改革、石の町2
町は、順調に変わっていった。
物は試しと、伝えた知識を使って、本当の意味で商売を始める店が増えた。
いくつかの店主は、むしろそんな条件でお金が手に入るならと、丸猫屋に入社してくれた。
新しい従業員には研修をしていくのだが、あまりバラバラになるのは効率が悪い。
同じ内容を、指導側が何度も繰り返す事になるからだ。
そこで、俺はこのタイミングで、以前から検討していた奴隷の購入をした。
これで、一気に五人仲間を増やす事が出来た。
奴隷の購入時には、とあるテストを実施した。
それは、“笑え”だ。
本来は面接のときなどに、何も言わなくても出来ているかを見るものになる。
しかし、場所が場所、何をするのかもわからない奴隷の人が、勝手に笑っているはずも無い。
このテストは、建前で動けるかを見ている。
なんだかんだ言っても、人の内面を完全に見抜くなんて、無理な話だ。
それなら、そこは気にしても仕方がない。
実は真面目な人じゃないかもしれないけど、建前で笑顔は作れる。
本当に純真で、笑顔を作れる人なら、それで何の問題も無い。
採用試験なんかで、よく足きり点にされるところだ。
今回買った奴隷の中には、まさに営業スマイルな笑顔を作った人も居た。
名前はガイル。俺と同じくらいの歳の男性だ。
今後、うちで大いに活躍して欲しい。
予定通り、奴隷の人達は、普通に従業員として扱う。
住む場所は、俺達と同じ社員寮だ。給料も、他の人同様に出す。
唯一違うのは、丸猫屋を辞めたい時、奴隷の購入にかかった費用を払って貰うと言う点だ。
奴隷を手放すと言う形になるし、そこは納得して貰うしかない。
ずっと働いてもらうのが一番だが、その人にもやりたい事があるかもしれない。
それならそれで、うちで学んだ知識を、別の場所で活かして貰えるかもしれないし、悪くは無い。
うちの目的を伝えた段階で、とんでもないところに買われたのでは…そんな表情をしていたから、少し心配だ。
そういえば、この時もガイルだけは、感動している様な反応だったな。
町が変わるにつれ、市場の見栄えも良くなっていく。
少しずつ、活気も戻って行った。
うちの新しい従業員も慣れ始め、今では手が余り始めている。
つまり、次へ向けての会議をする時だ。
「なんだか…あっという間でしたね」
「これからはもっと忙しなくなるよ。健康には注意してね」
「それで、次の店舗はどこに出すの?」
「王都ですか? それなら私に行かせて下さい!」
マリー…行ってみたいんだね。
でも、ごめん。まだお預けなんだ。
「次は、近隣の村や町。合計三カ所だ」
「…」
そんな風にジト目で見られても、これは変えられないんだ。
「つまりー、順番決めるのぉ?」
「いや、この三カ所には、同時に丸猫屋を展開する」
「いきなり…とも言ってられないよね」
「うん」
イエローは、やっぱりタイムリミットの事も知っているのかな…?
「人の振り分けをどうするかだけど、一番大きい町をマリー…任せて大丈夫だよね」
「ふんっ、当然です」
まあ、ふて腐れてても、ちゃんと返事はしてるから良し。
「その隣の町を、本当はイエローに任せたいんだけど…」
「どこでもいいよ。ただし…翔君が一緒ならね?」
「だよね…」
「ちょ、ちょっと待って下さい! なんで納得して…」
「あたしは、一応監視としてここに居るからねー?」
そうなんだよな。
「…ずるいです」
これも、仕方のない部分ではある。
俺は国の内情を、一部とはいえ知ってしまった。
納得するしか…ん?
「どうかしたの?」
いやこれは…でも、まさか…。
「イエロー」
「うん?」
「やっぱり一か所、店長を任せたい」
「それは」
「監視って、嘘でしょ」
「……目、逸らしたよね」
「イエローさん!?」
「う、嘘な訳無い」
「アンシアの監視はいいの?」
「…」
「…」
「あーばれたあ。せっかく、翔君と一緒だと思ってたのにー」
「イ・エ・ロー・さん!!?」
「…お願いしてもいい?」
「わかったよー…」
最初に、女王様から監視が付くと言われていたので、深く考えていなかった。
国の内情を知ったのは、俺だけでは無い。
監視の対象が俺だけで、そもそも監視が一人と言うのも不自然だ。
あの時の事件で、イエローが女王様の姉とわかっていなければ、気が付けなかった。
おそらく、俺達の所へ来る為の、口実か何かだったんだろう。
なんせ王族だし、理由も無くこんな辺境に長期滞在出来ないはずだ。
…イエローの立場も、まだまだ謎だよな。
口実がどうとかじゃ無く、なんで今ここに居て、その前は行商人だったりしたんだ。
いつか、聞ける日が来るのかな。
いけない、話がそれたか。
「それで、ここ…二号店は、ローナに任せる」
「…はぃ?」
「頑張って。ママさんには、もう話は通してあるから」
「しょ、翔様ぁ。嘘だよぉ…ねぇ?」
「本当」
「うちが…店長さんやるってぇ?」
「この町でなら、任せられる」
「どこか別の町ならぁ――」
「確かに、他の町では不安ですね…」
「……うち、ゆったりゆっくりしてたいのにぃ」
「そう出来る様になるまで、協力して欲しい」
「翔様とも離れちゃうし…逃げ場が無いよぉ」
「ローナさん、お願いですから、本当に逃げたりしないで下さいよ…?」
…俺も微妙に不安になって来た。
でも、この町をローナに任せられれば、その分人材を他へ割ける。
俺は、何だかんだで、やってくれると信じてる。
「それで、残りの一か所」
正直、少し言い辛い。
あまりショックを受けないといいがけど。
「…本店から一人、希望者を募ってみようと思う」
「っ…」
「…え。ア、アンシアさんは?」
「アンシアには…どこかの副店長になって貰う」
「…」
アンシアは何も言わない。
どう思っているかもわからない。
でも、俺が言うなら…そんなところだろうか。
「お、お兄さん。アンシアさんが心配なのかもしれませんが、特別扱いは良くないです。大丈夫ですよアンシアさんなら」
「特別扱いしてないからこそ、言ってるんだよ。それにアンシアは、補佐の方が向いてると思うしね」
ストレートに言ってしまえば、成長した今なお、アンシアは店長に向いていないと言う事だ。
これは別に悪い事じゃない。
個性なんだから…。
だから、気にせず仕事に励んで欲しい。
何も、店長に適任な性格ばかりが、良いと言う訳じゃ無いんだ。
「…」
なんだ?
マリーが何か言いたげにこちらを見ている。
でも、この話に関して不満…と言う感じじゃない。
…わからない。
「ところで、翔君はどうするの?」
「俺は、皆の店を巡回する」
企業によっても呼び方は異なったりするが、ラウンダーと呼ばれる役職だ。
人は気付かないうちに、マニュアルからどうしても外れてしまう時がある。
普段からの慣れや、ほんの小さな変化が重なり、気が付く事が出来なくなってしまうんだ。
そこでチェーンストアでは、どの店舗でも同じ環境、ルールを保つため、いわゆる監査みたいな事をする人が存在する。
それこそが、ラウンダーだ。
「だから、実はその為の足も手配してるところで……?」
…なんだろう。
「…お兄さん、それは一人でやるんですか?」
「え、うん…そうだよ」
もっと店の規模が大きい元の世界でも、基本的には一人でやる役職だ。
当然、ここにこれ以上人を割く余裕は無い。
「…やっぱり、イエローさんが一緒に行く訳には」
「マリーちゃん…?」
どうしたのだろうか。
さっきは、イエローだけ俺と一緒は、ずるいと言っていたのに。
「…我は、お主に付くからな」
「わかった」
町などを離れる時は、一緒に居る必要がある。
なんとなく、メルの言う事もわかりかけてきた。
「あ、あのっ。お兄さん、その巡回役は、必要なんですか? 時々、お兄さんがどこかの店から、様子を見に出る程度で良いのでは…」
「それでも、結局同じペースで巡回するだろうし、変わらないよ」
これから、丸猫屋の店舗数は一気に倍以上になる。
しっかり把握するためには、出来るだけ早いサイクルで、店を回らければならない。
「―――――。――――! ――、――――」
それに、各取引先との調整も、同時に進めたいんだ。
流通網の確立は、チェーンストアにとって、重要な要素の一つ。
本来、ラウンダーとは別の役割として、それ専門の役職があるのだが、なんせ人が居ない。
「……―――。――――――――、―――」
ただでさえ、皆には不慣れで、目新しいチェーンストアと言う業態に、挑戦して貰っているんだ。
この段階で、さらにその本部側の仕事を覚えて貰って…と言うのは、さすがに厳しいだろう。
だから…なんだっけ。
そう。
「さあ、皆頑張って行こう! 無理だけは禁物だよ」
とにかく身体を動かして、やるしかないんだよ。




