精神と世界の狭間で
自分の何かが、リセットされた気がした。
この…あたたかさ。
どこかで、同じ感覚に包まれた事が…。
―――! ――!
…呼ばれて…いる?
「翔…ようやっと気が付いたか。いや、実際には眠ったままなのじゃが…ううむ」
ここは…。
明らかに、現実では無い。
でも、不思議と不安は無くて、やわらかく包まれている様に感じる。
これは、確かこの世界に来た時と同じ…。
「…さて、どうじゃ。意識ははっきりしておるか?」
この声は、メルか。
どうやらここは、毎日見ていた夢と同じ様な場所であり、でも違う場所なんだ。
空想の中の…不思議なところ。
意識だけは、現実と同じ様に存在している。
―ああ…。なんだか、嫌な事を思い出していた気がするよ。
「まあ、意識が戻ったならよい。やり過ぎてしまったかとヒヤヒヤしたわ」
―つまり、この状況はメルのせいって訳だ。
「あー……」
―口を滑らせたのはわかったよ。…それで、今はどうなってる?
「なんじゃ? やけに冷静じゃな。今日は……慌てたフリをせんでいいのか?」
―ここには、絶対に他人は居ないだろうからね。
「そうじゃがな。普通は、そもそもこの状況で、起き抜けに他人が見ているかなど、気にする事は出来んと思うぞ?」
―………。
「まあ、だからこそ、お主を選んだのじゃがな」
―話を進めないなら、こちらから振るよ。俺は意識を失って、今現実では倒れている。そんなところ?
「せっかちじゃのう。慌てても、まだ目を覚ます事は出来んぞ」
―…そんなつもりは、無かったんだけどね。
「そうじゃな。お主にとっては、普通の事なのじゃろう」
メルには、やっぱりずっとばれていた訳だ。
そうだろうとは、思っていたけどな。
―ここでは、気を使う必要も無いでしょう。メル様。
「うおっ!? なんじゃお主、本当は我の事を、そんなまともに呼んでおったのか? やめよ気持ち悪い」
―…メル。
「あーそうじゃそうじゃ。お主の言う通り、現実ではぶっ倒れて、今は眠っておるわ」
―…それで、なんで俺は、強制的にこんな状態にされてしまったんだ。今は重要な時期のはずだろう。
「そんなもの、ドクターストップならぬ、神ストップと言う奴じゃ」
―何だそれは…。
「なんじゃ。それはわからんのか? それとも、まだ芝居が抜けておらんか?」
―…あのままじゃ、どちらにせよ間に合わない。そして、どの道いつか倒れていた。
「やはり、わかっておるではないか」
―いや、それは…。
「倒れる前は、本当にわかっておらんかったか」
―…そうだね。
気付いた時から、全力で取り組む事を、意図的に止め続けた。
俺は、良い結果を残せる事は多かった。
けれど、間違いなくそれ以上に…欠陥品だった。
何かを集団で成そうと言う時、俺は全力でそれに取り組んだ。
手を抜けない性質だった。
しかしそれをした時、周りが付いてきた事は無かった。
俺は自分の中だけで、否定や反対意見を次々に考えだし、集団で進めている対話から、常に外れたところに居た。
そして、そういう状況も、理解していた。
実際口に出す意見も、ペースも考えてはいた。
しかし、それでも集団から浮いていた。
小難しい理屈の上に成り立つ、最高の答えなんて、求められていなかったからだ。
そこまでわかっているなら、上手くやれと思われるだろう。
それが、俺には難しかった。
どうすれば良いんだ?
適度に間違った意見を言って、他の人にも活躍の場を作ればいい?
失敗をして、自分を低く見せればいい?
それは…とてつもなく窮屈な世界だった。
だから、止めたんだ。
今まで、特に意識せず、何事に対しても考え続けていた。
常に脳を回転させ、効率を上げ、結果を残せるようにして来た。
身体を鍛え、何かあった時、誰より早く動けるように備えた。
他人から見たら、ただの身勝手、独断先行。
そう見られていた以上、それは間違いなく、その通りだった。
俺は、独りよがりで、皆にとって邪魔な人間だった。
それでも…。
俺が頑張り続けていたのは、誰かの役に立ちたいからだったんだ。
何かのプロでも目指せば、話の合うライバルが出来たかもしれない。
でもそうじゃなくて。
幸せを勝ち取れる人間になりたかった。
どこかで、ただ仲間に囲まれて…。
枷を付けた後の俺は、以前よりずっと、周りとの話が合う様になった。
ああ…こうすれば良かったんだな。
結果は得た。
しかしそこは…ひどく、窮屈な世界のままだった。
ここからは、考えない。
そう決めて思考を断ち切るのも、当然ながら辛かったんだよな。
「この世界を救う為、我に呼び寄せる事が出来るのは、一人が限界じゃった」
そのうち慣れて、無意識にそう出来る様になって居たけど…。
「じゃから、当然無能を選ぶ訳にはいかんかった。しかし、有能な人間と言うのは、大抵幸せを掴んでいるものじゃ。そいつらは、呼ぶことが出来んかった」
―…そんな中、俺はメルに呼ばれた。
「ああ。お主は、必要な条件を満たした、珍しい人間だったよ」
―…。
「こちらに精神を呼ぶ時、その心が、同じ方向を向いていなければならぬ」
―つまり条件は…。
「世界から、逃げ出したいと思っている者である事じゃ」
―なるほど…ね。
俺のこの世界での冒険は、随分と歪なところから始まっていたらしい。




