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王都での生活再び3

 レジ。

 店で会計をするところ。

 俺にとっては当たり前の存在だが、この世界ではそうもいかなかった。

 しかしそれでも、どうしても必要なものでもあった。買い物カート同様、この規模の店舗になると、これががより重要になる。

 …とは言ったものの、結局出来たのは、単純な金額読み取りが出来るだけの物だった。

 そうそう思い通りにはいかないな。機械がどれほどすごいのか実感させられる。

 しかし、それだけでも完成したのは良かった。

 以前にメルが教えてくれた魔術の応用で、商品に込められた情報を、レジの魔術具で表示させる。その金額を合わせて、会計を済ませるという形になっている。

 いわゆる元素的な魔術以外、ほとんど見ないとの世界において、これは充分に革新的なものだ。

 作り上げてくれたナンさんには頭が上がらない。今も元気にしているだろうか。研究所のユニスさんも、振り回され過ぎて倒れてなければ良いけど。

 それから、この世界のレジには、他にも元の世界と違いがある。

 例えば革新的な魔術具を使っているのに、結局そろばんで計算している悲しいところとか。

 それに、レジ打ちの人達が座っているのもそうだろうか。まあこれは、海外ではチェーン店でこういうところもあったし、この世界が特別って訳でも無いかな。


 そんな訳で、この丸猫屋にも、元の世界同様、レジ打ちさん達がたくさん必要になった。

 これほどの町ともなれば、さすがに職を探していた人も居て、その人達を面接して雇い、この店舗をスタートしている。しかし、今後の事を考えれば、今の人数では不十分だった。これからもここと同じ大型店は作る予定だし、元の世界より、レジ打ちに時間が掛かるからな。

 機械技術革新ならぬ、魔術革新でも起こって、もっと便利になるとありがたいところだ。

 そして現在、すでに新しいメンバーを雇い入れて教育中だ。それは基本的に、イエローが担当してくれている。

「はい、じゃあ次へ進むね!」

 人を教育すると言うのは難しい。

 特に小売りチェーンみたいな、同じ現場で異なる業務をする人が居る様な職場では、簡易作業担当のメンバーに、どこまで教育するかという問題も出てくる。それを上が明確にしないと、お客さんへの対応が滞ったりするんだ。

「商品の内容については、覚えてくれたなら答えても良いよ。でもダメな事もあってね、例えば、値引きしてくれーとか、半分にして半額にしてーとか、そういうのは勝手にやらないこと」

 具体的な例をいくつか出して教育は進めているが、予想外の要望をぶつけてくるお客さんは結構多い。

「判断付かない事があったら、あたしでもいいし、担当の人でもいいから、すぐに呼んでね!」

 組織として大きな店を出している以上、どのお客さんにも同じサービスをするのは基本だ。

 それなのに、全員がそれぞれの判断でお客さんの望みを叶えていたら、間違いなくそれは崩れる。だからと言って、レジ打ちの単純作業要員として雇った人達に、俺達と同じ基準で判断が付くようになるまで、あれこれ覚えて貰うなんて無茶な話だ。

 だから、シンプルに制限する。

 原価や利益を理解した判断の付く人間で、組織として決定する。

 最近のチェーン店では、店頭で値引き交渉をしないタイプの企業も増えていたけど、それはこういうところも関係している。

 うちで言えば、丸猫屋はこうである、という店のイメージ。

 それがブレない様に。店内で個人個人が店を開いているみたいな状態にならない様に。

 プロならそこを全員教育して、客の為に値引きとかの対応もするべき、なんて人も居る。

 でもそんなのは無理だ。

 違う人間が完全に同じ判断基準を持てるわけないし、なによりそこまで教育しきるのに何年かかるか。

 レジ担当どころか、商品担当でも、そこまでのプロになるには時間が掛かる。

 それにそもそも、うちの丸猫屋は、最初からできるだけ売価は押さえてあるしな。

 従業員が勝手な値引きをしたら、うちの儲けが無くなってしまう。

「じゃあ次は休憩の後、実際にレジに行くね。解散でっ」

 でも後を絶たないんだよなあ…それをしてしまう従業員。

 丸猫屋では、まだ物珍しすぎて緊張してるのか、怖い程素直に仕事をこなしてくれてる。でも、これからこの世界でも普通になって行った後、どうなるか…気が重い。

「翔君っ」

「お疲れ」

「えへーおつかれー」

 そう言って、隣の椅子に移動して来るイエロー。

 彼女の力も、やっぱり大きいんだよなあ。

 容易にプロフェッショナルを育成出来ない原因は、やっぱり人にある。教育側も、それを受ける側も、人間である事。俺が苦手な分野だ。

 教育担当の社員が、パート陣からアイツむかつく…そんな烙印を押された時。それはそれは不毛な争いが始まるんだよな…。

 その点、イエローは上手くやってくれる。

 こういう人付き合いが上手い人間が収まる管理職も、最近は採用している企業が多い。シフトの調整とか、不満を聞き出したりとか、管理者側の事もわかった上で、平のメンバーの味方になれるポジションだな。

 職場内の狭いコミュニティを円滑に回す為に、非常に大切な役職の一つだ。

 そんな、いくら感謝しても足りないイエローなのだが…。

 俺は椅子から立ち上がり、一歩そこからずれる。そして必要も無い資料を取りに行くふりをした。

 そこを、スカリと空を切って通り過ぎる、イエローの健康的な腕。

「むぅ…」

 イエローは唸って不満そうな様な、安心している様な、微妙なそぶりだ。

 な、なんだろう…今日はこれで3回目くらいか…?

 なぜかはわからないが、今日はイエローとぶつかりそうになる事が多かった。

 いや、気のせいじゃ無ければ、意図的にぶつかられそうになる事が多かった、と言って良いかもしれない。

 目的がさっぱりわからない。

 なんか最近、皆の行動で理解できない事が多い気がするな…。

「ところでイエロー、最近は大丈夫? 問題とか出てきてない?」

 誰でも入れる場所なので、リアとは呼ばず、仕事中はイエロー呼びのままだ。

「ん。んー…大丈夫……ではある、かな」

 あれ。

 意外と歯切れの悪い返事だ。

「いいよ。軽くでもいいから教えて」

「んー、そこまでの事では無いんだけど…。ちょっとね。混乱しちゃった人が居て」

「新人さん達の話?」

「うん。あたしの言った事と、違う事を言われたって人がね。訂正とかはしておいたけど」

 言い方からして、新人教育についての事だろう。

 イエローは、普段この事務所兼会議スペースでの研修を見ていても、特に問題は無いはずだ。

 その内容と違う事を新人に言ったとなれば、本来は問題有りのはず。それでもイエローがフォローする程度で済ませているなら、考えられるケースは絞られる。

 例えば、間違いでは無いけど、新人にまで言う事じゃない内容を言っただとか。

 そうなると、可能性が高いのは…。

「誰? ガイル辺り?」

「えっ…翔君、良くわかったね」

「なるほどね」

「まあ、ちょっと厳しい事を言い過ぎてただけだよ。あたしも、それはゆっくりでいいよー。それまでは頼って来てねーって、軽い感じで答えておいたし」

「うん、ありがとう」

「直接ガイルさんにも話はしたんだけどねー。わかったって言ってたよ」

 でも、わかってくれてるかは微妙…と言う事だな。


 ガイルと言う男は…。

 優秀なのは間違いない。その評価は変わらない。

 でも、優秀と言うのは、完璧とは違う。そもそも完璧な人間なんていない。

 ガイルは、自分自身と同じ基準で、人に何かを求める傾向がある。そして優秀であるがゆえに、そこが問題点の一つになっている。

 仕事には、ガイルみたいになんでもすぐ覚えて、何でも出来る人ばかりが必要な訳じゃ無い。

 単純な事を黙々と続けることが出来る人だって貴重だし、適材適所で協力しているんだ。労働力に対して、釣り合うように給料を出す。バランスさえ取れていればいい。

 そこのところを、ガイルは納得できずにいる。

 俺も何度か話をしたが、出来る事は全員がするべき、覚えるべき…と言った形で、間違った理想論の様な考えを持っている。

 かなりプライドが高そうだし、向こうもなるほどわかりましたと、納得した返事を返すので、深くは突っ込んでいない。

 でもここが改善されない限り、彼にはこれからも店長を任せる事は出来ない。

 経営についての話なら、丸猫屋内ではかなりしっかり出来る人材なのに。非常にもったいないところだ。


 まあ…。

「これからも根気よく、俺も話していくよ」

「だねー」

 お客さんにとってはすでにしっかりした従業員でも、社内からの評価では、まだまだ成長が必要だったりする。そんなに簡単な事ではないんだ。

「………」

 ここで俺は、またしても気配を察知した。

 …が、今回は少しこれまでと違う。

 イエローが、ふらりと床へ倒れこんでいく。もしや急な体調不良かと、慌てたくなる場面だ。

 しかし俺は、そのまま眺める。

 イエローの身体が、床に倒れこむ前にふわりと浮かぶ。そのままゆっくりと…着地した。

「…」

「…」

「ひどいよ翔君!」

「いや、倒れる前にわかったし」

 おそらくお得意の風系統魔術だろう。

 ひどいと言われても、どうすれば良かったんだ。抱きかかえて庇えば良かったのか?

 上手く説明できないが、どうにも警戒が先に立ってしまう。

「ほら、イエローも休憩行ってきて」

 そう言って俺は、手元の作業へと戻る。

「はーい……………っ!」

 イエローが、こちらに飛び込んで来ているのを感じた。

 俺は素早く振り返り、イエローの額を抑えた。身体は触れるのに躊躇うし、この近さじゃ腕を抑えても止まらないからだ。

「…ふぁ」

 だからって、顔に触れるのも大概だと思うが。

 …顔が急激に赤くなっている気がする。

「…イエロー?」

「………ふあああああああああああああ」

 イエローはそのまま、事務所から走り去って行った。

 わからない…。

 でもお互いに、すごく恥ずかしい思いをした事だけは間違いなさそうだった。

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