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新店、丸猫屋

 人が、次から次へ、目の前を横切る。

 以前も石の町などとは、比べるまでも無く人通りはあったが、今はさらに増えている。

 市場の様子も、それなりに変化が見えた。

 やはりこういう変化は、事態の中心部から発生しやすいみたいだ。


 俺は今、そんな町の様子を眺めながら、人を待っていた。

 目を覚ましてから数回会ったが、行動はバラバラのまま。会うのはまたしても久しぶりだ。

 でも、今日からはもう、そんな事は無い。

 雑踏の向こうから、他より一際重い足音が聞こえてくる。地竜が地面を踏みしめる音だ。

 今度こそ、俺の待っている地竜だろうか。

「お…」

 脚の傷跡…。あいつは見覚えがある。 

 そいつの背中の上で、動く影が見えた。俺も手を挙げて、それに応える。

「翔くーん! お待たせーー!」

 イエローがブンブンと手を振っていた。

 あれ、マリーは…周りの風景に夢中みたいだな。

 なんせ初めての王都だ。ずっと行きたがっていたしなあ。

 他にもあの地竜、ショウツーの上には、俺達丸猫屋の重要戦力と言えるメンバーが乗っている。

 アンシアやローナも、もちろん居るはずだ。

 そんな皆が、今、ここ王都へとたどり着いた。

 理由? そんなのは決まっている。

 丸猫屋の重要店舗になるここ、王都城下町店の為だ。

 ここで皆には、また少し、違った店舗の在り方を覚えて貰う事になる。

 さあ…今回も気合い入れていこう!

 

 


 俺の計画。それはこうして、また皆で同じ拠点に集まり、働く事だ。

 その為にそれぞれの町で、引継ぎや人材の調整を進めていた。

 加えて、あの丸猫屋が集まっている地域に、信頼出来るソウさんが居てくれると言うのも、今回の計画を実行するに当たって、重要な要素だ。

 何かあった時に、近くの店舗同士でカバー出来るのも、チェーン企業の強みの一つ。

 もっとも、連絡手段も限られているし、元の世界の様に即座に…とは現状行かないのだが…。

 それでも、有事の際に先頭に立つ人間は必要だ。

 ソウさんが居るからこそ、マリー達をここ王都に、集める事が出来たと言えるだろう。

 そして、肝心の集めた理由だが、俺がまた皆と居たかったから…と言うのも多少はある。あくまで多少だ。

 しかし当然ながら、そんな理由だけで、こうした訳では無い。


 これは、元の世界においても、実際に行われていた事だ。俺自身が、その召集対象になった事もある。

 会社内の店長、副店長以上の人材だけを集めて、新店を始める場合があるんだ。

 これは主に、ライバル店が集中しているエリアへの出店や、その地域への初出店だった場合に実施される。○○地方初出店、みたいなあれだ。

 仕事の遅れや、戦略負けを防いだり、商品管理の不手際を極力無くす目的がある。

 前者はライバル店に負けない為、後者は、付近にすぐ頼れる店舗が無いからだ。

 商品を仕入れるルートもまだ新しく、融通も効きづらい事が多い。

 失敗して、長期的に品切れ、売場が空っぽ。せっかく店に来たのに、無駄足だった。

 そんな状況が早々に起きていたら、その地域のお客さんは、容赦なく、この店は駄目と言う烙印を押してしまう。

 実際にそうなって、客数が戻るまでに数か月単位で掛かった過去事例も見た事がある。

 人の噂は恐ろしいと言う事だ。

 要するにこれは、そういった事態を防ぐ為、優秀な人材を集結させ、ミス無く、何かがあった際も迅速かつ、正確に判断し対処する。

 それを達成する為の、オールスターメンバーによる出店と言う訳だ。

 普段は後進を教育しているレベルの人材ばかり。当然店の管理能力は、既存店よりぐんと高くなる。

 重要拠点限定の、とても贅沢な店舗と言う訳だな。


 俺達が丸猫屋を広げていたのは、この国の領土の端。

 そしてここは、中心となる王都。

 一番市場が栄える町であり、他の店舗から孤立した場所となる。

 今回の布陣で挑む相手として、不足は無いって訳だ。

「お兄さん! 本当にあのお城に入ったんですか!? 本当ですか!!?」

「よしよし、マリー落ち着いて。今は市場の把握でしょ」

「ずるいです。…いつか私も入れるでしょうか」

「機会があれば」

「………」

 無言の訴えが届くが、俺には苦笑いする事しか出来ない。

 確かに俺は女王に雇われ、一時的に城にも入った。でも、お友達になった訳では無い。

 むしろ、この町でこれから店を出すに当たって、関係があるとは知られたくない。

 当分は、訪ねるつもりも無かった。

「それより価格や、あと新しい店も出来てる。しっかり調査するよ」

「わかってますよ…」

 俺達は今、合流したそのままの足で、城下町の市場に来ていた。

 そして、注目すべき点は俺が説明を入れつつ、市場調査を行っている。

 そうする事で、ライバル店に対するリサーチの方法を指導しているんだ。

「そこの店、俺が最近確認したところから、さらに値段変わってる。今後も見逃さない様にして」

「は…い……」

 これは、ここまでの丸猫屋を出店する時もやっていた事なのだが、今回は異なる点がある。

 例えば言葉の通り、対象がライバルになるかもしれない他店だと言う事だ。

 これまでの町では、まだ市場に変化が少なく、新しい価格や商品を提供する丸猫屋は、はっきり言って格が違った。

 下手な事さえしなければ、ただ引っ張る側に居るだけだったんだ。

 しかし、ここは違う。

 商売が自由化してから、もう年単位で経過しているし、そうなれば、一つ儲けてやろうと、行動を始めた商人も居る。

 行商人の類も、いくらか見かけるようになった。

「へえー! こんな装飾品のお店なんて出来たんだね! 翔君、今度改めて見に来ようよ」

「うん。今後のうちの商品リストにも、導入を検討してもいいかもしれないね。そのうち、どの町でも受け入れられるようになると思うし」

「………」

「………」

「……えと」

 マリー達から、不満げな視線が注がれる。アンシアだけ、ちょっぴり控えめだ。

 そして、それ以外のメンバーからは、生ぬるい視線。

 そういう仕事の話では無くて…と言う意味の可能性も思い当ってはいるが、今は仕事中。だからこれでいい…はずだ。


 調査はここから開店まで、そして開店した後も、ずっと続けていく事になる。

 商品の質、価格…何かがうちより勝っている店があれば、それに対応しなければならない。

 把握すべき情報量は莫大なもので、商品ジャンル毎にいくつものファイルに分けて保存する。

 この世界では、まだマシな方だ。調査が非常にやりやすい。

 さっきみたいに皆で固まっていても、咎められる事が無い。

 元の世界では、そういった調査をお断りしている企業も多かった。メモなんか取っていた日には、店員から声を掛けられる。

 しかしそうしつつも、その企業の人達は調査をしに行ったりしていた。

 価格競争が激しくなり、かなりギスギスしていたなあれは…。

 この世界では、そんな状況にならない様に、俺も出来る限りの事をしたい。

 すべてのお客さん…つまりすべての人に公開している価格を、ライバル店には隠そうとするとか、すごく不毛だったし…。

 あれ、結局お互いにばれていたしな。

 何人かの知り合いの店長も、ライバル店の調査員と思われる客への呼びかけとか、本部指示でも、勝手にやらなくていい事にしていた。

 とりあえず、俺達の丸猫屋はオープンにして行こう。

 そもそも、俺達は広まった方が都合も良いしな。

 今までとは違うものを見て、新しい発想に辿り着き、どんどん周りの店も発展して欲しい。

 しかし、それでこっちが赤字になり、つぶれてしまったら元も子もない。

 それを防ぐ為、ここまで辺境で資本を蓄えて来たんだ。

 それから、失敗できない王都に店を出す前に、店員皆に経験を積ませたかったのもある。

 ここで変な噂が立ったら、辺境のちょっとした悪い噂…では済まないからな。

 商業を爆発的に発展させるなら、やはりここ王都に変化をもたらすのが近道。

 それでも、あえて我慢し、下積みを続けて来た。

 そろそろ、城を築く時だ。

 さあ…発展の速度をさらに上げるぞ。

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