チェーンストアの力7
このまま避難を進めたとして、一体どうなるのか。
この雨に終わりは来るのか。
ほとんどの人より余裕があるはずの俺でさえ、同じ事ばかり考えてしまう。
何もかもわからないまま、時間が過ぎていた。
国はようやく腰を上げ、本格的に各対策へと当たっている。町民が避難していく代わりに、調査員らしき人影が増えて来た。
もっとも、今から大々的に調査をするのでは、遅すぎるが…。
いくらか魔術師の姿もあって、水の掃出しも試みているようだが、上手く行っては無さそうだ。どこかへ水を追いやろうにも、その場所が無い。
すでに場所によっては池に近い規模となっている。それが町中に点々としていた。
…いやむしろ、ここへ来てまだその程度にしかなっていない。
「お兄さん、これで準備は良いですか?」
「うん。もう見逃しも無いと思う」
俺達はたった今、丸猫屋の浸水対策を完了させたところだ。
かなり前から進めていたので、仕上げをしただけになる。水に濡れて駄目になる物を中心に、棚上に上げたり、土のうを詰め、隙間からの浸水を抑えたり。色々だ。
何よりうちにはアンシアが居るので、土魔術で上手く対策をする事が出来ていた。
電動工具などの便利品が無いので、非常にありがたい。
誰でも使える道具の種類は少ないので、そういう点もこの世界の厳しいところだ。
当然ながら、重機も無いし…。
「翔さん、できました…」
「アンシアも、ティサもありがとう」
続々と、皆割り振られた作業を完了していく。
いよいよ今日の営業を終えたら、俺達も避難する事になる。
「この店舗では、珍しい…と言うか、初めてかもしれませんね。お客さんが売場に居ないのは」
「この状況だし、そろそろ夕方だしね」
「…イエローさん。だいじょうぶ…でしょうか」
「確かに、心配ですね」
「…イエローの事だから、自分で前線とかに出向いてそうだ」
イエローは、順番に避難…したと言う体で、城へと乗り込んでいった。
今頃は、実際の町の様子を伝えているのか、はたまたさっき言った通り、前線で指揮でも執っているのか。
一人で、危ない事だけはしていないといいけど。
城内には、俺達よりもよっぽど力のある人達が居るのはわかっている。それでも、心配なものは心配だ。
ちなみに、ローナもすでに避難している。こっちは、今頃避難所で手伝いを始めているはずだ。
「後は…これですね」
マリーの言うこれとは、あえて浸水対策の外側に用意した物。大量の土のうに、木材、金属材、紐や縄、ネット他、様々な種類が並んでいる。
これらは要するに、雨対策に使えるかもしれない商品群だ。
チェーンストアでは、災害対策のマニュアルが、段階別に分けて用意されている。
これまでは、あくまで店として、流通の調整などを行い、町の人達に貢献してきた。
でもここから先は違う。
店では無く企業として、そして人として、使える物を提供し、貢献していく。
店の商品を、事態の収拾の為に使用するんだ。
もちろんそんな事をすれば、その分店としては赤字になる。それでも、緊急時は別だ。
そうする事で、大きく状況が変わるレベルの在庫を、チェーンストアはいつも抱えている。現地で物資不足を補えるんだ。
有事の際に、すぐに使える物資があるのは、この上なく心強い。
チェーンストアは、こうした地域ごとの保管庫としての役割も担って、国に貢献をしている。
…する事になっている…かな。
そこまできっちり、社会としての役割を果たすべく動く事が出来たケースは、あまり多くない。せいぜい外部から、資金的、物資的援助を行うくらいだ。それでも十分、凄い事だが。
偶然居合わせた現地の従業員に、軍隊でもないのにそこまで意識高く行動せよ…って言うのも難しいところだしな。
でも、俺達はやる。むしろ、ここでは俺達がやらないとまずい。
外部からの救援も期待できないのだから、使えるものはすべて使って事態に当たるべきだ。
「と言う訳で…頼んだぞ相棒」
物資を運んでもらう為、ショウツーへ載せる。量は多いが、まだこの辺りの足場は大丈夫だし、何十キロも荷を背負って走れる地竜だ。町中程度なら、何往復かするくらい楽勝だろう。
これでも怪我で引退した地竜だって言うんだもんな。本当に強い生物だ。
「じゃあ皆、行こうか」
「わかりました」
とうとう俺達も、憲兵場へと避難を行う。
騎士達と連携が取れるそこへ、物資も運び込む手はずになっている。
…国は今、どう考えて動いているのだろうか。
どうにも、何とか脱出をと言う動きが見えてこない。有力な選択肢の一つだと思うのに。
対策を何か打っているのか。それはこの雨を止ませるのに直結している事なのか。
それとも女王も、耐えれば何とかなると神々から聞いている?
それで、その解決を待っているのか?
もしかすると、どうあがいても脱出できない状況なのかもしれない。
先行きがわからないと言うのは、やっぱり不安だな。
皆で最後の戸締りをし、いざ歩き始めた時だった。
―雨が―――降って来たように感じた。
もちろんこれまでも降っていたのだから、それは錯覚だ。でも、確かにそう感じた。
そう感じる程に、雨が、勢いを増したんだ。
「え…ちょ」
「ティサ…ちゃん」
「ん…」
この場の全員が、それに気付く。
アンシアが、守るようにティサへ寄り添っていた。
降り続ける雨は、今まで不気味なほど変わらなかった。それは…勢いもだ。
それが今………崩れた。
雨量だけじゃない。
もっと重要な何かが、変わってしまった気配がした。




