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チェーンストアの力9

 それは、立場を逸脱する事だ。

 人は何を言ったかより、誰が言ったかを重要視すると言う調査結果がある。

 でも、これはこう言い替える事も出来る。

 “何を言ったかより、どんな立場の人間が言ったか。”

 俺はこれを、元の世界で痛い程実感してきた。だからこの世界でも、そういう事はずっと避けて来たんだ。

 しかしそれは、避けても他にやれる事があったからで、時間を無駄にする事にはならなかったからだ。

 今は、違う。

 この状況に対して、危機感の度合いを共有出来ていない相手。その人達に対し、町の一店主が声を掛け、即統率を取って事態に当たれるか?

 もしくは、国の騎士達に対して意見をして通るだろうか。

 直接女王に言うとしても、それはもうイエローがやってくれている。俺が言って変わるとも思えない。

 俺が緊急だからと言った程度で動くなら、今頃はもっと対策が進んでいる。

 そう言う事を出来るのは、一部のカリスマを持った人間だけだ。数々の物語で主人公や、偉人の立ち位置に居る様な…。

 俺は………そうじゃない。

 だからこそ、先手先手を打って、普段物事を回してきたんだ。そんな自分でも、丸猫屋を効率良く、大きくするために。

 …それでも、やるしかない。

 ならば、どこを攻めるか決めよう。丸猫屋従業員から? それとも、この場の全員へ向けて?

 女王や国の上役個人と向き合って、そこから発信して貰うべき? その方がまだ可能性があるだろうか。

 なんにしても、ただの一般人が、誰かを説得しなければならない。

 …やはり厳しい。まずはイエローを見つけて、彼女が事に当たった方が良いかもしれない。

 お前の言う事なんて信じられるか、みたいな問答をしている時間は無いんだ。賭けに出て、協力を依頼する人達に不信感を与える訳にはいかない。可能な限り確実で、且つ早い方法を選びたい。

 憲兵場から王城へ、取次ぎを頼む為、騎士を探しつつ向かおうとした時だった。

 人ごみの中に、ガイルの姿を見つけた。

 彼なら…端的な説明でも状況を理解し、力になってくれるかもしれない。今は一人でも協力者が欲しい。

「ガイル!」

「これは翔さん。…と、皆さんも避難されたのですね」

「それなんだけど…少しまずい事になりそうなんだ。ガイル、少し協力してくれないか?」

「それは…具体的にどんな?」

 俺は急ぎ説明した。

 今から何をしようとしていて、なぜ人手が必要なのか。

 その間に、機動力のあるアンシアとローナは、イエローの行方を探ってくれている。

「―――だから、協力してくれないか?」

 彼なら、状況はわかってくれたはず。…どうだ?

「…現状は理解しました」

「なら、頼める?」

「………」

 ガイルは、何か納得がいかない様に思案していた。

 そして数秒の後、再び口を開く。

「翔さん、それは命令でしょうか」

「…いや、違う」

 これはおそらく、奴隷への命令かと言う意味の質問だ。そして、これを聞いてくると言う事は…。

「なら、お断りします。むしろ翔さん、考え直してみては?」

「…意見を聞きたい。どう考え直すべきだと思う?」

「………翔さん。私はあなたの事を尊敬しています。店の経営手腕、理論的で確立された業務。まさにプロだ。合理的だ」

「…それで?」

「やるべき事を、各人が確実に実行する。これが一番効率が良い。それを体現しているあなたならわかるはずだ。その様にここに集まった住民達を先導したりなど、私達がするべき事じゃ無い」

「ガイルなら、それでもなお、俺が行動すると言っているのはわかってるんだよね」

「もちろんです。それも踏まえた上で、止めた方が良いと進言しているまで。その危険だって、まだ必ずでは無いのでしょう? 取り越し苦労に終わった時、矢面に立つのはリスクが大きい。店の経営にも関わります」

「…っ。ガイルさん! それ――」

 後ろに控えていたマリーが、我慢できないといった見幕で話し始めたのを、俺は手で制した。

「マリーさん、あなたは少々感情的すぎる。翔さんには、何かと気に掛けられている様ですが…もっと気を付けた方が良い」

「―――――っ!」

「もう少し声のボリュームを落として」

 再びマリーを制しながら、双方へ向けて指摘する。騒いだせいで注目が集まっていた。

「…わかった。ガイル、ありがとう」

「考え直して頂けましたか」

 満足そうな表情をしているけど…そういう訳では無い。

「いや、俺はこのまま、対策の為に行動は続ける。最初からお願いをしただけだし、ガイルに無理は言わないって事だよ」

「…。あなたともあろう方が……。いいですか―――」

 ガイルは再び、俺へ向けて冷静な考えを取り戻すよう訴えてくる。

 彼の言う事は…間違っていない。

 自分で考えていた通り、俺がやろうとしている事は、立場を逸脱した行為だ。

 他人の考えを改めさせ、動かそうという事だ。

 人の考えを変えるのは、本当に難しい事…だから、今もガイルを説得するのを控えた。彼のこの判断は、要するに彼自身の価値観によるもの。それを変えるのは、すぐには無理だと思っての事だ。

 …そうだ。俺はたった一人、知り合いの説得すら満足に出来ず、避けてしまった。

 それでどうすれば、民衆の説得が出来るというのか。

 俺に出来るのは、しっかり根拠を用意し、理論的に納得させる事だけ。この件は、確証も無ければ、他人を納得させる材料も無い。

 俺の言う事を信じろとしか言えない。

「大体、この世のほとんどの人間は、まともに物事を判断する頭脳すら持っていないんですよ」

 それにしても、ガイルは少々熱くなりすぎた。

 話は、説得したところでまともに動ける人など居ないと、随分飛躍してきていた。

「とにかく、声を抑えて…」

 まずい。

 近くの人達が、何の話だと聞き耳を立て始めている。こんな内容の会話…このままでは、頼んでみる前に可能性が潰えてしまう。

 それなら、せめて声だけでも掛けてみたい。

 やってみれば、普通に手伝ってくれる人達だっているはずだ。ここに居るのはこの町の人達で、同じ場所に住んできた仲間なんだから。

 ほんの数人でもいい。

 俺はガイルの話を無理やり打ち切り、周りへと声を張った。

「皆さん! 雨が強くなって来たので、今までより避難を急ぐべきだと思うんです! 町へ行って、お年寄りの人達なんかを、誘導するのを手伝って下さる方は居ませんか!」

 短い沈黙を挟み、やがて周りの人達から返事が来た。

「…何言ってるんだい。それは城の騎士様達がやってくれてるじゃないか」

「っ…。確かにそうです。しかし皆さんも見て知っていると思いますが、人手が足りてません! 一気に水が溢れる可能性もあります。その前に、少しでも救助に行きませんか!?」

「それならなおさら危険じゃないか」

「あたしは行ってもいいけど…身体強化とかは苦手でね…。人を背負ったりして、戻ってくるのは無理だよ」

「止めときな。そもそもお国が動いてるのに、勝手してどうするのさ」

「きっと大丈夫だよ。こんな事初めてだけど、今までも何とかしてくれたじゃない」

「………………………」

 やっぱり、駄目なのか。

 俺からすれば、人の命が掛かっている事。もしもに備えて、助けに行くなら最速で。

 これが最も効率の良い…正しい行動だと思う。

 店の信用なんかよりも、よっぽど大切な事じゃないのか?

 ぐんぐん人を率いて行ってしまう人達は、本当にどうやっているんだ?

 このまま、自信ありげに演説を続ければ、数人だけでも協力者を確保できるか? まとめあげる事が出来るだろうか。

 子供の頃から、人を引き付ける人種とは真逆だった俺には…わからない。

 ………わからないんだ。

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