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王都での生活再び

 混雑を予想し、この店舗では、実験としてオープニングセールを実施しなかった。

 結果としては、それで良かったと言えるだろう。

 口コミや、丸猫屋にしか無い商品が広まった事で、お客さんの数は一時期、初日よりも増えたほどだ。

 各種商品の確保などは、すべて俺が確認の上行っていたが、それで正解だった。今までの店舗と同じ感覚で皆が数を決めていたら、今頃店の棚は、あちこち売り切れで穴だらけだ。

 まだまだ、俺だけがわかる事は多い。

 これもやはり、経験の差。皆にはこれからも、どんどん学んでいってほしい。


 店への客入りピークも、皆で泥の様になりながら乗り切った頃。

 俺は再び、店と並行して他の作業を再開していた。

 今作っているのは、一冊の本だ。内容はもちろん、商売について。丸猫屋の皆に向けて作っていたマニュアルを含め、様々な店の、在り方を記した物になる。

 利益の出し方、コストの削り方なんかは、決して一つでは無い。この世界の人達が取り入れる事で、商売が上手く行く助けになるはずの内容はいくつもある。

 かつてはこの世界同様、小さな個人店が並ぶばかりだったところから、研鑽を重ねて出来た物なのだから、当然だ。

 その内容をまとめているのだが…一つ気になって居る事がある。でもこの作業に関係がある事と言う訳では無い。

 後ろに…ずっと気配がある。そしてそれが、マリーだと言う事もわかっている。問題は、なぜずっと、部屋の外からこちらを見ているかと言う事だ。

 もう、夜もそれなりに遅い。おしゃべりしに来た訳じゃ無いだろうし、店の相談事なら、普通に入ってきて声を掛けるだろう。何にせよ、遠慮する事なんて無いのに…なぜだ?

 俺はもう少し続ける予定だが、このままと言うのも気持ち悪い。どうしたものかと、身体をほぐすついでに伸びをした。

 すると、マリーが唐突に近づいてくる。

 もしかして、俺が終わるまで待っていた? 今のでひと段落ついたと見たのだろうか。でも、普段はこういう作業の途中でも、用事があれば声を掛けて来るしな…。

「お、お兄さんっ。何やってるんですか!?」

「―」

 思わず、声にならない声が漏れた。何をやっているのかはこっちのセリフだ。

 なぜなら今マリーは、俺の肩に手を置き、身体もピタリと近づけてきている。となれば、当然顔の位置も近い。

 いや本当にどうした…?

「ああ…本を書いてるんだよ」

「本…ですか。見た限りだと、いつものマニュアル作成の続きに見えますが」

「うん、実際その通りで…例えば一口にチェーンストアと言っても―――」

 俺は努めて平静を装い、真面目な話を続ける。

 しかし脳内では、並行してマリーの事を考えていた。むしろそちらの方がメインだった。

 マリーとは仕事の間柄上、こうして二人で話す事は一番多い。しかし普段は、二人きりだからと言って、ここまで距離は近く無い。

 何かの理由か、意図か…とにかく何も無いと言う事は無い。

 マリーだって、今や俺がどう見ているかとか関係なく、まぎれも無い大人の女性だ。元の世界なら、アンシアと共に花の大学生活を送っていてもおかしくない。

 こうして異性と気軽に近づきすぎる事に、抵抗くらいあるはずなのに。

 …と言うかマリー。自分でやっておいて、自分で慌てている様に感じる。

 自分の真横にピッタリとくっついているので、表情を伺う事は出来ない。でも声に出てる。

 緊張? 戸惑い?

 それも表に出したいのは、こちらの方だと言いたい。

「つまり、それを公開するって事ですか…」

「そう」

「それだと、うちの店が大変に…なるのは、お兄さんならわかってるんですよね」

「うん。そうなってくれるのを、むしろ願ってるからね」

「まだ…私の知らない事は色々あるんですね……」

「まあ、日々の仕事もあるしね。俺も丸猫屋に関係のある事中心にしか、教えてはいないし…」

「………」

「………」

 ついに会話まで途切れてしまった。俺達は一体何をやってるんだ?

 俺はなんとなく手元の作業を再開しながら、また思考を巡らす。

 出会った時から、いわゆる家族ごっこ…みたいな事をして、呼び方もそのままな俺達だけど、本当の家族みたいに、身体が触れても何とも思わない訳じゃ無い。少なくとも、俺はそうだ。むしろ、十二分に気を使って、最近はそういう事態にならない様、注意をしているくらいだと言うのに。

 それに、俺の恥ずかしい勘違いじゃ無ければ…マリーの方も、俺の事は異性として意識していたはずだ。

 それが所謂、恋愛感情に限らない事は、さすがに弁えているけど…。

 だからこそ、今のこの状況が分からない。

 成長して、この程度の事で気にする歳じゃ無くなった? それなら俺はなんだ? 俺が気にし過ぎなのか?

 それとも…。

 俺もそれなりに歳を取っているし、さすがに候補には上がってる。でも否定している一つの可能性。

 これがそういう意味の、アタックなのではないか…と言う可能性……。

 …。

 …仮にそうでも、やっぱり俺はそれを受けられない。

 その理由………っ!?

「…」

 何を考えてる!?

 俺はさすがに動揺が隠せなかった。

 しばらく無言が続いていたと思ったら、マリーがさらに身体を寄せて来たのだ。

 しかも今度は、これ…胸まで当たってる。

 気付いてない? いや、こういうのは当然だが、女性の方がわかってると聞いた事がある。

 わかっていてやってる…?

「…」

 マリーが何も言わないので、俺からも声を出しづらい。

 でもこれは、さすがにこのままにはしておけない…!

「マ――」「しょっ」

 偶然か、マリーと話出しが被ってしまう。

 俺は再び言葉に詰まってしまった。

「…」

「しょ…」

 マリーの方は、そのまま何かを言いかけている様だけど、言わない。

 すると何度目かのつぶやきの後、密着していたマリーの身体がパッと離れた。そのまま、距離も大きく開く。

 俺は随分久しぶりに呼吸をした気がした。ここまで緊張していたとは…。さすがに、本当に無呼吸だった訳では無いだろうけど。

 顔を合わせにくいけど、このままと言う訳にもいかないよな。

 心を落ち着けつつ、振り返った先には…。

 もう、マリーの姿は無かった。

 そして、隣の部屋からバタつく音。

 どうやら、部屋に戻ったらしい。

「…なんだったんだーってな」

 思わず小さな声で、独り言を呟いてしまった。

 さっきのが何だったのかは本当にわからないが、マリーとはそれなりに長い付き合いだからわかる。

 多分だけど、これは俺から蒸し返してはいけない件だ。

 だからまあ…明日会ったら、普段通りに接する事にしよう。


 …。

 その理由は…。

 俺なんかに、マリーみたいな良い子は釣り合わない。

 もっともっと、彼女を幸せに出来る人がきっと居るはずだ。

 そう思ってしまう事。

 我ながら、やってる事と考えてる事が一貫してないのはわかってる。

 それでも、俺は自分が…信じられないんだ。

 これは、最近ようやく思い出せた事。

 どれだけ、頭を働かせても。

 俺には、出来ない事がありすぎる。


 俺は皆と一緒に過ごすこの時を…いつまで、このまま楽しんでいて良いのだろうか。

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