改革、石の町
あの日の事件は、あれから数日掛けて処理されていった。
残念な事に、騎士隊隊長は、俺の睨んだ通り黒。
その辺りは、イエローが介入して、速やかに解決したみたいだ。
あの隊長さんにとっては、こんな辺境ではあるけど、その代わり監視も無く好きにやれる…そんな所だったのだろう。
まさか国の姫様が、この町に居るとは思っていなかっただろうな。
悪い事は出来ないものだ。
曖昧だった緊急時の動きは、この町の人達が、きちんと協力して確立した。
町長さんや、ママさん…それからローナも手伝いに行っていたのは、失礼ながら少し驚いた。
俺も、元の世界で緊急時のマニュアルがどうなっていたかを伝えて、ほんの少しだけ助力した。
場所や当番決めなどは、お任せだ。
そして…肝心の俺達が頑張る部分。
この町全体の市場改革だ。
「…とまあこんな感じです。要するに無駄を削っていけば、休日制度を採用しても、今まで通り生活できる訳です」
うんうん。
まずは、俺達が実際に使っている仕組みから、町の人達に伝えていった。
その方が、説得力あるからな。
マリーは今、せっかくだからと言う事で、例の制服を着ている。
おそろいと言うだけでで、簡素なワンピースにエプロンを合わせた、この世界では珍しくない格好なのだが…。
正直、俺にとってはこう…良いなと感じざるを得ない姿だ。
お料理教室の新米講師みたいな…?
実際に教えている事は、現実的な流通産業知識だけどね。
「それで、今日は以前から言っていた例の話をするのですが…お兄さん!」
「はいっ!」
「その顔でずっとその…こっち見てるのは止めてください! いつもは気が付いたら仕事ばかりしてるのに…こういう時こそですね――」
「あーマリーや、皆を待たせておるでな。こ奴がこんななのは、前からずっとじゃろう」
「あっ、メル…アンシアさんも邪魔しないでくださいっ。絶対また私が嫌がる事して楽しんで」
二人ともありがとう…。
そして、断じて違うから!
からかう目的とかで見てた訳じゃないから!
身に染み付いた、余裕を持った行動をしているだけなのに。
それでほんの少し、交代までの間見てただけだ。
「えと…それじゃあ、次は俺の方から…」
うわ。
奥様方にめっちゃニヤニヤ顔で見られてる。
やりづらい…。
まあ、これくらい緩んでいた方が、これから話す内容的にはいいか…?
「まず最初に、これは対等な立場としての、依頼、提案です。その上で、返事を下さい」
「いいから話しなー。顔キリっとしてね!」
はい、すみません反省します。
「これから話すのは、この町の市場全体の改革についてです。具体的には…丸猫屋で働く、もしくは、合併してもいい方を募集します」
俺は、脱線した流れを戻して話し始めた。
この世界で今足りないもの。
それは、物であり、お金であり、人手であり…つまりは無い無い尽くし。
本当は、気を付けるべき点が他にもある。
しかし現状は、とにかく効率を上げるのが第一目標だ。
その為の吸収、合併の話と言う事になる。
はっきり言って、この町は店が多すぎだ。
店は、お客さんに売るだけでは無く、生産者さんから買うのも役割になる。
店の数を減らし、まとめると言うのは、この買い付けの効率化を図ると言う事だ。
この町を、一つの集団だと考えた時。
それぞれの店が、バラバラに仕入れを行っているのは、とてつもなく無駄が多い。
レジ会計で、全員がばらばらに支払いをするのと同じだ。
人手も、時間も有限。
少なくとも、同じ仕入れ先の店は、一括買い付けの仕組みを確立させたい。
しかし、そういう細かい事を調整し始めると、これもまた手間だ。
そこで総合店…スーパーやホームセンターみたいな形態が良いと言う話になる。
買い付けをする時、その管理が一か所で済むからだ。
もちろん、規模によっては数名で管理が必要にはなる。
それでも、例えば十軒あった店で、十人が仕入れに時間を使うより、一か所で管理し、数人で仕入れの管理をした方が効率的だ。
一言で仕入れとか、買い付けとか言っているけど、実際にやろうとすると、取引先との兼ね合いやら、金銭管理やら、本当に様々な作業が出てくる。
それを小さな店ごとにやっているんだから、もったいなさすぎるって話だ。
そもそも、普通でも総合店の利点は多いのに、この世界の現状においては、さらにいくつもの意味がある。
例えば、元の世界では小さな個人店でも、当たり前に使っていた商業知識。
それすらも、この世界の人達は持っていないからだ。
俺は自分の店だけを発展させたい訳では無いので、その知識をどんどん広めてはいる。
でも、それを臨機応変に使う。
さらには、正しく活かせているか判断し管理する…。
それは、すぐにはなかなか難しい。
なら、いっそ丸猫屋に来ませんか…となる訳だ。
うちの従業員になってくれれば、俺を始め、先行して学んできたメンバーが、身に付くまで指導を続けることが出来る。
さすがに、すべての店を巡回してサポートするのは無理だからな。
その上、人手も確保できて一石二鳥だ。
丸猫屋の拡大と同時進行で、この国全体の商業構造を一気に押し上げる。
勝手にノウハウを盗んでくれるのを、のんびり待っている余裕は無いからな。
そして、この方法はどこでも使える訳じゃ無い。
今回だって、この町と接点があったからこそ、ここまでしっかり講習会なんて開けているんだ。
まだ丸猫屋の金銭的余裕も少ないから、あえて時間をかけているに過ぎない。
この先は、普通に店を出して販売競争に勝ち、他の店が厳しそうなら話を持ちかける。
そんな動きになる町も出てくるはず。
…。
店を拡大し、各地の他店を潰して回る。
…見方によっては、完全に悪者のそれだな。
でも、だからってすべての町で、信用を勝ち得るまで待つ事は出来ないんだ。
それに、落ち着いたら、その辺りのケアもなんとか……出来ればと思ってる。
…さて、おおよその事は話し終えたな。
「そんな訳で、もし構わないと言う人が居たら、うちで働きません…か?」
目の前は、何言ってんだこいつ…そんな顔で埋め尽くされていた。
「…そうなるか」
やっぱりな。
「そうなるか、じゃないですよもう。皆さん、今日の話は、それとなく聞き流していいですので。うちで働きたいって方は、私かお兄さんに言って下さい。お疲れ様でした。解散ですー」
いつの間にか横に居たマリーが、解散の挨拶をすませる。
市場の人達は、今の話について意見を交わしつつ、それぞれの帰路についていった。
「マリー…さっき連れていかれたんじゃ」
「そのやり出すと止まらないの、本当に直してください。あれからどれだけ経ってると…」
「翔…さん。ほとんどの人は…すぐにはわからないと、思います」
「そこは理解した上で、それでも目的をオープンにする為に話したんだけど…」
世界の為に商売を。
そんな話をしても、この世界の人にとって現実味が無いのは、村の件でわかっているつもりで――。
「お兄さんは、色々複雑に考えすぎです。もっとシンプルで良いって思う時がありますよ」
――全部先を読もうとしてねえか? 臨機応変に動け。考えすぎなんだよてめえ。
「………そうだね」
「翔…さん?」
「…お兄さん、どうかしましたか?」
「何でもないよ。とにかく、これからまた忙しくなる。今日はもうゆっくり休もう」
「…はい」
そうだ。
まだ…まだこれからだ。
良く考えて、効率良く進めていかないと。
さっき唐突に、昔の事を思い出した。
疲れでも溜まっているのかな。




