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躓きと、一歩目2

 ……何やってるんだ俺は?

 この短い間に、何度ボケッと突っ立っていれば気が済むんだ!

 俺は、想定外なことが重なり混乱気味な頭を、必死に働かせようと試みた。

 マリーはもう、角を曲がってしまって姿が見えなくなっている。

 でも、ここはどこまででも、道や町並みが続いて居るような都会じゃない。村や家以外に、どこにも行くあてなんて無いだろうし、追いかけて、少し探せば見つかるはずだ。

「っ!」

 自分の両膝に、平手でバチンと気合を入れる。

 まずは……、まずは追いかけて、それから考えればいい!

「待ちな」

「……ソウさん」

 今日は良く呼び止められる日だ。

 走り出そうとしたところを、ソウさんに肩を掴まれ、俺はその動きを制止される。

「少し、話をしようじゃないか」

 ソウさんには、マリーほどではないといえ、この世界へ来てから何度かお世話になっている。話があると言われれば、普段なら当然応じただろう。

「ソウさん、今はそれどころじゃ無いんです。マリーを追いかけないといけません。ソウさんだって見ていたでしょう?」

「はぁ……そうだね。見ていたよ」

「じゃあ、俺は行かないと……!」

 俺はそのまま、ソウさんの手をほどいて走り出そうとした。

 しかし、ソウさんは肩を握る力をさらに強めて、それを阻止してくる。肩に指が食い込むほどの力で、少し痛みを感じるほどだった。

「見ていたから、話があるって言ってんだよ。落ち着きな」

「だ、大丈夫です。お陰様で落ち着きました。だからもう、マリーの所へ……」

「じゃあ聞こうか。そう言うからには、なんて声をかけるかも、もう決まってるんだろうね? あからさまに慌てちまって、とてもそうは見えないよ」

「……」

 何も言い返せなかった。

 ソウさんの言葉は、寸分の狂いなく、俺の図星を突いていた。

 確かに、俺はとりあえずマリーを追いかけないといけないと思っていた。何を言うかなんて決まっていないし、そもそもなぜマリーがあんなことを言ったのか、欠片も見当が付いていなかった。

 でもそれとこれとは話が別だ。

 だからと言って、あんな状態のマリーをこのまま放っておくことはできない。

「ニイちゃん、あんた、そんなにマリーちゃんが心配かい」

 納得いかないのが、顔に出てしまっていたのだろうか。

 ソウさんの表情が、どこか残念そうなものへと変わり、そんな質問を投げかけてきた。

「そりゃあ心配ですよ!」

「ふぅ……。まあ、確かにまだまだ若いし、未熟なのも事実ではあるけどね……。あの子も……」

 ソウさんが何を言いたいのかわからない。今はこんなことをしている場合ではないのに、妙に落ち着き払ったソウさんの態度が、今の俺には非常に鼻に付いた。

「ソウさん、やっぱり俺、まずはマリーを」

「アンシア! あんたもそんなに気になるんなら、さっさと動きな!」

「っ!」

 少し離れた店先の、いつもの定位置に、アンシアは居た。唐突なソウさんの声に、ビクリと反応したのが見えた。そしてアンシアは俯き、少しの間考えるそぶりを見せた後、駆け出してマリーが消えた方向へと消えていった。

「ほら、マリーなら心配いらないよ。アンシアも後を追って行ったし、何かあっても大丈夫さ。付いてきな」

「えっ、その……」

 わからない。

 なぜここでいきなり、アンシアが出てくるんだ。

 歳が近いから?

 でも特別仲が良い様子でも無かったし、こういう時は大人がフォローしてあげるべきなんじゃないだろうか。

 それこそ、俺がダメでも、ソウさんが追いかけてくれた方が、何倍も安心できるのに……。

「初めてあんたを見た時は、もう少し利口そうに見えたんだけどね……」

「……」

 先のアンシアの行動で、ますます混乱してしまった俺は、もう何も言えず、ソウさんの後を付いていくことしかできなかった。


 この村の市場は、雑多なお店の集まりで、あまり統一性が無い。

 マリーのところみたいに、露天商の店もあれば、小屋があり、その正面が店になっている所もある。ソウさんのお店は後者で、俺は店先から、少し小屋の中に入ったところへ通されていた。

「あんたとこうして、腰を落ち着けて話すのは、なんだかんだで初めてだね」

「は、はい。そういえば、そうですね。日頃お世話にもなっていたのに、特に気にもせず、すみませんでした」

 ソウさんの言葉に、俺は取りとめのない返事を返す。

 こうしてソウさんについてきて、腰を下ろしたとはいえ、混乱した頭は収まっていないし、マリーのことは心配だし、まさに心ここに非ずな状態だ。

「本当に、マリーちゃんが心配で仕方ないんだねえ」

 またソウさんに、心を見透かされているかのような言葉を掛けられてしまった。

 今の俺は、そんなにわかりやすいのだろうか。態度に出てしまっているだろうか。

 社会人として、大人として恥ずかしい。感情がむき出しで自分を隠せないなんて、子供の頃に戻ったみたいだ。

「ま、そんな風になるくらい、マリーちゃんのことを想ってくれること自体は、別に構わないんだけどね……。じゃあ、本題に入るよ」

 まとまらない頭で、あれこれ考えていても、良い答えが出てこないのは、俺だってそれなりに経験を積んできてわかっている。まずは話をしっかりと聞くことにしようと、俺は顔を上げ、きちんとソウさんに向き直った。

「あんた、なんでそんなにマリーちゃんのことが心配なんだい?」

「え……?」

 ソウさんは何を言っているんだろうか。これ以上俺を混乱させるのは、本当に止めてほしかった。たった今、他でもないソウさんが、マリーのことを心配すること自体は構わないと、言ってくれたばかりだというのに。

「何呆けてんだい? 理由だよ理由。理由もなく心配したりしないだろう。それとも、あんたそこまでバカだったのかい?」

「心配する、理由……」

「そうさ。具体的にね」

「そんなの、別に特別なことなんて、何も無いですよ。マリーはまだ若いし、こんなことがあったら、助けが必要なのは当たり前です」

「ふうん……。つまりあんたは、マリーがまだ若いから、あたしたち大人が守ってやるのが、普通だって言うんだね」

「そうですよ。まともな大人であれば、当然です」

「そうかい……ニイちゃん、あんたそれねえ……どこの当然だい?」

「えっ……」


 “どこ”の当然?


「もう一つだけ聞こうかね」

「あっ……。はい」

「最近あんた、大手を振ってマリーちゃんの店のことを宣伝してたね。あれが今まで、この市場でやっていた人が居ないのは、もちろんわかっていたんだろう?」

「それは……はい。わかっていましたよ」

 だからこそ、今までが0だったからこそ、あの程度で1の成果を得ることができたんだ。

「そこそこ、順調に売り上げも伸びていたみたいじゃないか」

「はい、おかげさまで」

「じゃあ、マリーちゃんの店以外がどうなっているかは、わかっていたのかい?」

「他の店……?」

 マリーの店が、やっと余裕を得てきたばかりだったし、それはあまり気にしていなかった。

 最初の頃に調査の一環で、様子を見てそれっきりだ。最近はずっと宣伝活動に出ていて、売り上げのピークタイムに市場に居なかったし、なおさらだった。

「まあ端的に言うと、そりゃあもう悲惨だったよ。何人かの店は、あんたがあれこれ始める前のマリーちゃんの店と、同じくらいひどい状態になってたんじゃないのかね」

「そ、そんな!? なんで!」

 確かに、同じ物を扱う店なんかが近くにあれば、客の取り合いになることはよくある。でも、ここは小規模な市場で、扱っている商品が大きく被っている店なんて、一件たりとも無かったはずだ。

 もし影響を受けて、そこまでの状態になりそうな店があるなら、他の方法を模索していた。

「なぜだかわからないかい?」

「え、ええ……。だって、俺は確かにマリーの店ばかり宣伝していましたよ。でも、客を奪い合いになるような店の人は居なかったはずです。むしろ、俺の呼びかけで市場に立ち寄る人が増えた分、ほんの少しだとしても、他の店の売り上げも伸びて良いはずなのに……」

「ふうん……そうかい」

 ソウさんが、俺の言葉を聞いて少しの間目をつぶる。俺はこの時点で、何を言われるか、頭の中で半分わかりかけていた。

「……それも、あんたにとっての普通かい?」

「――!」

 やばい。

 全身からサーッと血の気が引いた気がした。さっきまで興奮と混乱が混ざって、カッカしていたのが嘘のようだった。

「これでもあたしは、人を見る目はある方だと思っていてね……。あんたならもう、わかっただろう?」

 そう、わかった。気が付いた。俺は何をやっていたんだ。

「まあとりあえずは、不満のあった市場の衆たちも、さっきの事件でガス抜きできたろうし、しばらくは心配ないだろう。感謝した方がいいね」

 な、なんだ?

 今は頭を必死に回転させて、考えをまとめているところだ。きちんと言葉の意味を読み取れていないのかもしれない。

 でも何だって?

 さっきの事件の犯人に感謝しろ? さすがにそれは別問題じゃないのか?

「でなきゃ、皆生きるために必死なんだ。それを邪魔する、目立って目立って仕方のない相手の家に、火でも付いたかもしれないからね」

 驚いた。人間の血の気って言うのは、これほどまで引くものだったのか。先程の感覚から、さらに全身の力が抜け落ちるようだった。

 ソウさんが、この場面でいい加減な憶測を、ここまで具体的に言うはずが無い。

 つまり、今回の件が無ければ本当に、最近市場でこれ以上ないほど目立っていた相手の家、つまりはマリーの家に、放火されかねない状況だったということだ。

 それほどまでに、俺の行動で追い込んでしまっていた人が、この市場の中に居たということだ。

 いや、追い込んでいたのは市場の誰かだけじゃない……!

 マリーの店があんな目にあったのは、俺の起こした行動が原因だ。犯人を捜してやる、ではなかった。

 犯人と言えるのは他でもない、俺だ。

「とりあえず、今日はもう帰って、良く考えな。また明日にでも、話す時間を作ってやるからね」

 ソウさんは俺にそう告げると、この話はおしまいだと言うように、立ち上がって店先へ出ていってしまった。

 正直、再び考えが纏まらなくなってしまっている。もう少しソウさんと話を続けたかった。

 でも、さっき聞いた、影響を受けて売り上げが落ちた店の中には、ソウさんの店だって含まれていたのかもしれない。

 だとすれば、こうして俺に気づく機会を作ってくれただけで、どれだけ感謝しても足りない。これ以上は高望みだろう。

 俺は腰を上げ、店先へと歩いていく。

「ソウさん、ありがとうございました。きちんと、考えをまとめてきます」

「ああ、そうしな。一応、まだ期待しといてやるさ」

 そんなソウさんの尊大な態度は、今の俺にとってとても、とても心地がいいものだった。

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