新店、丸猫屋5
人が多い店内の中でも、ここは一段と人口密度が高くなっている。
お客さんは、近くから改めて壁面の展示を眺めたり、その付近にある展示の商品が陳列された通路に入ったりしていた。
打ち合わせ通り、従業員も多めにこのエリアに詰めていて、各員対応に追われている。
商品群には、この世界では珍しい、丸猫屋だけの物も多い。当然質問も出てくるだろう。
そんな中で、一番目立つのは…やはり彼か。
「はい、こちらへどうぞ! あっ、それでしたら、あちらの通路まで行って頂ければ!」
ハキハキとした素早い対応。
他の従業員と比べて、お客さんを捌くのがとても早い。
そんな様子を見て、さらに要件のあるお客さんが彼に寄って行く。
その彼と言うのは、ガイルの事だ。
石の町で、俺が初めて買った…自分の感覚としては雇った奴隷の一人。彼は、本当に能力が高い。
ものを覚えるのも早いし、判断も早い。
今は都合上、店長と従業員と言う立場だ。でも歳も近いし、例えば同じ条件でどこかに彼と入社したら、全力で意見をぶつけ合える、良い同僚になれたかもしれない。
そう思えるくらいに、彼は頭一つ抜けた存在になって居た。
当然事情があるのだろうから、確認はしていないけど、本当になぜこれほどの人が、奴隷にになってしまったのだろうか。
歳の割に、俺と比べて若く見えるし顔立ちも良い。
…なんとも、負けた気になってしまうな。
他に気になるのは…居た。アンシアだ。
「なるほどねぇ…やあっとわかったよぉ……」
「よかった…です」
ずいぶんご高齢なお客さんと、話の途中みたいだ。
周りが慌ただしく動く中、ここだけ時の流れがゆっくりに見える。
でも、これで良い。
今は大忙しだし、確かに速度は重要だ。しかし、だからと言ってそれは絶対じゃ無い。
どんなに忙しくても、相手に合わせた、こういう親身な接客を求めている人は居る。
速く動ける人は、時にとことん合わせると言う事を忘れがちだ。
その点、アンシアはそういうところが強い。お客さん一人一人に優しく接する事が出来る。
アンシアと話していたおばあさんが、満足そうにアンシアから離れていく。
ガイルもアンシアも、それぞれ強みを活かして、上手くやれているみたいだ。他の従業員も問題無し。
大丈…夫………?
俺は改めて周りを見渡したが、そこで気になる点を二つ見つけた。
一つは、ガイルの視線だ。
さっき、一瞬アンシアを見ていた。
意識は接客中のお客さんに向いている様だし、彼の事だから、何か理由あっての事だと思うが…。
今はもう、目の前に視線を戻している。
やけに、冷たい視線に見えた事が気になるが、緊急性は無さそうだ。
問題はもう一つの方で、あのお客さんだ。何かを探している様なのだが、商品をと言う感じでは無い。
念のため、声を掛けて…。
「あの…っ」
お。
「お客さん、どうか…されましたか」
「あ…そ、それが…」
俺が声を掛けに行こうか迷っている間に、アンシアに先を越されたな。
向こうから声を掛けて来たお客さん以外にも、気を配る事が出来る人は本当に少ない。
こういうところは、皆の事をよく気遣い、見ているアンシアだからこそだと思う。
ここは、アンシアに任せて見守らせてもらおう。
初めは遠慮して居た様に見えたお客さんが、アンシアと話すうち、少しだけ安心した表情になる。
しばらくそのままで居ると…。
アンシアが迷ってる?
俺は急いで足を進め、アンシアの視界に入った。するとすぐに気が付き、こちらに寄ってくる。
「翔さん…あの人の、お子さんが……迷子に」
「なるほどね」
「使っていい…ですか?」
「もちろん。こういう時の為に、用意したんだから」
丸猫屋城下町店。
初の事件は、迷子探しになりそうだ。




