日常に異変発生?4
このまま、今日は平和に終わる。明日からも地道に店を頑張ろう。
そう思っていた。
「…や」
ティサからの拒否。
これは、少々思惑と違う展開になってしまった。
「別にティサの希望通り、俺と一緒の部屋でも」
「お兄さんは黙ってて下さい! 今はティサさんを説得中なんです!」
俺達が今話し合ってるのは、今晩からのティサの寝床だ。
深く気にもせず、話題を出しただけだった。
「まあ、今日はもう夜だし、今後の事はまた明日から話そう」
「りょうかーい」
返事はイエローからで、マリーはさっきの接触で恥ずかしいのか、部屋の隅に居る。
アンシアとローナが、ティサと会話を試みていた。
ちょうどいいかもしれない。
「ティサ、今日からどこで寝ようか。部屋を一つあげてもいいし、誰かと一緒の部屋でもいいよ」
「!」
ティサが、ビクリとした表情でこちらを向いた。
「ちょうど、アンシアかローナとなら、ティサも安心かなって思ったんだけど」
この4人なら、誰と一緒でも大丈夫だと思うけど、この二人は特に、他人を安心させてくれる人柄だしな。
「うちはいいよぉ。一緒でもー」
「えと…わたしも」
「翔君…今のどういう事? あたしはー?」
「もちろん、イエローでも。ティサ次第で」
持ち前のコミュニケーション能力で、一気に仲良くなってしまうかもしれないし。
ただ、少し怖がっている風だったから、静かに寄り添ってくれそうな二人の方が良いかもと思ったんだ。
「どうする? ティサ」
「…ここ」
…ここ?
ここと言うのは、俺の部屋の事だろうか。つまり、皆じゃ無くて、俺と一緒の方が良いと?
女の子だし、メインで見ていてあげる役は、誰かにお願いするべきだと思ってたけど…ティサが言うなら良いか。
「じゃあ、そうしようか」
「だ、駄目ですっ!!」
え…?
「あ…」
今叫んだのはマリーだ。
やっぱりなんだか様子が―――。
「お、お兄さんと同じ部屋にするとか、お兄さんが色々何をするかわかったもんじゃありません! 色々お兄さんが!」
いや、いつも通りかもしれない!?
「マ、マリーちゃん…翔君がそんな事するとは…」
そうだよ。イエローもっと言って…待て、二人とも俺が、一体何をすると思って話をしてる?
「むしろしないはしないで困るんです!」
「マ、マリーさん…落ち着いて…」
普段静観してるアンシアまで止めに入っていた。
俺?
俺は訳が分からな過ぎて、とっさに何も言えませんでした。
マリーの言っている事は、思考が回り始めても良くわからない。
他にもなぜローナはそんなに笑顔なのかとか。
イエローが俺の事を、信じていいのか迷い始めたような視線で見てるとか。
これ、小さい子の前でしていい会話だろうか?
「別に…負けないし平気」
ティサはティサで、これはどういう発言だろうか。
全部何の事を言ってるかわかった上で、俺が何かおかしな事をしようとしても、負けないから問題ないと言う意味か?
……だから、おかしな事ってなんだよ。
「わ、私と! ティサさん私と一緒の部屋にしましょう!」
マリーは、まだまだ混乱したままの様だった。
そのまま、マリーはティサの説得を続けているのだが…。
色々とおかしかった発言は置いておくとして。
ティサが皆との部屋を拒むのは、別に俺を一番好きだからとか、そういう事では無いと思う。
多分、俺の方が安心できる理由があるんだ。一人の部屋でもいいと伝えてあるのに、それも選ばない。何か、不安があるんだろう。
俺達から見れば、誰と同じ部屋でも、ティサには優しくするだろうけど、彼女には当然、それはわからない。
やっぱり、俺が女性陣からどう思われてるかはともかく、ティサの望み通りにしてあげよう。
「とりあえず、今日はもういいでしょマリー。ティサの寝たいところで寝させてあげても」
「うー…」
「じゃあ、今日は解散で」
マリーが、何か思いつめた様な表情でこちらを見ている。
…ずっとそんな気はしていたけど、やっぱりどうも様子がおかしい。今も、普段俺の事を子供だとか、嫌らしいとか言ってる時の、呆れた表情とは全然違う。責める時のものとも違う。
「何かあっても知りませんからね!」
そう言うと、マリーは隣の自室に帰ってしまった。
だから…何もしないと…。
「えと…あたし達も戻るね」
「うん」
皆も引き続き部屋から出ていく。
そこで、最後にアンシアと目が合った。
何か言いたい事があるのか?
しかし声を掛ける前に、アンシアはそのまま出ていってしまった。
部屋には、俺とティサだけが残る。
………やっと落ち着けそうかな。
「ティサ。今日は色々あったし、もう着替えて寝ようか」
着替えは、昼間のうちにアンシアに用意して貰った。その辺りは抜かりない。ただの子供用ワンピースだけど。
寝床も、そのうちベッドを用意するとして、今日のところは布団だ。こっちも、仕事の帰りに店の救護室から運んでおいた。本当は、この後ティサが寝る事になった部屋へ運ぶつもりだったんだけど、そのままここに敷けばいいな。
女の子同士なら、ゲストであるティサにベッドを譲る…みたいなのが定番だけど、俺のベッドを譲ってもな。大丈夫だと思いたいけど、それでくさいとか言われたらショックだし。
「ティサ。近いうちにベッドは用意するから今日はここで…。…?」
「…ん」
「…うん?」
「やって」
ティサが俺の前まで、着替えの服を持ったまま近づき、そんな事を言う。
まさかとは思うけど、着替えをやって…か?
「自分で…」
いや待て。
この子が自分で出来る事を、わざわざ頼むか?
口下手なだけで、甘えん坊と言う可能性もあるけど…。
「もしかして、着替えやった事無い?」
「……」
「そうか…じゃあ教えるから、自分でやろう」
「…あいつは……」
カインはやってくれた、かな?
でも俺は、そこまで甘やかす気は無い。
「別に難しい事じゃ無い。一度自分で出来るとわかれば、簡単だから。ほら、まず着てる服脱いで。両手でここと、ここを持って…」
「むぅ…」
小さいと言っても、着替えを覚える前って程ではないと思うが…。
そういう事を、教わらない立場だった。もしくは環境だった…?
当たり前だけど、着替えだって教えてもらうか、しようと思わなきゃ出来るようにならないからな。
誰だって、最初は着替えすら自分で出来ないんだ。
ぎこちない動きではあるが、ティサは自分でしっかりと服を着替えていく。ワンピースからワンピースへの着替えなので、簡単だ。
手足を動かす事すら不慣れと言う歳では無いし、やろうと思えば当然出来る。
「はい、良くできました」
少し迷ったけれど、俺はティサの頭を撫でてあげた。
ティサは…特に何も言わない。
「じゃあ寝よう」
「…ん」
ティサはそのまま、素直に布団へと潜って行く。
念のため寝息を立てるまで起きていようと、俺はまた考え始める。
この子は…親が必要な状態だと思う。
今までどんな暮らしをしていたのかわからない。でも、さっきの様子じゃ、出来ない…いや、やった事が無いものは多そうだ。
まあそれなら…。
俺が父親代わりになってあげればいいし、優しい母親代わりになってくれるだろう皆も居る。
丸猫屋の発展を第一とするのは変わらないけど、それくらい両立できるはずだ。
疲れていたのだろう。
たいして時間も経たないうちに、かわいい寝息を立て始めた。
それを確認して、俺も目を閉じる。
明日からも、頑張って行こう。変な噂が立たないうちに、他の従業員には、知り合いの子を預かるとでも言っておいた方が良いな。もちろん、こっちには人間の女の子としてだ。
今も魔人の姿だし、魔法を使う以上は疲れたりするのかもしれない。でも仕方ないな。
それから…それから…。
どれだけ続けても、まだまだ考えるべき事は尽きなかった。




