるし、それは元の世界で言うところの、誰でもスポーツが出来るみたいなものだ。
誰もがプロ級に扱える訳では無いし、てんで苦手な人だって居る。
だから土魔術が使えると言っても、小指程度の大きさを操るくらいなら…そんなレベルの人の方が多いんだ。
「あたしがなんとか…なんとか掛け合って来た方が良いかな」
「いや、確実な方法を取りたい。手はある」
巨大な壁で堤防を造るとして、何も一から造る必要は無いんだ。
「それでも人手は、ほとんどこっちに回したいけどね。むしろ避難させた人の中からも、戦力になる人が欲しいくらい」
「わかった。そう出来る様に人員で導線を組もう」
「各隊にリーダーが要る。…イエローも現場に?」
仮にも女王様…かもしれない人としてこの場に居る訳だし、普段ならともかく、ここに残っての指揮を任せるのも有りだと思った。
けれど…。
「そんなの当たり前でしょっ。……何で笑うのー?」
「いや」
そんな訳無かったか。
「イエローは…どっちに行く?」
そういえば、結局彼女が使える魔術は謎に満ちたままだ。土魔術も使えたりするのだろうか。
「あたしが町に行く。こっちの方が向いてると思う」
「了解」
そうでもないらしい。
そうなると俺が堤防の方か。実はその方が都合はいい。
「なら先に相棒には…あれ」
ふと見渡すと、目立つはずの相棒が見当たらない。
どこに…そう考えた時、聞き慣れた足音が近づいてきた。
「さっすが、あたしたちのショウツーちゃん」
「まあ…怪我が悪化してないなら大目に見よう」
そこには丸猫屋から、各資材を抱えてもう一往復終えた相棒の姿があった。
確かに、川と丸猫屋の方角は、町を挟んでほぼ反対側だ。この時間短縮は大いにありがたい。
それにしても、勝手に行って、勝手に積み込んでと、本当に器用な奴だ。俺達の話している事を、完璧に理解しているんだな。
無理だけはするなって言葉も…ちゃんと理解してるんだよな?
「さすが相棒だ…。これからも、ずっと頼むつもりなんだからな」
だから、やりすぎるなよ。
「お兄さんっ」
ひとまずここの人員を整理し終えたのだろう。マリーが駆け込んでくる。
俺の想定した最悪なんかよりも、比べるまでも無く早い…!
「よし…始めよう……!」
カイン…それにまだ見ぬ仲間も、今どこかで戦っているんだろうか。
それはこの雨を止める為?
同時に、もっと様々な事が進行しているのかもしれない。
俺には知る術が無いけれど…やれる事はある。
俺達なりの戦いの、始まりだ。




