目覚めは、また
何だろう。
ドタバタと、何か騒々しい。
俺はゆっくりと目を開けた。どうやら今は昼間らしい。
そして、場所は…。
身体を起こし、立ち上がる。
かなりの間寝たままだったはずだが、動かしづらさは感じない。
むしろ、調子が良いくらいだ。
ここは…村か。
俺がこの世界へ来て、初めて目を覚ました場所だ。
もっとも、その時の家は、俺が不甲斐無かったせいで、魔物に壊されてしまったけど…。
くだらない悩みで、逃げて…考えるのを止めていなければ、きっとあの家も守れたはずなのに。
さて…と。
俺は一つ、先程から気配を感じ取っていた。
「…マリー」
「!?」
扉の向こうで、ガタリと音がした。
しかし、入って来る様子は無い。
俺はそのまま近付き、特に待つ事無く扉を開いた。
「ふあっ…」
「ええと…おはよう?」
こういう時、何と言えば良いのかは、本当にわからないな。
利益や販売戦略がどうって話なら、すぐに分かるのに。
…そうだよな。
俺が得意なのはそれだけなんだ。
そして、すでに頭の中では、それに関してひたすら思考を続けている。
「えと…その…」
それにしても、今は本当に久しぶりの再会のはずだ。
あの空間で眺めていた情報から察するに、おそらく半年は経ってる。
本来なら、そんな事は知る由もない。
しかし、俺は知っているし、頭も回っている。
それでも、おはようなんて気の利かない事を言ってしまう。そんな俺の事はともかく…。
マリーの様子、おかしいよな…?
まっすぐこちらを見ないし、挙動不審だ。
俺が目を覚まして、驚くか、安心してくれる場面だと思うが、そんな感じはしない。
…まあ、いいか。
「マリー、ありがとう。ここからは、また俺も頑張るから」
「なっ…!?」
俺は、マリーの頭に手を置き、そっと撫でる。
どうしてかは知らないが、マリーは気まずい様子だ。
それなら、こういう事をすれば、またバシッとツッコミが入るだろう。
止めてくださいかな。
それとも、無言でこちらを睨んでくるだろうか。
「………」
ところが、反応はそのどちらでも無く、また方向性すら違っていた。
されるがままに、顔を伏せて、撫でられ続けているんだ。
こんなのは、出会ってすぐの頃以来じゃないか?
あの頃は、マリーをただの子供だと思っていたし、彼女もそういう立ち位置として、撫でられていたと思う。
でも、いつしか大人になって、恥ずかしがるようになった。
俺も考え直して、大人の女性にする事じゃないからと、そういう事はしない様にした。
でも、今なんとなく始めたこの行為を、彼女はただ受け入れている。
これは、色々と…色々と意味が変わってくるんじゃないか?
マリーの口癖が移ったかのように、俺は戸惑った。
こういう時は…さっさと話を変えるに限るな。
俺は撫でるのを止め、さっと扉から出ながら話しかける。
「マリー、今日は休み? 様子を見に来てくれてたの? とりあえず俺は、店の様子でも見て来るよ」
俺は、良くわかっていないフリをして話題を振った。
マリーは、休みを調整し、長期間で取得していた。
そして、その度に俺の眠る村に足を運んでくれていた。
何日もかかる道中で、大変だろうに。
おかげで、何十連勤もしている時があった。
もっとも、休みそのものが無かった世界の人なんだから、平気なのかもしれないが…。
「待って下さい」
マリーに手を掴まれ、俺は足を止めた。
その声は切羽詰まった様子で、何とも言えない桃色の雰囲気が………出ている訳では無かった。
とても、冷たい口調だった。
「…マリー」
「待って下さい。今考えています」
「はい」
マリーと手を繋いだまま、しばしその場に立ち尽くす。
やがて、マリーは深呼吸の後、俺を部屋の中へと引っ張り始めた。
「マリー? 俺は一度店に」
「お兄さん」
俺はそのままされるがままになっていると、ベッドへと逆戻りさせられてしまった。
「自分がどうなったか…わかってるんですか?」
「うん。倒れた事はわかってるよ」
「なるほど、わかっているんですね」
メルは、あの空間で俺と話が出来ていた事を、マリー達には話していないみたいだな?
何か目的があっての事か、もしくは神の規則で言えない事の範囲なのか。
起きたらすぐそばに居ると思ったのに、姿も見えない。
「うん。だから早く仕事を再開」
「はあああああぁ…」
とても、とても深いため息をつかれてしまった。
「相変わらずすぎて、一気に冷静になりました」
「それなら、落ち着いたところで店に」
「あと3日は寝ていて貰いますかね」
「なん」
「なんでじゃないです! 色々言いたい事はありますが、まずはこのまま寝ていてください! 今更数日変わっても一緒です!」
「いや、そうは言っても、だからこそって」
「無理のない運営が出来ている事も重要、ですよね?」
「俺は大丈夫」
「じゃないから倒れたんですよね? 休むのも仕事のうち。お兄さんが言っていた考え方ですよ」
メルの力で強制的に止められて無ければ、さすがに倒れる前に、回避くらいはしたと思うんだけどなあ…。
いや、いつか休まないといけなくなっていたのには、変わらないか。
自分でも、倒れていた可能性はあるって思ったしな。
「じゃあ、ここ半年の資料を取ってくるだけ」
「おにーさん?」
かわいらしい声の、“お兄さん”だね。
そこに込められた圧力は、すごいけど。
結局俺は信用されず、最終的に、ベッドに縛り付けられてしまった。
さすがにそれはと思って、抵抗をしようとはしたのだが、馬乗りされたところで、困惑してフリーズしたのがまずかった。
絶対にマリーも、思い出したら真っ赤になるぞあんなの。
さっきは、気付いてないみたいだったけど。
その後も、俺はがっつりとお説教をされてしまった。
皆がどれだけ心配したのか。
どうして俺は、いつも無茶をするのか。
色々だ。
半年も意識の無かった人間が、目を覚ましてすぐ仕事を始めたら、そりゃあ止めるよな。
本当は、そのうち半分くらい意識があったんだけど。
まあ、現実で意識が無かった事に、変わりは無いしな。
何とも、耳が痛い話だった。
中でも…。
『お兄さんの言う、“皆を幸せに”の皆にお兄さんは入っていますか!?』
正直、目からうろこが落ちる思いだった。
でも俺は、自分が皆を幸せにしたいんだ。
大丈夫。
今の俺なら、無理する事が無い道を見つけられるはずだ。
それに…。
自分より他の人を優先してしまうのは、マリーだって同じのくせに。
きっと、気付いてないんだろうな。
その危うさや、純粋さに、俺は……。
…さあ。
動けないなら動けないで、やれる事をやろう。
まずは、考え続ける事。
あらゆる事象、可能性について、想定を重ね続ける事。
考えすぎ?
そんなものは存在しない。
ただ、冷静に。
完璧な答えなんて無い。
それぞれに、強みや弱みがある。
それらをすべて、頭の中で精査していく。
失敗する可能性を踏まえた上で、進むルートを決定する。
どうすれば、この世界を救う助けになれる?
それから、現実に戻ったら…試したい事があった。
俺の身体だ。
明らかに、普通…元の世界とは違う。
元々、魔力なんてものがある時点で、それはわかっていた事だ。
後は、考えればいい。
ヒントはあった。
加えて、メルが俺の意識を落とせると言う事実。
この身体は、俺が至っていなかった…ひとつの、力のカケラを宿している。




