石の町トラブル9
マリーも、さすがに絶句している。
周りの人達も、一瞬呆気にとられたように閉口していたが、次第に声も漏れだしてきた。
最近は、売れ行きが厳しい店も増えているはず。
そして、その原因として矛先が向くとすれば…他でもないうちの店だ。
口々に不安な心情が飛び交い、やがてその言葉は発せられた。
「ま、待ちなよ。そもそもあんたの店のせいでうちは…!」
あの人の店は覚えている。
そう、その通りだ。
でも、肝心な事を分かってない。
「そうです。でも…それは今後も起きる事ですよ」
「はあ?」
「うちは、たまたま一番目だっただけです。これからだって、いくらでも新しい商人はやってきますよ」
「そ、そんな…」
この人達は、何も知らないんだ。
今まで、全部国がやってくれていたから。
同じ様にしていれば、生きていられたから。
全部ひっくるめて、変わる時が来ているんだ。
「なので皆さん…勉強をしましょう」
「なん…?」
「俺の店が、いくつかの店より、すでに良い売上を出しているのは、知識があるからです。商売は、本来もっと自由で、工夫の出来る物なんですよ!」
俺は語った。
商売は本来、ただずっと、同じ物を並べ続けるだけのものでは無いと言う事。
知識さえあれば、もっと生活に余裕を作れると言う事。
少し勢い余ってしまったが、そうしてもっと豊かな世界に変えていきたいと言う事も話した。
本当は、混乱や不安にかこつけるのは避けたい。
裏があるのではと、不信感を抱かせる可能性があるからだ。
今までそういう機会があった時も、実際にこの考えを元に、避けて行動してきた。
それでも、今回はこのタイミングで決行した。
それは、町の皆が不安だけでは無く、変わる意志も持ってくれた時だからだ。
そして、こちらも重要なのだが、うちが得する要素が無いと言う事。
例えば先日の王子様来訪の件、あの時も騒ぎにはなっていた。
でもそこで、話があるなどと言いだしていたら、王族にも伝手がある俺の話を聞け…そんな風に受け取る人も居たかもしれない。
…まあそれも、ただの可能性だ。
悪い事が起きる可能性を、案じすぎているとも言える気がする。
でも。
………。
人の悪意ってものは、油断できないものだから。
「お兄さん?」
「あ」
いけない。また話している途中に、ぼーっとしていたか。
「えーそんな訳で、講習会を開こうと思うんです」
「講習会?」
「そうです。俺達が持つ知識を、皆さんに伝える勉強会です」
「でもねえ…」
「信じる信じないも、受ける受けないも自由です。それでも、良かったら聞いてほしい。そして活かしてほしい。俺は…この町全員が今より幸せになって欲しくて、商売をしているんです!」
反応は…鈍い。
やはり、いきなりそんな事を言われても難しいか。
「そ、そのっ…本当なんだよぉ!」
ローナが、普段では考えられない程の必死さで、フォローをしてくれる。
先程までのいざこざが、相当堪えていたんだろうか。
そんな気持ちが伝わったのか、皆の不信感が、少し治まったような気がした。
でも…心細かったのかもしれないが、腕を抱えるのは止めてほしい。
嫌なはずはない…というか嬉しい恥ずかしいくらいなんだが、ほらマリーからの思念がほら。
「はい! そんな訳で、皆さんも一度戻りましょう。良いですねお兄さん!」
「はい。それでお願いします」
しばらくざわついた後、皆それぞれ、町の中へと戻り始める。
こちらに声を掛けてくれる人も居る。
最初から輪の外で不審げにこちらを見ていて、一番に去って行った人も居る。
色々だ。
それでも、ここしばらく機会を伺っていた件を、皆に話す事が出来た。
これでこの町も、一歩踏み出せるのではないだろうか。
「翔ー君っ」
「おわっ!?」
イ、イエロー?
「そっちの事は終わったんだ?」
「うん、無事にね。と言うか、途中から見てた」
「見てたって…さっきの俺の演説? …なんか、そう改めて言われると恥ずかしいな」
「えー、良かったのに。俺が皆を幸せにしてやるーって?」
「そんなこと言ってないよね!?」
いやまあ、ニュアンスと言うか、内容は似た様なものだけど…。
「い、いやそれよりも…。どうしたのイエロー、その…と、とにかく一回…さ?」
「何の事かなー?」
「一度…離れよう。ね?」
なぜだかわからないが、先程のローナに引き続き、今度はイエローに抱きつかれていた。
ローナは、今までにも何度かあった。
でも、イエローがこんな事をするのは初めてだ。
「えー、さっきはそっちから、あんなに強く抱きしめておいてー」
「え゛っ!?」
「ほう…アンシアさんそうなんですか?」
「……して…ました」
「ま、待って何の話…っ」
一つ、思い当たった。
あの、放り出されたイエローをキャッチした時か!
「待った! あれはどうしても必要で」
「また初めての事されちゃったなー?」
「ほう…って、もういい加減離れて下さい! 仕事に戻りますよ!」
「…マリーちゃん、ごめん」
「な、何がですか…」
「あたしも、やっぱり本気で参戦するね」
「なっ」
はい…?
い、今のやり取りってまさか…まさかな?
「ねえ翔君」
「な、何?」
「リア」
「うん?」
「あたしの名前、リアって言うんだよ。これからもよろしくね!」
「そ、そうなんだ…よろしく?」
唐突過ぎて、やっと知れたと言うのに、気の抜けた返事になってしまった。
なぜ急に?
「な、なんか…聞いた事のある名前なんですけど…」
「ああー…。そうだったんだねぇ」
「時期女王候補だった…お姫様の名前、ですね」
「はい!? って事はイエローさんって…」
「よろしくねぇ」
「よろしく!」
「よろしく…です」
「うんうん、よろしくね」
「なるほど…やっぱりそういう立場だったんだ。んで、訳有りで今こんなところに居ると…。うん、よろしく」
「えへへ…やっぱり、今まで通り接してくれるんだね。というか、ばれてた?」
「まあ、それなりの立場だろうとはね。…となると、今の女王様は、妹さん?」
「そうだよ」
「なるほどね」
「いやいやいやいや、おかしいですよね!? 色々おかしいです! なんでそんなに普通に受け入れてるんですか!」
まあ、マリー以外は王都で過ごしていた期間があったし、女王様と会う機会もあったしね…。
多少、慣れていると言うのもあると思う。
一人だけ仲間外れで悔しがりそうだし、口には出さないけど。
「マリーちゃんは、もう普通に接してくれないの?」
「ぐ…」
「初めて会った時は、知ってて私を翔君の魔の手から、助けてくれなかっ」
「い、いつの話ですか!?」
その節はすみませんでした。
「あたしをそういう扱いするなら、そういう立場として罰を与えちゃおうかなー?」
「ああもうっ、わかりましたよ! と言うか、容赦しませんからねイエローさん…じゃなくて、リアさん!」
「うん、よろしく。あ、あと、普段はこれまで通りイエローって呼んで。気が付く人は、気が付いちゃうと思うから」
そりゃあそうか。
リアの方が、人の名前っぽし、似合ってるし、呼びやすいんだけどな。
そう考えていると、イエローがそっと顔を寄せてくる。
そして、耳元で囁いた。
「…翔君は、人が居ない時ならリアって呼んでほしいかな」
うわ…。
今のは…やばい。
というか、さっきの参戦って、本当に…?
そんなにかっこいい姿は、見せれてないはずだぞ。
「ほう…」
「っ!?」
まずい、絶対に顔が緩んでいた。
「よーっし、じゃあ仕事に戻りましょう!」
「翔様ぁ。うち、大変だったから寝るねぇ?」
「わかったけど、今背中で寝られるのは俺も倒れる!」
「翔…さん、講習会の資料、案内別…で、良いですか?」
「う、うん。それでよろしく。元は作成してあるから、内訳は…とにかく戻ってからにしよう」
「わ、私も戻りますっ」
こうやって、騒がしく話が出来る。
ついさっきまで、そんな事すら出来なくなる可能性があったんだ。
いや、今だってその可能性は続いている。
いつか、何の心配も無くおしゃべり出来る、平和な世界になるまで…。
まだまだ、やる事は山積みだった。




