この世界での、生活
しばらく緊迫した話が続いていましたので自重していましたが
この作品のポイントが二桁に突入しました!
本当にありがとうございます……。
次は三桁の大台目指して頑張ります!
俺は今日も、いつもの夢を見ている。
もう慣れたものだったが、やはり人が死ぬ姿を見せられるのは辛い。
せめてもの抵抗で、今回も視線を他へ向ける。いつかと同じで視線は下へ。
そしてそこで、俺はふと違和感を覚える。並んでいる建物が、少し変わっているような気がするのだ。
これはただの、気のせいだろうか……。
事件の次の日、俺は市場の中心に立っていた。
ここにいる全ての人からの注目が、俺の方へと集まっている。様々な表情を向けられているが、思ったよりもずっと、こちらを心配しているような、気に掛けているようなものが多い。騒ぎの原因を作った俺に対してなんて、もっと責める視線が向くこともあると覚悟していた。
あんな事件が起きてしまったとはいえ、やっぱりここには聡明で、いい人が元々多いんだろう。
だから、これから俺がやろうとしていることも、きっと受け入れてもらうことができるはず……。
昨夜マリーの家へと帰った後、これからについて話をした。
まず、マリーからの願いで、店を壊した犯人は捜さないことにした。これは、俺にも思うところがあったので、少し考えたけど了承した。何か確信を得ているような言い方だったけど、マリーは何か、心当たりでもあるんだろうか。
それから、今後店をどうして行くのか、市場の人達との関わりをどうして行くのかだ。
何も変えずに、マリーの店だけ儲けを求めていくのは、当然ありえない。
だからと言って、自重して何もしないのでは、また誰かの生活が危うくなってくる。
なら、方法は一つしかない。
自分の落ち度に打ちのめされたばかりで、少々、いやかなり抵抗はあるが、やるしかない。
改めて、ここから始めて行こう。
「おはようございます! 訳あってマリーの所でお世話になっています。今日はこの市場を、立て直すお手伝いをさせてもらう為に来ました! この辺りのことにはまだまだ疎いので、ご迷惑をかけることもあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします!」
この世界、ここの市場に初めて来た時にした挨拶を、なぞるようにして俺は宣言した。
俺は、結局なぜこの世界に来たのか、今でもわかっていない。
せめて自分にできることをと思ってしていた事も、かえって迷惑をかける結果になってしまった。
でも、俺だからできたこともあったんだと、マリーが教えてくれたんだ。
……しかしもう数十秒は経っているはずだが、周りからの反応が未だにない。
理想は拍手でもされて、皆と仲良くこの市場を盛り上げていく、みたいな展開だったけど、それはさすがに考えが甘いようだ。
ここはやはり、市場の一人一人と話をして、少しずつ認められていくしかない。そう思って頭を上げようとした時、小さな、ほんの一人分の拍手が聞こえた。
「アンシア……」
拍手をしてくれたのはアンシアだった。
俺は笑いかけて、言葉なしにありがとうを伝える。
まわりを見てみれば、大手を振って歓迎と言う風ではないけれど、皆きちんとこちらを見てくれている。俺の話なんか、どうでもいいと思われているなら、こうして注目なんてしてくれない。
ソウさんなんかは、やってみせろと言わんばかりの表情だ。
その通り、すべては俺のここからの頑張り次第だ。
「よーし!」
俺は気合を入れて、偶然目が合った店の人の前まで進んでいく。
「改めてお願いします! さっそく話をさせて頂きたいんです」
「え、ええ……」
「ご承知の通り、このままではこの市場全体の危機だと思うんです。それを回避するためにですね――」
このままじゃいけないってことは、皆わかっているんだ。
あとは、俺しか知らない知識を一人一人に伝えて、共有し、この市場全体の活性化に繋げていく。俺にしかできないことをやり遂げて見せる。
これが、今できる俺の戦いだ。
「お兄さーん、ほどほどにしないと、今度は取り返しがつかなくー……聞いてませんね」
「でも、わたし、翔さんのああいうところ、いいな、って、思います」
「アンシアさん……。あの無駄に熱くなっちゃうところですか?」
「ふふ……。はい」
「お調子者なだけで、悪いところだと思いますけどねー」
「そう、ですか?」
「ええ、まるで子供です。子供」
「あ、それは少し、わかる、かもです」
「まあ、悪気が無いのは、皆もきっとわかってくれますよね」
「……はい。きっと、皆も、翔さん、好きになります」
「そうですかねー……ん? ア、アンシアさん? それってどう言う……?」
「……? 翔さん、いい人だと、思い、ますし、きっと、皆好きになりますよ」
「な、なるほど! それはそうですね! い、いや、でもお兄さんはやりすぎるところがありますから、アンシアはそれを知りませんからね。そうです。やっぱりちょっと止めてきます。それではアンシアさん、また後で!」
「あ、はい……?」
一方で、市場とは関係ない、小さな戦いが始まっているのを、俺は全く知らなかった。
もっともこの時点ではまだ、たった一人の、一方的な独り相撲だったけれど――。
あれから、俺は一日かけて自分の考えを、市場の人たちに伝えて回った。
といっても、マリーに途中で止められてしまったので、とりあえず具体的な方法は省いて、皆で市場の活性化を目指すための、協力を依頼するだけに留まっている。店長になってからは意識的に抑えていたけど、俺は元の世界でも、周りを置き去りにしてしまうところがあったし、今後も注意して行こう……。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です」
そして今は、家に戻り食事も終えて、落ち着けば寝るのみというところなんだが……。俺は一つの問題に直面していた。
「……なあ、マリー」
「なんですかー?」
「俺、今日からその……外かどこか、他の場所で寝ようかと思うんだけど……」
「……はいー!?」
マリーが、まるでメンチを切るような口調で返してくる。いや、表情も実際にそんな感じだ。
「お兄さん、まだどこかへ行こうだとか、ウジウジ考えてるんですか? 男らしくないですよ!」
「いや、そうじゃないよ。ただ寝る時に、どこか外で寝ようかなって」
そう、問題とは今マリーが偶然口にした、男と言う部分だ。
俺は先日の件で、マリーのことを見る目が変わった。
それは別に、変な意味とは違う。歳が一回りくらい違うし、そういう対象として見るようになったわけでは無い。
ただ、俺はこれまでマリーを、歳の割にしっかりている、ただの若い子として見ていた。要するに、子供として見ていた。
でも、そうではなく、一人前の人間であり、下手をすれば先輩でもあると認識を変えた。そうなると、どうにもこの状況が良くないように思えてきたのだ。年齢の差があるからこそ、なおさらだ。
普通他人同士の男女は、同じ部屋で寝たりしない。
ちなみに、俺はここへ来てから、ずっとマリーの部屋の床を借りて眠っている。
そもそも部屋の数が余っていないし、普通に寝床として用意されたのがここだったので、大して気にしていなかった。
「寝る時だけでも、言ってることがおかしいのに変わりありませんよ。何ですいきなり?」
「うーん……いやね」
「もう、早くはっきりして下さい」
「マリーと俺が一緒の部屋で寝るのって、良くないんじゃないかって思ってね。意味はほら……ね? わかるでしょう?」
「は……い……?」
あ、意識飛んだ?焦点が定まってない。
「ひょっ――!?」
ひょ……?
おお、今度は顔が赤くなった。俺の言ってる意味は分かってくれたっぽい。
「……う゛ん゛?」
え、ちょっと待って。
さっきまでの流れはわかるけど、これはわからない。
なんで赤みがスーッと消えたと思ったら、年頃の女の子が出していいとは思えない声を出して、底冷えする目でこちらを見てくるのだろうか。
「お兄さん?」
「はい!」
「一つ聞きたいのですが、そういうことを聞くと言うことは、私を……まあそう見たということでしょう。それはいいんです。……なぜ今更? もう、こうして暮らし始めてそれなりに経ってますよね? 今まで私のことを、なんだと思っていたんです?」
「いやあ、うん。ごめん。正直に言うと、今まではただの子供だと思ってた。でもまあ、今回の件で、マリーも一人前だって、認識を改めてね。それでまあ、気になったんだよ」
「こ、子供……?」
マリーは何を言ってるんだこいつは、といった表情だ。おかしなことは、言ってないつもりだが……。
「まあいいです。何にせよ、外で寝るとか、おバカですか。今まで通り、ここで寝て下さい。……と言っても、今まで全部わきまえた上で、何も言わずに一緒に寝てると思ってたのに、まさか今初めて意識したなんて、私は警戒しないとダメかも知れませんね!」
「いや、それは違う!」
「……はい?」
「確かに子供と同じには見なくなったけど、それとこれとは話が違う。マリーに対して、配慮が足りなかったと思ったから提案しただけで、マリーに警戒されるようなことは絶対にしない。だから安心してほしい。」
「……」
「……?」
「そうですね。良く考えたら、お父さんだって居ますし、そんな真似できるはずないですよね。ね? お父さん?」
「え!?」
マリーの視線を追って、ガバリと振り返ると、そこにはジッとこちらを見据えるストスさんが立っていた。
この人は本当に音を立てない。
急にふらりと工房から出てきて、やることをやったら戻ってしまうから、普段こちらのスペースに居ることは少ない。
だからこそ、気が付かないうちに居て、びっくりさせられることがある。
「……」
「あ、あのストスさん。安心してください。俺は大人として、間違いなんて犯しません。それと、あのっその……!」
俺がしどろもどろになっている間に、ストスさんは視線を外して、コップ一杯の水を飲んだ後、そのまま工房へと戻って行ってしまった。
そして残ったのは、気まずい二人だ。
昨日と理由は大きく違うけど、この空気、耐え難い……!
「……何かあったら、お兄さんなんてハンマーでぺしゃんこです」
「ひっ!?」
非常に恐ろしいことを言われてしまった。
にしてもかなり機嫌を損ねてしまったみたいだけど、どこがそんなに気に障ったのだろうか。
ここは大人として、きちんと察したいところ……うん?
そうか!
マリーは確かに一人前だが、まだ子供でもある。つまりはお年頃なんだ。
「マリー、済まなかった。さっきのはそういう意味じゃない。言い方が悪かったな」
「今度はなんです?」
「何もしないって言うのは、別にマリーに何の魅力も無いって言う意味じゃない。マリーはかわいいし、魅力的だと思うよ」
「~~~~~!? 本当に何言ってるんですか! さっきと言ってることがまるで違います! 何言ってるんですか! もう、いいから何も言わずに寝て下さい! ほら、ほら!」
「うおっ」
俺は予備のシーツと、干し草でこしらえた自分の就寝スペースへと追いやられる。
おかしい、全然機嫌が直っていない気がする。
気に障ったのはこれでは無かったか……。
というか、元々モテ男だったわけでもなし、そんなの分かるはずもなかった。
それに確かに、唐突に正反対のこと言ってるような形になってる。手のひらドリルを自分がしてしまう日が来るとは思っていなかったな。
俺は何も言うなというマリーの言いつけを守る為、無言で手を振り、それを今日のお休みの挨拶とした。マリーはそれを確認すると、ふいっと反対を向いて、ベッドの中で動かなくなった。
うーん、年頃の乙女心は難しい……。




