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チェーンストアの力2

 機会損失と言う言葉がある。

 意味はそのまま、機会を失う事なのだが、小売業界においては、俗に言う売り切れの事を指している。お客さんが、商品を買ってくれる機会を失ったと言う意味だな。

 なぜわざわざこんなに、仰々しい言い方をするかと言えば、それだけ重要な事だからだ。

 基本的に、人は何かが欲しいから買い物に行く。それも、“今”欲しいから買いに行くんだ。

 それなのに目的の商品が売り切れていれば、当たり前だが買う事は出来ない。

 するとお客さんは、別の店に行ってしまったり、今日しか使わない物だからと諦めてしまったりする。その商品を自分の店で買って貰える機会は、二度と戻ってこない。

 抱える在庫が少なすぎては、機会損失が増え、利益がどんどん減ってしまう。

 かと言って、無駄に在庫を抱えると、その商品が劣化し、最悪破棄…大赤字になるかもしれない。

 お店がしている在庫管理と言うのは、実はなかなか難しいんだ。

 そしてその難しさを、個人店に比べて大きく改善したの形態こそが、チェーンストア。売場にぎっしりと商品が並び、機会損失をとことん嫌う一方で、店舗間移動により、在庫劣化のリスクも減らしている。

 丸猫屋も、本店のみだった時に比べ、今は随分と並べている在庫の量が多くなっているんだ。まだまだ完全に活かせるレベルでは無いけれど、それでも複数店舗を持つ利点が出始めている。

 …そして、そんな大量の在庫を抱える事の出来るチェーンストアには、非常時、社会における役割が存在する。

 それは………。




 まずい事になった。

 今、俺の目の前には、広い広い沼地が広がっている。しかし、別に遠出して、どこかの沼に来た訳じゃ無い。

 ここは、街道。

 王都から、直近の各町へと続く主要な道………だった場所だ。

 その場所が、いつしか水たまりを通り越し、泥沼に成り果てていた。そして今もなお、ここには雨が降り注ぎ続けている。

「………っ」

 俺は、イエローと共にこの場所の視察に来ていた。ここまでの道中は、最近相棒と呼ぶ事にした、地竜のショウツーに乗せて来て貰っている。

 そのイエローは、この惨状を見て、深刻な顔で息を呑んでいた。

 無理も無い。

 俺と違って、まぎれも無く自分の国と言える場所、その都市の周辺がこんな状況なんだ。受ける印象も全然違うだろうし、どうにかしなければと、慌ててしまったとしても仕方がない。

「戻ろう。実際にどうしようもない被害が出た。改めて王様に報告して、大規模な対策を打たないと」

「…うん」

「よし」

 俺は手早く相棒に跨り、イエローを待つ。

 ………?

 しかし、しばらく経っても乗り込んでこない。振り向いて確認すると、まだその場で佇んでいた。

 俺はすぐさま跳び下り、近づく。そして、そのまま何て事も無い様に、イエローをお姫様だっこで抱えた。

「……ぅえっ!? ちょっ…なになに!」

 これでも反応に、少しラグがあったな…。俺が意味の分からない事をすれば、意識をリセット出来るかと思ったんだけど、想像以上にショックは大きそうだ。

 そもそもこの世界の人達は、前提が違うからな…。

 俺の居た世界なら、誰でも大抵、経験は無くても映像は見た事がある。でもここは、それすらない人ばかりなんだ。

 本当の本当に、信じられない初めての状況…。

「落ち着いて。まだ王都からは距離がある。考えるべき事は、この道自体の事以外にもある」

「…だね。あたしにはよくわかる」

「長い事行商人だったんだもんね」

「うん。…戻ろう」

「了解」

 そのまま地竜に乗り、俺達は王都へと戻って行く。

 今はまだ、ここより先は王都への道が続いている。


 しかしそれは――。

 外との繋がりが、断たれ始めた事を意味していた。




 町中へと帰り着き、俺とイエローは店に戻ってきた。

「じゃあ、ひどい嵐程度すら、少なくとも最近は無かったんだ?」

「うん。風が強くて、雨も今よりひどいんだよね…? そんなの来た事無いよ」

 色々と話をしたけど、この国は本当に気候が安定していたみたいだ。

 四季はあっても、こうしてエアコン無しで乗り切れる程度だし、台風みたいな自然現象も知らないと来た。

 どうしたもんか…。

 おそらくはこれで、危機感を持つ人が少し現れる程度。本当は、この瞬間に全員が緊急事態を自覚しても、遅いくらいなのに。

「とにかく、あたしもう一度城に行ってくる」

「うん。気を付けて」

「うん」

 イエローが、俺の声を一度で聞き入れてくれて良かった。

 少なくとも、国にゆかりのある人間が一人も現状を把握していない。そんな最悪の事態は回避出来ている。

 これまでも報告が上がっていたところに、現実として街道が寸断された。つまりこれは、流通が途絶えると言う事だ。

 今はまだ、いくつかの方面への道は残っている。しかしそれすら水没してしまったら、ここは陸の孤島と化す。

 運送関連の人達から集めた情報によれば、この異常気象は、ここ王都を中心に発生していて、例えばマリーの村なんかは、特に変わりがないらしい。

 他の店舗をそれほど気にしなくていいのは、良い事ではある。

 でも、ますます何か、作為的なものを感じてしまう。ただの自然現象…では無い線もあり得る。むしろ、その可能性の方が高い。

 しかし…だからと言って、出来る事は限られている。

 魔術が存在する世界と言っても、天候操作なんて見た事無いし、それに近い大魔法みたいな存在を耳にした事も無い。俺がこの雨雲を、どうにかできる当ては無い。

 唯一の当てと言える―――


 ―――う


 そう、久しぶりに聞いたこの声だ。唯一の当てであるメルは、最近ずっとぬいぐるみには居ないまま…。

 ………?

 …メル?


 ―――翔。


 俺は思わず、今居る事務所に置いたままのメルを見た。

 しかし、そこにあるのはただのぬいぐるみだ。

 声だけ…?


 ―――翔。 ―――耐えろ。


 そのたった一言を残し、それ以降メルの声は途絶えてしまった…。

 …耐えろ…ね。

 久しぶりに連絡してきたかと思ったら…。そもそも、幻覚では無く、本当にメルだったのだろうか。そのくらい曖昧で、一瞬の事だった。

 耐える事しか出来ないのは、言われなくても変わらない。どうせなら、助言や根本的な解決。もしくは、何をしているのか教えて欲しいところだ。どうにも、メルは抜けている印象が強い。

 でも、こうして連絡して来た以上、動いてはくれていると言う事だ。

 そう言うなら、信じて耐え忍ぶのも、方針として有りになったな。

 しかし…。

 どこまでこの町が耐えられるのかは、俺次第と言う訳にはいかないぞ。


 そんな事を考えながら、身体は丸猫屋の仕事へと取り掛かっていた。

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