チェーンストアの力
環境による違いは、客足にも表れる。
例えば、最近の長雨。
雨の日と言うのは、基本的に売上が落ちる。つまり、お客さんが減る。
これは、誰でも少し考えればわかる事だ。急ぎならともかく、近いうちでも良いなら、雨の日を避けて買い物に行く人も多いだろう。
ここ丸猫屋でも、それは同じ…だった。
しかし、現在それは当てはまらなくなって来ている。
最初のうちは客数が落ち、また雨明けの晴れの日、しわ寄せの様に売上が上がると考えていた。小売店では良くある流れなんだ。
でも、雨はなかなか止む事が無かった。
ここで重要になってくるのが、この世界の店の環境だ。ほとんどが、市場…つまりは建物じゃ無い。店自体は建物でも、屋台のように、売場が道に面している所もある。
これは別に、普段なら悪い事と言う訳じゃ無い。
雨の日のちょっとした不便さも、普段の売買における自由さも、チェーン企業には無いものだ。個人店にしか無い良さはちゃんとある。
しかし今は、状況が普通では無かった。
もう雨が降り続いて、3週間以上になろうとしている。これだけ雨が続いてしまうと、買い物をしない訳にもいかない。
それなのに、市場は露店によっては出店が出来ていない。雨に少しでも濡れては困る物だってあるからだ。簡易の屋根を作っている人も居るが、それでも限界がある。
こうなると、別の場所で欲しい物が売っているなら、当然そちらに買いに行く。
そして別の場所と言うのは、この場合うちの店、丸猫屋が当てはまる。
屋内だし、生活用品をほとんど扱っているから、何度も雨空の下を通って、複数の店を回る必要も無い。
1週間もしないうちに、うちへの客足はどんどん増えていった。
そして俺は、この頃には行動を起こしていた。主には商品の仕入れ増加だ。
この世界では、仕入れに週単位で時間が掛かる物も多い。長い雨だねで済まない時を考え、備えておくのは当然だった。
…とは言うものの、簡単な事と言う訳では無い。なぜなら、その仕入れにも、お金が掛かるからだ。
何を当たり前の事をと思う人も多いかもしれないが、一度お金が物になってしまえば、それを売らない限り、基本的にはお金は戻ってこない。すると、商品はあるのにお金が無いと言う状況になる可能性が出てくる。
俺がこの世界に来てすぐのマリーの店が、まさにそれだった。
そうじゃなくても、物は劣化する。お金で買った資産が無になってしまう事だってある。
店と言うのは、店が金銭的に困った時、売れろと思ったら売れるものじゃ無い。
在庫を抱えると言うのは、それすなわちリスクなんだ。
そしてその点において強いのが、チェーンストアの特徴の一つ。俺が即断で、つい先日の入荷分を多く出来たのには、理由がある。
答えは単純で、余った時に他の店舗へ流す事が出来るからだ。
例えばここ王都で在庫を抱えすぎたとしても、今まで増やしてきたいくつもの店舗に連絡して、その在庫を分散し、引き受けて貰えばいい。
そういう調整が出来るからこそ、チェーンストアは個人店に比べ、莫大な在庫を抱える事が出来るんだ。
だから今回も、そうなればいいと思っていた。
チェーンストアの利点を活かして、もしもに備えた。抱えた在庫は仕方ない。ゆっくり連絡を取り合いつつ、捌いていこう。そう考えていた。
それなのに………。
今日も空は雨模様。丸猫屋は、変わらず営業中だ。
「アンシアどう? やっぱり今日も更新?」
「はい…」
「そうか…」
丸猫屋は、ここ数日売上を伸ばし続けている。すでに晴れの日と変わらぬ数字になっていて、これは間違いなく異常だ。
しかし、この非常事態では仕方がないか…。
「戻ったよー…」
「あ、おかえり」
イエローが出先から戻ってきた。
「その感じだと…やっぱり駄目だった?」
「うん。少なくともすぐには無理かも」
「イエローが言いに行けばあるいは…って思ったんだけど」
「ごめん……」
「いやいや、イエローが悪い訳じゃないんだから」
これも、予想通りの結果ではあるしな…。
イエローが行っていたのは、妹さんの所。つまりは女王様の所だ。
要件は…この雨への対策について。
俺が調べた限りでは、こんな事は今までになかったそうだ。
それはつまり、経験に基づいた対策が出来ないと言う事。案の定、ここまで雨が降り続けても、これと言った対策を進めている様子は無い。
完全舗装されていない分、雨は地面に吸収されて行ってはいる。
でもそこそこ近くに川があるし、実際ここのところ、水位…と言うより、川幅が広がってきている。特に掘り下げられている訳では無く、川辺が緩やかな坂になっているからだ。一部土魔術か何かで整備された範囲もあるが、ほとんどは自然のままになっている。
このまま放っておけば、直に氾濫する可能性は充分にあった。いくら地面が土でも、限度がある。
俺はそれらの情報や、知っている知識をイエローに伝えた。
そしてその対策の為、防波堤の建築などを提案しに行って貰っていたんだ。
これまでもそうだったけど、こういう大掛かりな事をするには、それに適した人物か団体が、旗を振って先導してくれた方が良い。
国のトップすら知らない事を、一般人が知る訳は無い。俺を含め、そこらの人間が言ったところで、大人数を動かせるとは思えなかった。
しかし結果として、国からの返答はNO。良くわからない事の為に、人材や資材は割けないと言う訳だ。
女王様は、こういう事に対応してくれそうな印象の人だった。でも引き受けた時、実際に指揮するのは本人じゃないだろう。王制ではあっても、全員黙って王の命令を聞けって感じでは無かった。
一存では決められないのだろうし、仕方がないのかもしれない。
確かに、まだこの町が、水没するとかは考えられない様に見えるしな…。
俺は店の外に出て、改めて地面を確認する。
石の舗装路から水が流れ、近くの土の地面へと浸み込んでいく。水たまりだらけにはなっているが、それだけだ。
大丈夫なのか? 本当に?
そもそも、ここまで雨が降り続けていて、水たまりで済むものなのか?
普通なら、とっくにとんでもない事になっているんじゃ…。
もし。
この状況が、この世界の何らかの力で、ぎりぎり保たれているだけだとしたら。
俺はそうでは無いと願いながら、もしもに備え、準備する事くらいしか出来なかった。
チェーンストアの非常事態における力が、発揮されたりしない事を願って…。




