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新店、丸猫屋3

 いよいよ時間だ。皆、各配置に就いている。

 まるで戦闘準備の様な言い草だが、実際のところ、俺達にとっては同じ様なものだ。

 それもそのはず。

 店の外には、すでにお客さんが集まり、ちょっとした騒ぎになっている。

 隣に居るアンシアも、なんだか不安そうだ。

 とりあえず肩を軽く叩き、リラックスさせる。

「あ…ありがとう…ございます」

「うん」

 正面に向かって立っているマリーから、またしてもジト目が飛んでくるが、問題ない。


 グランドオープン当日と言うのは、条件が揃えばまさしく戦場と化す。

 出店場所の土地柄だったり、ライバル店の有無だったり…。その日の天気、テレビ放映が直近であったかなど、要因は様々だ。

 しかしそれが上手くハマった時、とんでもない事になる。

 店の中が人で埋まり、入店規制…どころか、駐車場にも入れず、交通規制する事態までなった事がある。

 運が良いのか悪いのか、俺も経験済みだ。

 あれは戦場どころか、もう地獄だったな…。


 一方、目の前の状況はと言えば…さすがにそこまででは無い。なかなかの数ではあるけど。

 おかげで俺は、全く慌てずに済んでいる。

 しかし、皆はそうも行かない。

 今までの小さな店舗同様、それなりに始まって、いつも通りに…。そういうイメージしか出来なかった人は、どうしても居るだろう。

 一応、こうなる可能性については、きちんと伝えてはあった。

 でもまあ、そんな馬鹿なとなるのも無理はない。特に、あんな閑散とした村から来た二人は…。

 俺とマリーの漫才もどきで、ある程度空気は緩んだはず。しかしすでに、皆の緊張が戻って来ている。 

 これはもう、仕方の無い事だ。

 だから、俺がすべきなのは…手本を見せる事。

「皆、行くよ!」

「「「はい!」」」

 王都の町に響く、時を知らせる鐘を合図に、俺は入り口を開く。

「ただいまよりオープン致します! ようこそ丸猫屋へ!」

 拍手が巻き起こり、丸猫屋のメンバーが、お客さん達をあいさつで迎える。

 率先して声を出し、皆にも付いて来てもらう。一度しっかりスタート出来れば、皆ならもう大丈夫だ。

 静かだった店内が、どんどん賑やかになって行く。

 皆にとっては未知の領域、そして俺にとっては、やっとここまで来たこの状況。

 俺も、自分の仕事を始めよう。

 全体に目を向け、巡回。必要があればフォロー。

 今日は忙しくなりそうだ。


 最初は、正面入り口の外を少し覗こう。

「問題無さそうだね」

「あっ、翔君。うん、問題ナシ!」

 正面入り口では、イエローを中心に、お客さんの案内、列整備をして貰っていた。

 同時に、この丸猫屋での、買い物の方法なんかも事前説明をしている。

 元の世界では当たり前だった物も、ここでは革新的なものだからな。この後そっちも、問題ないかしっかり確認しに行く。

「あっ、どうもー! こっちから、順番にいらっしゃいませー!」

 イエローを店頭に配置したのは、やっぱりこの元気さを買っての事だ。

 お店の顔が明るいと、やっぱり第一印象が良くなるからな。

 …しかし、懸念もある。

「おや…あんたどこかで……?」

「へ? そ、そうかなー? ああおばあちゃん! 列はこっちですよ。ゆっくりでいいからねー」

 うーん…大丈夫だろうか。

 

 イエローは今、変装をしている。

 まあそうは言っても、ただファッションメガネをかけているだけなのだが…。

 その理由は簡単。イエローは昔、ここ王都で、姫として表に立っていた。

 もう何年も昔の事とはいえ、どこか凛とした気品の様なものが、やっぱり今もイエローにはある。

 それに髪の色も、現在の女王様である妹さんと似ていて目立つ。

 いつか、もしかして…と言う人が現れてもおかしくなかった。


 本人はへーきへーきと言って、こうしてパワフルに働いてくれている。

 でも、本当はカツラとかあるといいよなあ。

 一応、作れないか試してはみたのだが、意外と難しく、まだこの世界には誕生していない。

 明らかに被り物とわかるレベルなら出来るのだが、そんなものを被っていたら、逆に注目を浴びかねない。

 いや、そんな事を言い始めると、このメガネもこの世界では物珍しくて、人の目は引くと思う。

 しかしこっちは、ごまかしが効くから何とかなると予想している。

「あ、これ? これはメガネって言って、種類も多くてかわいいんだよー。お店で売ってるからね!」

 その理由がこれだ。

 店頭に並んでいる商品を、使っている店員。宣伝だと言う事にしている。

 実際、宣伝にもなるしな。

 こう…隠しきれないきらびやかな雰囲気。しかしながら、着ている服は質素な制服にエプロン、そこにメガネで地味方向に。

 そんな人が、活発な少年を思わせる様な動きで接客して回っている。

 もう出会ってから数年経つけど、変わらず元気だなあ。

 俺なんて、ますます老け込んだと言うか…。

 いやいや、まだまだ30過ぎただけ…あ、自覚するとまずい気がする。

 せっかく異世界に来たのに、彼女すら出来ない。もとい作ろうともしてないからな…。

 そう言う状況でも無いんだけど、最近はやっと両立もと思えてきている。

 そうするだけの、脳内の余裕が出来た。

「翔くーん。ここだいじょぶだから、中行ってきなよ!」

「そうだね。そろそろ」

「あたしは、長く居てくれてもいいんだけどね…?」

「…行ってくる」

「残念っ」

 別れ際、イエローの手首を効かせたジェスチャーに、真似して応える。

 溢れんばかりの笑顔で見送られ、俺は店内へと向かった。

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