石の町トラブル7
人間の集中力は、どんなに鍛えてもそう長くは続かない。
そんな言葉を、どこで聞いたのだったか。
遅い…。
もしかして、向こうは向こうで、何かあったのか?
ここから詰所まで、そう距離は無い。
普通に往復するだけなら、もうとっくにアンシアが戻ってきてもいい頃だ。
もうすでに、俺はギリギリ。
いつの間にか、騎士さん達よりもふらふらになっていた。
本当に、情けなくなる…。
これでも、この世界に来てからは鍛え続けているのに。
やはり魔術運用の有り無しが、大きすぎるのだろうか。
今やってる事も、地味だしなあ。
かっこよく成敗出来る力が、メルの加護で覚醒してとか…まあ無理か。
実を言うと、先程一度避け損なって、それも現状に響いている。
触れた瞬間は、前回同様力が抜け、終わったかと思った。
今は何とか、こうして戦線に復帰しているが…。
………あ?
「おいっ!」
「っ!?」
俺は反射的に身体を動かし、ぎりぎりで避ける事に成功した。
いつの間にか、目の前に敵が迫っていた。
声を掛けて貰えなかったら危なかった。
だからと言って、残った騎士の人達も限界が近いはず。
俺だけ…離脱する訳には…。
――何かが、遠くから近づいてくる音が聞こえた。
やっと戻ってきてくれたか!
俺は期待し、そう思った…のだが、何かおかしい。
音が…重い。
アンシアの…と言うか、これは人の足音だろうか。
そして、その音が近づくのと合わせて、やけに甲高い悲鳴のような声も聞こえてくる気が…。
いや、すでにはっきりと聞こえる。それ程に速い。
俺は自分の番を終え、騎士さんに敵を預けた後、その方向を素早く確認した。
おお…。
ちょうど、俺の肉眼でも確認出来る位置まで来た時だったみたいだ。
アンシアが、イエローをお姫様抱っこの状態で抱え、こちらに近づいて来ている。
彼女は小柄なので、なんとも言えない違和感…。
ギャップのせいで、アンシアがやたらとパワフルに見える。
それだけなら、まだこの世界だしわかるのだが…それに加えて足元だ。
得意の土魔術で…あれは撃ち出しているのか、どうやっているのか。
走り過ぎた後には、鋭い岩の塊が残っていた。
物理的に土魔術で身体を押し出して、身体強化と合わせてさらに加速してる…?
やたらと重たい音の正体はこっちか。
そして、悲鳴の方はイエローだな。
飛竜で速度には慣れているはずなんだけど…あれは、乗ってる間何か魔術を使ってるとか言ってたっけ。
向こうでの何かが片付いて、その瞬間アンシアがスタートを切ったから、対策も出来ず…ってところだろうか。
俺と目が合い、アンシアが心底安心した表情を浮かべてくれる。
こちらに凄い速度で向かって来ているので、前髪が流れていて、良く見る事が出来た。
こういう柔らかい表情、やっぱり良く似合ってるな。
…身体の方はパワーがすべてみたいな状況なので、中々シュールだが。
「翔…さんっ」
「えっ? ぃやああああ!?」
イエローが跳んできた!
相当繊細な魔術運用をしていたはずだし、アンシアも限界だったのかもしれない。
腕の中から放り出されて来ている。
普段の状態なら、上手く捌いて受け止めるけど…。
いやいや、ここで受け損なったら、本当に良いところ無しだ。
重心を良く意識して。
まず落ち着いて受け…止める!
そして、負荷を軽くするためには、自分と相手の重心がバラバラのままでは駄目だ。
必要な力が何倍も違ってくる。
俺は勢いに負けないよう、ギュッとイエローの身体を自分と密着させる。
「ひゃっ…ぇええええええ!?」
そして、このまま一緒に吹き飛ばされないためには、力を逃がす必要がある。
足を軸に回転して、力のベクトルを円に、さらに少しずつ沈み込む事で、最後は地面に受け止めて貰えば…。
俺は、なんとかイエローを受け止め、ゆっくりと地面に降ろす事に成功した。
「ああ…やばい。今ので本当もう気が抜けた」
「ちょ、ちょっと翔君っ。もうひと踏ん張りだよ」
「イエローの方はいけるの?」
「もちろんっ」
「なら…終わらせよう。騎士さん! 次の合図で合流します!」
騎士さんからは、しっかりとした返答がきた。
大丈夫そうだ。
「…翔君が指揮してるんだね」
「え…? そんなんじゃないよ」
「そうかな…」
でも、流れでそんな感じにはなっていたかもしれない。
大した事も出来ないのに、少しでしゃばり過ぎたか。
なぜだか、熱い眼差しを向けられているように感じるが…さすがに気のせいだろう。
その後は、しっかりと光の魔術で対処を完了。
俺達は、二度目の遭遇を乗り切る事に成功した。




