精神と世界の狭間で2
一息置いて、メルは話を続ける。
「じゃが、一つ誤算があった」
―誤算?
「お主がこの世界に飛ばされ、そんな非常事態になっても、芝居を止めなかった事じゃよ。そもそも初めは、まだ芝居を続けておるとは気付かんかったぞ。必死に行動しておる様じゃったし」
―俺は確かに、自分で自分を抑え込んでいたけど…芝居とは違うから。あの時は本当に必死だったんだよ。
「なんじゃと?」
―無意識にそういう人間であり続けるようにした…と言えばいいのかな。暗示みたいなものだよ。
「いやなんじゃそれは…。それも、当たり前のようにやっておったのか? とんでもないやつじゃな」
そんな事無い…と思うんだけどな。
誰でもやってる、演じて人と接するのとは、やっぱり違うのだろうか。
まあ芝居では無いとは言ったが、ある意味ではその通りだ。
俺はなりきっていたんだ。
それなりにダメなところがあって、そこそこ程度に頭も回る。
そしてやっぱり、かっこいい勇者が好きな。
そんな自分が設定した『上木 翔』に…。
そうする事で、上手く行かない本当の自分から逃げていた。
―でも、今は後悔してるよ。
「ほう?」
―結局そんな自分を演じていても、苦しかったのは変わっていなかったんだし。それに、何より……そのせいで、本当に危なかった場面が多過ぎた。
「確かに…の」
ここまでは、何とか無事に乗り切ってきた。
けれど今、こうして考えている俺だったら…。
マリー達を、危険な目に合わせる事無く、もっと上手くやれたかもしれない。
いくつかの失敗も、前もって想定し、回避できたかもしれない。
「じゃが、その抑えたお主…だったおかげで、学べた事もあったのではないか?」
―…どうだろうね。
ただ、学んで成長出来たつもりになっていただけかもしれない。
例えば、俺は本当に、人を信用する事が出来るようになったのか?
元々人が…怖くなって、こんな事になって居たのに。
マリー達は、良い子だから。
それに関しては、わざと何度も考えて。
そう自分に言い聞かせて、フリをしていただけじゃないのか…?
俺は他人を信じられるようになった。
そういう自分で在りたかっただけなんじゃ―――。
「…まあよい。一度この話はしまいじゃ」
―…それはいいけど、まだ目を覚ます事は出来ないんでしょ? どうするの。
「まあ、一度落ち着いて見てみるといい」
そう言うとメルは、何もない方向に向き直った。
しばらくすると、そこにゆっくり…映像が浮かび上がってくる。
―これ…。
「そうじゃ。今現在の、様子じゃよ」
映し出されたのは、現実の様子だった。
時が、流れていた。
マリーが、真剣な表情で動き回っている。
アンシアが、笑顔で接客をしている。髪型を変えたのか。
ローナは、今日まだお昼寝していないんじゃないか?
イエローは、これ…俺の代わりにラウンドしてくれているのかな。
なるほど、上手く穴埋めはしてくれているみたいだ。
同じ時間の出来事でも、場所は別々。
本来ならこの世界じゃ、こうして見る事は出来ない姿だ。
他に、何をする事も出来ないこの空間で。
俺は、そんな皆の事を、黙ってずっと眺めていた。
メルも、あれから特に何も言わない。
もう見ている限り、何日もこのままなのに。
自分の感覚としては、長く感じない。
夜、皆が眠っている時間も、考え事をしているうちに過ぎていった。
目に映る人達は、皆頑張っていた。
村のソウさん達も、新しく石の町でうちに入った人達も、精一杯やってくれていた。
失敗している事も、危ない事もあった。
それでも、皆頑張っていた。
全力で頑張っていた。
俺なんかが居なくても、協力して乗り切っている。
こうして眺める機会を得た事で、俺はやっと、本当に皆の事を信用出来た気がした。
こんなズルをして、証拠を目にしてやっと…だ。
それは…俺が心の底から欲しかった場所だった。
自分に出来る事を、皆が全力でやって。
そんな中で、活躍できる人間になりたかった。
皆を、全力で引っ張って行きたかった。
でも、今その輪の中に、俺は居ない…。
…。
「お主を見つけた時、随分と不器用な奴だと思ったよ」
―不器用…。
「たかが人間同士の事じゃろう。気にせず全力でやっておれば良かったんじゃ」
―でも、それは周りから疎まれるのと同義だった。
俺は、それが嫌だったんだ。
自分が活躍したいと言うのは、確かにエゴかもしれないけど、周りに好かれたかったのも本当だ。
…我ながら勝手だな。
「……翔! お主は…また自分で自分を追い込んでおるな!?」
―そうは言うけど、俺が身勝手な人間なのは。
「ああそう思うならよい! 直に気付くじゃろう…。それより、これからどうすべきかは、わかっておるのじゃろうな?」
―現実に戻ったら、か…。
「そうじゃ」
―つまり…全力を出せって事だよね。
「うむ、わかっておるな」
全力を出す事で、突出して、身勝手だと疎まれる。
時には、嘘までついて貶められる事もある。
しかしそれは、そんな事をしていても、暮らしていける余裕があると言う事だ。
だから足を引っ張るし、クオリティを下げても気にしない。
でも。
―ここでは、ほとんどの人が、生きる為に必死に行動している。
だから、たとえ利用されるような事があっても、能力を疎まれる事は少ない…はずだ。
「そうじゃそうじゃ! 全力を出しても、あ奴等なら、お主を嫌ったりする事などあるまい。むしろどんどん引っ張ってやると良い!」
―…でも、それは。
「なぁんじゃ。まだ何かあるのか? もしも嫌われてしまったら、などと泣き言を言う気か?」
―それも、不安ではあるけどね。
「違うのか。ならばどうした」
―…自分が、ずるをしている気がして。
結局、元の世界では、人から逃げたままだったのに…。
「………何かと思えば。アホくさいの」
―辛辣だね。
「自ら制限を付けても、なお人並み以上の頭脳を持ちながら、なぜこうも…。あー…、あ奴がやたら、お主を子供だと言うとった理由がわかって来たぞ。よう見抜いておるわ」
あ奴って、マリーの事だよな。
一体どういう…。
「とにかく、お主は思う存分にやればよい。…その為に呼んでやったんじゃぞ?」
―…いや、世界の為だよね?
「あー…それで、どうするんじゃ。戻ったら」
それはまあ、一つしかない。
―仕事をするさ。
俺は、これからどうなるのだろうか。
ちゃんと、世界に貢献出来るか?
皆を、幸せにする事が出来るか……?
―――翔。
―――お主から、世界はどう見えておる?
…。
………。




