王都での生活再び4
俺は仕事や今後の為の準備を進める傍ら、警戒をして過ごしていた。
ここ最近、立て続けにおかしい事があった。
偶然かもしれないけど、そうでは無い場合も想定するべきだ。皆してらしく無い事をしているのに、その方向性が全部似ている。おそらく何かある。
もし偶然では無い場合、次はローナが何らかのアクションをかけてくる可能性が高い。
いや、でもローナは無いか?
あれからも、ローナに求婚した例の王子は、定期的に訪ねてきている。今ではそれなりに仲良くなったみたいだし、二人で出かけていた様子もあった。
俺としては、例の王子様の誘いに乗らず、今も店を手伝ってくれている事に疑問を覚えるくらいだ。向こうも王族である以上、待つにも限度があるだろうに。
そういえば、今回はちゃんと居住地が変わる事、伝えたのだろうか。
初めて会った頃は、少々刺激が強すぎるアプローチも多かったけど、ここ最近はそういう事も無い。俺の無知によって発生した誤解も、とうの昔に解いているし、今はただの男女、それ相応の距離感で接していると思う。
…そうだよな。
そう考えると、むしろ警戒は最初に戻ってマリーか。
いや、順番とは限らないし、ローナを省けばちょうど一巡している。全員に対して警戒すべきだな。
これは一体何の戦いなのか、全くもって不明だが。
「…よし」
俺は手元の作業を完了し、身体をひねってこりをほぐす。
これで、ひとまず一冊完成だ。
完成したのは、ずっと書き続けていた本だ。元の世界なら、起業の指南書とか、ビジネス界常識とか、そういうジャンルの物に仕上がったと思う。
この世界では、データを作れば何冊でも印刷とはいかない。
変に意訳されたり、間違って写されたりするとまずいから、適当なところに投げて複製して貰う訳にもいかない。
しばらくは、この本一冊のみと言う事になる。また自分でも書き始めつつ、うちの従業員にも、空いた時間に手伝ってもらおうかな。むしろ、勉強になって良いかもしれない。
この一冊はすぐにでも公表したいけど、適当な人に売っても意味は無いし…。
明日店頭の休憩スペースに置いて、ひとまず誰でも見れるようにしておこう。この町の、ソウさんみたいなポジションの人に伝手が出来れば、その人に譲るのも良いな。
町や市場全体の事を考えて、うちの店から色々盗み、活用しようとしてくれる人だといいんだけど…。
とにかく、明日だな。
俺は今日の作業を打ち切り、そのままベッドへと入る。
俺の持ち込んだ様々なノウハウが広まれば、店の在り方は一気に増える可能性がある。
そうなると、職が増えて、合わせて雇用も増える事が見込めるな。
どこまで行っても、世界中が豊かでも、完璧なバランスにはならないのが、人や職、物、金だ。こればっかりは、変わらないんだろうなあ。
そんな事を考えながら、眠りについた。
…。
いつも通りの夢をみる。
今、ノートとの衝突は、相変わらずカインが飲み込まれる未来のままだ。
集まってくる光は大きくなった気がするが、まだまだ出力不足の様に見える。
それに、相変わらずブレが収まらない。
あの人影はなんだろう。
少しだけ、輪郭ははっきりしてきた気がする。
やはり、味方なのだろうか?
この世界へ来たばかりの頃は、この映像のカインが自分かもと考えていたな。
その後も、自分が直接助ける事が出来ればと思ったっけ。
それなのに今はこうして、異世界で商業ライフを送っているだけ。
それでも…この手はちゃんと、違う形で届いているだろうか。
カインの…勇者の助けになって居るだろうか。
今日も、カインがノートにのまれているのを、見る事しか出来ない。
この…俺の手が……。
…。
……………!?
俺は跳ね起きた。そしてそのまま、ベッドから転げ落ちてしまう。
決して軽くない人の死を見せられ、憂鬱な目覚め。このまま、いつも通りリフレッシュの為、身体を動かしに行こう…そう考え切るより前に、異変に気付いた。
ベッドに、だ…誰か居る。
俺は恐る恐る、這うようにしてベッドの上を覗きこんだ。
そこに居たのはなんと………ローナだった。
…なんでぇえ!!!????
ついさっき、一瞬顔全体に感じていた柔らかさを思い出す。
それは、衝撃だった。
昨日ローナは何もしないかもと考えた気がするとか。
魔物が居ると知った時より困惑してるとか。
シンプルになぜローナに抱かれていたのかとか。
「――――――――――――ァ!」
この起き抜けに、脳内は混乱し、心臓は激しく脈打っている。
それは、不安定な状態の俺には負担が大きすぎた。
俺は声にならない叫びをあげ、そのまま再び意識を手放してしまった…。
次に目を覚ました時には、すでに仕事は遅刻。
さらにそこには、烈火のごとく怒りを顕わにしたマリーの姿。
色々と言われた気がするが、正直意味を理解できず、覚えていない。
俺はこの日、随分と久しぶりに、頭が空っぽの状態でただ仕事をしていた気がした。
夕方。店も終わりに近づき、さすがに落ち着いた頃。
俺は4人を集めて、言った。
「何をしてるか知らないけど…心臓に悪いから、もうやらないようにね…?」
「何の事か知りませんが、もうする訳ありませんから!!」
「…」
「マリーちゃん、それ…」
「楽しかったねぇ」
4者それぞれの反応を見つつ、俺は考えていた。
もし仮に…本当に仮に、これが俺へのアプローチで間違いなかったとして。
やっぱり、原因ははっきり一人と恋仲にならない俺にある。
まともな男なら、これほどの女性達に囲まれれば歓喜するところなのだろう。
でも、今は誰か一人に、そういう想いを伝えようとは思えない。
情けないのは、百も承知なんだけどな。俺なんかじゃな…。
願わくば。
今後のアプローチがあるなら、もっと普通のコミュニケーションであって欲しい。
そんな、身勝手な事を考えていた。




