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日常に異変発生?

 あれ以降、皆からの過剰なスキンシップは無くなった。

 世の主人公なら喜ぶところでも、俺にとってはほとんど心労と変わらない。心の底から良かったと思う。

 丸猫屋は、至って順調だ。

 俺にとっては、過去の経験に比べれば、まだまだ扱っている品種も少ないし、金額も小さい。

 異世界なのも、運搬手段が異なるのも、連絡手段が異なるのも、過去に頭に入れた海外出店と変わらない。

 運営の軸を守りつつ、使える物を使って効率を上げる。いい意味で楽をする。得をすることを考える。

 これが出来れば出来る程、お客さんに対してのサービスも向上させる事が出来る。

 誰に対しても、等しく出迎え、うちが出来る最大限の提供を。

 理想論とか、建前だとか言われる事も多いけど、これが意外と、こういう事を言う社長は本気だったりする。だからこそ、社長として夢や発展を追い続けられるのかもしれない。

 俺もいい歳して、未だに夢見がちなのは自覚がある。この点は、自分に向いているかもしれないな。


 俺にとっては極々当然の様にこなせる仕事の日々。

 今度はこの王都を起点にして、周辺に丸猫屋の支店を増やしていく。

 そんな事を視野に入れ始めた頃だった。

 なんだ…?

 魔力では無い、この力に気付いた影響だろうか。おそらく俺だけが感じた。

 そういう力を持った誰かが、近くに来ている。本当に近くだ。これは店内か…?

 メルが何も言わないし、敵では無いと信じたい。

 でもメルは最近、ますます意識をぬいぐるみから飛ばしている時間が増えている。文字通りマスコットになっていた。それに、手を出すのに制約が厳しいのはよく聞いている。

 自分で確認するしかないな。

 俺は手元の売場作成作業を止め、立ち上がる。

「翔…さん?」

「アンシア、ちょっと待って…いや、一緒に来てくれる?」

「は、はい…」

 何の問題も無ければ、往復で5分もかからない確認だ。多少作業が遅れても問題ない。

 俺は気配の主を目指して歩きながら、話を続ける。

「大丈夫だと思うんだけど、ちょっと特別な人と会うと思う。何かあったら9番で」

 9番は、警戒態勢を知らせる符丁だ。本来は、不審者だったり、万引き犯に使う。

「…っ! わかり…ました」

「いや、そこまで警戒しなくていいはずだから」

 アンシアの目が、なかなかの鋭さになっていた。

 これまでも、前髪に隠れていただけでこうだったのだろうか?

 何度認識を改めたかわからないけど、やっぱり意外とたくましいな…。でも、普段の儚げでやさしい感じは、ずっとかわらないんだ。それでついつい、印象が戻ってしまう。

 今、すでに魔術で身体強化をかけていたりするのかな。

 魔力の方は、相変わらずわからないんだよな。

「…っ!」

「あの人達…ですか」

 居た。

 視界に入ったら、気配を探るまでも無かった。

 店内に、明らかに怪しい全身フードが二人。

 一人はそこそこの長身で、もう一方は随分と背が低い。小さな子供だろうか。

 向こうもこちらに気付いたようで、ゆっくりと近づいてきた。

 すでに、俺でも何らかのアクションをとれる距離。相手によっては、今にも一触即発となるが…。

「お久しぶりです…。上木…翔さん」

 幸いな事に、そうはならなかった。

「なるほど…案内するよ。付いて来て」

 これだけ変化なく、平和な日常を過ごしていれば、何が起きようとそれは突然だ。

「ありがとうございます」

「アンシア、ありがとう。知り合いだったから大丈夫。仕事に戻って」

「で、でも………。わかり…ました」

「うん。少し席を外すね」

「はい」

 アンシアに後の事を頼み、その場からすぐに移動する。

 もう何年ぶりになるだろうか。

 その長身の男性は、なんと勇者カインだった。




 有名人のカインはともかく、連れまでこの恰好じゃ訳有りなのだろう。店内で話をする訳にも、事務所に通す訳にもいかない。うちの従業員には一般人も居るし、カインが居るとなれば、騒ぎになる可能性もある。

 俺は、一度店から出て、自分の部屋へとカインを案内した。もう一人の連れも、一緒に付いて来ている。

 腰を落ち着け、二人にも椅子を勧めて座って貰った。

「さて…久しぶりだね」

「はい、本当に…」

 カインが頭に被っていたフードを下ろし、顔が顕わになる。

 いやあ…これまたイケメンに成長したものだ。もう完全に、あの夢の姿と同一人物だとわかる。その程度には、容姿が近づいていた。

「それで…何をすればいい?」

「え…」

 カインは、意外と言う表情になっていた。

 でも、何の理由も無く、遊びに来たとは考えにくい。それを察せられる程度には、重い雰囲気が感じられた。

 噂で流れていた、カインが魔族領に居ると言う話も関係があるかもしれない。

「何も…聞かないんですね」

「何でも聞く準備は出来てるよ?」

 おそらく、何かを請け負う前に、事情を聞かないのかと言う事だろう。もしかしたら、事情を言い辛いけど、助けて欲しいのかもしれない。そうで無いなら、普通に事情も含めて話してくれればいい。

 そういう意図を込めて、俺は緊張をほぐすため、わざと気楽さを演出した。

 もっと交流機会があるかと思って居たのに、結局あれ以来会えていなかった。そんなカインが、わざわざ訪ねて来たんだ。話を聞かないはずが無かった。

「…本当は迷ったんです。いえ、今も迷ってます。翔さんとは、それ程話をした訳じゃありませんし…。それに…でも……」

「うん」

「もうっ…当てがないんです…!」

「…」

 相当厳しい状況にあるみたいだ。

「大丈夫。確かにそれ程一緒に過ごした訳じゃ無いけど、俺はあの夢を知ってる。少なくとも、間違いなくカインの味方だ。カインもそう考えて、最後の最後で頼ってくれたんでしょ?」

 俺としては、もっとどんどん頼って欲しかった。でも、今となってはどうしようも無い事だ。

 お互いに、相手の居場所を探る術も無かっただろうしな。

 …いや、そうでもないか?

 俺が超近距離とはいえ、気配を感じ取れたんだ。カインなら、もっと広範囲に探知が効くのかもしれない。

 そのおかげで、こうして今俺のところへ来ることが出来たのかもしれないな。

「お願い…したいのは………」

 カインが辛そうな表情で、長い息をつく。

 俺はどんな事でもしっかり受け止められるよう、心を落ち着かせ、続きを待った。

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