チェーンストアの力3
流通の異常に、いち早く気が付くのが商人達だ。
運送関連の人達もそうだが、この町に入れない商人達はどこかで難を逃れているだろうし、脱出できない人達は、もう一般人と変わらない。
この町の中だけの話になった時、物資流通は商売人たちに委ねられている。
市場を回ってみれば、値上がりを始めた店や、すでに開けていない店まである。まだほんの少しだが、これが広まれば大変な事だ。
自分たちの町の店が、すべて無くなる。町からの脱出も不可能。
そうなってしまえば、大抵の人は、もう何も出来ないだろう。
今のところは、まだ騒ぎにはなっていない。そんな馬鹿なとは思うが、数件の店が変わってしまった程度なのは事実。
インターネットなんて物があった世界でも、一般人で流通状況なんて気にしている人はほとんど居なかった。
それがこの世界では、調べる方法も公開されている情報も無い。その上、つい数年前まで、町から出て行く事自体がほぼ無かった。いや、実は今でもほとんど無いと言っていい。
流通関係者や冒険者など、一部の立場の人以外、町を離れる理由が無いんだ。
ちょっと隣町にと言う距離じゃ無いから、買い物程度では移動したりしない。観光業みたいなものも、存在していない。交通の便も良くない。
だから、人の行き交いについてはほとんど変化が無い。それこそ、野心のある商人が、いくらか行動を始めた程度だ。
まだ数年しか経っていないのだから、これもまた、仕方が無い事…。
その数年で、ここまで発展している丸猫屋が特別なんだ。
そして、そんな状況だから…未だパニックにもならない。店で買い物できる事を、当たり前だと思っている。
マリーの村みたいに、極限まで追い込まれてもいないから、なおの事物が無くなると言う危機を想像できないんだ。
それでも…遅いとはいえ、直に気付く時は来る。
その時が、大変だろうな…。
止まない雨音が続く、とある日だった。
「翔君。明日お出かけしない?」
「…」
唐突に、イエローからそんな誘いがかかった。
あまりに急な事で、傍にいたマリーが何事だとすごい顔になっている。
お出かけと言っても、娯楽施設がある訳でも無し、ましてこの天気だ。重要な用事か何かだろうか?
それなら、行かない理由は無い。
ちょうど、明日は俺もイエローもお休みだ。だからこそ、誘ったんだろうしな。
「わかった。そうしよう」
「! …じゃあ、明日ねっ」
「うん」
それだけやりとりをして、俺は手元の作業に戻った。イエローも、そのまま走って仕事へと戻って行く。
…が、まだ残っている視線がある。
「………」
「マリー、手が止まってる」
「わ、わかってますよ…」
そう言って、視線を手元に戻すマリー。そんなにこちらを気にするような事があっただろうか。
少し気になる…が、自分が仕事に戻れと言った以上、蒸し返すのもな。
まあ…いいか。
とにかく、明日は何があっても良い様に、覚悟だけはしておこう。
―翌日。
「じゃあ、どこいこっか?」
この天気でも、崩れる事無く輝くまぶしい笑顔が、そこにはあった。
「どこ…? え、行く場所があった訳じゃ無いんだ?」
「そうだよ?」
「そうなんだ…」
正直、予想外だ。
現状の打開の為、また俺が城に行って会議に参加するとか。そういう類の誘いだと思っていた。
これじゃあまるでデートだ。いや、そういう仲じゃないし、ただの遊びか?
でも…。
「どこか、こういう時にふらっと寄れるような場所…あったっけ?」
「無いんだよねーそれが。もっと話に聞いたみたいに、遊ぶところがたくさん出来ればいいんだけど」
「それなら、いっそ寮に戻って、ボードゲームとかで遊ぶのも手だと思うけど」
「んー…それもいいけどー…。今日は歩こうよ。天気は良くないけど、こういうのも楽しいよ?」
「…イエローがそれでいいなら、付いてくよ」
「うんっ」
本当、アウトドア派と言うか、元気いっぱいだなあ。
少なくとも、女王様って柄じゃ無い気がする。
「それならー、久しぶりに行ってみたいとこあるなー」
相槌を打ちつつ、後ろ姿を見ながら歩く。
どういう経緯で、その立場を妹さんに譲ったのか、俺は聞いていない。でも、今も普通に仲は良さそうだし、妹さんの方が納得しているなら、イエローにとっても良かったんだろうな。
不思議な、雨の中の散歩は続いた。
町の様子は、この雨が降り始める前に比べて、暗く沈んでいるように見える。まだ騒ぎになっていないだけで、この雨に対して、不安を抱いている人達は多い。そんな様子を見つめるイエローは、なんだか悔しそうだった。
町外れの方までやって来たと思ったら…。
「おおーここここ。実はねーお城の中と繋がってるんだよ」
「えっ」
それは、俺に伝えちゃいけない事なのでは…。
そんな、機密情報を教えられてしまったりした。
日課の修行以外は部屋に籠ってばかりだったし、俺は結構楽しんでいた。たまには、こういうのも悪くない。こんな事、あまり経験もないし…。
「それでー…。ここ上がって行くと、塔の上まで登れちゃうんだよ!」
「うん…」
また、そんなやんちゃ坊主みたいな事を…。
イエローが指し示したルートは、塀によじ登り、そこから塔壁面のでっぱりに足をかけ…と言う類の物だ。
まさか…。
「じゃあ、行こうか」
「本当に行くの!?」
「行くよー? 久しぶりに登ってみたいしね!」
「…了解」
俺はそんな、仕方がない…みたいな返事はしていたけど。実はわくわくしていたし、表情も緩んでいたと思う。
元々…本当はこういう事も、俺は好きだったんだよな…。
「いつ以来なのか知らないけど、気を付けてよー…リア」
「ひゃあああああ!?」
「ちょ!?」
俺は足を踏み外したイエローを、とっさに支えて事無きを得る。
「あ、ありがと…じゃなくて! なんで急にそっちの名前で呼ぶの!?」
「え…他に人が居ない時は、そう呼んでって話だったから」
無理難題でもない限り、約束は守る。それに元々、俺はリアの方が呼びやすいしな。
「そ…そりゃそうだけど…」
「寮とか店とかは、いつも他に人が居るし、意外と機会は無かったよね」
「忘れてなかったんだ…」
「…?」
雨が降っているし、こちらへ向けて言ってくれなければ聞き取りにくい。
まあ、イエローがわざわざボリュームを下げて呟いたんだから、あえて聞く事もないだろう。
そんな取り留めの無い話をしながら、俺達は塔に侵入し、そのまま登り始める。
これ、大丈夫なんだろうか?
俺達はいい大人だし、ばれたら問題になる気がする。そんな理性は、頭ではちゃんと働いていた。
でも、なぜだかそれを言う気にはなれなかった。
他人に影響を与える程の、心地のいいエネルギーの様なもの。それがイエローにはあった。
何となく、引っ張られていたい気持ちになるんだ。
俺には無い、人としての魅力…。
「よっし着いたー!」
「おー」
この町にいくつかある塔の一つ。
俺達は、その天辺までたどり着いた。




