新店、丸猫屋2
今日も夢を見る。
映像が進み、カインが暗い塊…ノートと衝突する。
…何だ?
夢が、ブレている。
こんな事は初めてだ。
ノートとは別に、影の様なものが見える。
傍目からは、ノートと同じ様に黒色の塊だが…わかる。これはノートとは全く違うものだ。
人…か……?
それに、影はカインの横に並んでいる。
味方?
それとも…。
こういう日に限って、何かが起こるのはどうしてなのか。
いや、特に何もない日に、夢が大きく変わった事もあるな。
大小はあれど、変化する日は多いし、そういう事もあるか。
この件は脳内で、考えられるだけ考え続けるとして…。ひとまずメインの意識は、今日の事に切り替えるとしよう。
今日は…新店のオープン日だ!
早朝。ここ丸猫屋店頭には、メンバー全員が集まっている。
各自割り当てられた売場、場所を最終チェック。ある人は静かにじっくりと、またある人は、慌ただしく。
自分は完璧と言う顔で、手を止めている各担当者には、把握していた問題の箇所を伝えていく。
これは別に、嫌味を言いたいから言ってるとか、そういう事では無い。
はっきり言って、この膨大な広さを、完璧に仕上げると言うのは難しい。
どうしても見逃しはあるし、いつの間にか、仕上げたはずの場所が崩れている事もある。
この後オープンしてしまえば、それはさらに増える。
やる事が無いなんて事は、そうそう無いんだ。
人間、得手不得手は様々。
作業が遅いから、今ぎりぎりで慌てている人も居るし、作業は早いけど確認が甘く、やり直しが多い人も居る。
それは、どれだけ優秀なメンバーを集めても変わらない。
全体的に能力が高くても、どこかはまだ甘い。それが普通だ。
優秀で、普通の人に求めるレベルが終わっているなら、さらに上のクオリティを求めるだけの事。
そうやって成長し、昇進して、給料も上がって行くんだ。
元の世界では、その成長したと評価される途中の段階で、この給料でここまでやりたくないと、退職してしまう人も居たが…。
まあ実際、その評価されるのが、人事的な事情で数年後、みたいにされていた後輩も多かったしなあ…。
丸猫屋では、そんな悲しい理由で、退職者を出さない様にしたい。
今現在は、個人で綱渡り商売をするより、よっぽど良い給料を出しているし、問題ないはずだ。
でも、今後はわからない。
商業が発展すれば、物も職も増えてくる。環境は変わる。
従業員が納得する評価、給料の基準も変わってくる。
物価だけでは無く、そういう事情についても、しっかりとした調査、把握が重要な訳だ。
「よし…。じゃあ一度集合しまーーーす!!」
俺は適当に作ったメガホンで、売り場全体へ声を掛ける。
店内放送みたいなのが無いのは不便だな。
いくつかの仕掛けは間に合ったんだけど…。
そう静かに考えていると、手に持っていたメガホンがひったくられ―――。
あ、これはやばいやつだ。心の準備をして…。
「ぁあおおおお兄さん! 大声出すなら言って下さい!」
「……おお」
そして耳元から、メガホン越しに、こちらのセリフだと言いたい大声が飛んできた。
でも、確かに俺が悪かった。
マリー横に居たもんね。ごめん…。
…まだ、脳内の割り振りが甘いか?
横ではマリーから、お小言が続いてしまっているが…。
「あー、ほらマリー。皆見てるから」
「!? ……ではお兄さん、お願いします」
周りは、先程の呼びかけで集合したメンバーの苦笑いで埋まっていた。
まあ、良い感じに緊張もほぐれたかもしれない。
楽しくやれるなら、俺はやっぱりその方が良い。お客さんだけじゃ無く、丸猫屋の皆にも、笑顔になって欲しいから。
「えー…。皆さん、おはようございます」
おはよう、はいよー、おう…それぞれ個性の出た挨拶が返ってくる。
「今日はいよいよオープン初日です。皆さんの協力のおかげで、無事準備も完了し、この日を迎える事が出来ました」
「これ…やっぱりこそばゆいんですね」
「そう? あたしは良いと思うよー!」
そこ、静かに…。
「んあーとにかく! 今日も元気に、頑張って行きましょう!」
本当、締まらないんだよなあ。
でも、きちんと仕事はやってくれる。
無理やり締め付けないと、機能しないよりはずっといい。
俺は、こっちの方が好きだ。
同僚…仲間が仲間のように感じない、あの場所よりずっと。
さて、じゃあ合図はこれだ。
「いらっしゃい! ようこそ丸猫屋へ!」
「「「いらっしゃい! ようこそ丸猫屋へ!」」」
恒例の復唱も完了し、オープンの時間はすぐそこまで迫っていた。




