石の町トラブル5
副隊長さんは、急ぎ詰所へと戻っていった。
俺達はと言えば、避難の準備をしつつ、どうするか相談を始めていた。
「どうします? さっきの警鐘が鳴ったら、町から一時的に離れた方が良い…って事だったはずですけど」
「理由がわからないとな…。どこかで煙でも上がっている訳じゃ無いし」
そもそもこの町の建物はほとんど石造りだし、火事は考えにくいか。
「外…も、逃げてる人…少ないですね」
「うちにも、まだ半分寝てるの居るしね…」
「えー…起きてるよぉ…。だって…変だもん」
「変って…なにがですか?」
そういえば、ローナがあの程度の音で目を覚ますのは、なんだが変な感じだ。
イエローは、真剣な表情で外の様子を確認し続けている。
まるで何か、重要な責任でも抱えているみたいだ。
「…翔」
「メル? どうしたの」
「はよう動いた方がいい。おそらく…間違いない」
「ねえメルちゃん、それってまさか…!」
「ああ、あれだ。…あと、さすがにちゃんは止せと言ったであろう」
「俺達が…動くしかないか」
どうやら、のんびりしていていい事態では無いらしい。
俺達は、揃って店から外へと出た。
まだ辺りには、戸惑った様子の町民がそのまま残っている。
「それで…どうしますか? 私達で、避難誘導に掛かりましょうか」
「…いや。今回は得策じゃないかもしれない」
こういった警報の類は、想像以上に、正しく効果を発揮しない事がある。
自分でその危機が感じられないと、本当に避難しようと判断する人は、かなり少ないらしい。
目の前でも、まさにそれが起きている。
そういう時は、指揮出来る人間が必要だ。
そして、俺達はそういう練習をしてある。
必要になる可能性もあると考え、元の世界同様、避難誘導訓練を何度かやっていたんだ。
事件事故が起きた時は、その場で自信を持って指揮出来る人間が居るかどうかで、生死に関わる時だってある。
しかしそういう訓練を、きちんと定期的に行い、備える事の出来る組織は少ない。
そんなもしもの時の対策をしておくのも、あらゆる町に出店している、チェーンストアの役割の一つだ。
だけど…今はまだその時じゃない。
「俺達が指揮を取っても、まともに捉えて、すぐ行動してくれる人は少ないと思う」
「そのような場合では無いと言うのに…人と言うものは」
きちんと指揮すれば、誰でもいいと言う訳じゃ無い。
元の世界で、チェーンストアがその役割を担う事が出来たのは、その名がきちんと認められていたからだ。
あそこの有名なチェーン店の人が、指揮している。
そういう信頼が必要なんだ。
本来は誰がやっても同じなのだが、人はどうしても、その誰と言う部分を重視してしまう。
じゃあ今の俺達はと言えば、町に馴染み切ってすらいない。
店だって、まだ有名でも何でもない。
これでは、逆にいらないトラブルが起きる可能性すらある。
今、動ける組織…動くべきなのはやはり……。
「騎士隊の詰所へ行こう。不穏な噂も流れてしまってるけど、それでも国の騎士隊だ」
俺達がやるよりは、いくらかマシのはずだ。
町に来た時だって、真剣に宣言を聞いていた人も多かった。
「賛成。もしかしたら、まだ現状を掴めていないかもしれないし、伝えないと」
「…お兄さん、あくまで提案なんですけど」
「何?」
「二手に分かれませんか? 結局避難して貰う事になるんです。私達が呼びかけただけでも、聞いてくれる人はきっと居ます」
「いや、それは……」
俺は否定しかけて…でも、それを途中で止める。
マリーは、今言った通り、自分たちの声だって町の人に届くと信じている。
そういう純粋な目を俺に向けていた。
「そうだな」
それに…考えてみれば、信頼を勝ち取れる人材だって、俺達の中には居る。
「…じゃあこうしようか」
俺達は相談を終え、行動を開始した。
俺は騎士隊の詰所へ向け、町中を全力で走っていた。
一緒に居るのは、イエローとアンシアだ。
マリーとローナ、それからメルには、町民の誘導の方へ回って貰った。
俺達の中でローナだけは、間違いなく、この町の人に声が届くはずだ。
メルとは少し揉めたが、念のためマリーに付いていて貰っている。
町からは出ないと言う条件で、了承して貰った。
俺は、メルの神としての加護とか、その辺りの範囲の問題だと予想している。
さっきの警鐘が、本当にあの暗い何かなら、どこから現れるかわからない。
もしもの時に、マリーのそばに誰も居ないのは不安だ。
本当はアンシアに、マリーと一緒に居て貰えるよう頼んだのだが…。
それは、二人に揃って反対された。
まあ確かに、俺は弱いし、イエローは決して動けない訳じゃ無いけど、肉体派では無いしな…。
アンシアが付いていた方が、こちら側は安定するだろう。
正直それなら、やっぱり二手に分かれる事自体止めたかったが、それも何を今更と一喝された。
こうなってしまったからには、とにかく急ぐしかない。
そして、早くマリー達と合流しよう―――。
「何!?」
「町の…外れの方から…」
先程の警鐘以降、静かなままだった町に突然の悲鳴。
早く詰所に行かなければならないが…この声も放ってはおけない。
「…仕方ない。俺は、ちょっと今悲鳴が聞こえて来た方へ向かってみる」
「わかった。あたしも詰所の状況確認したら、出来るだけ早くそっち行く」
「出来れば、俺の方がそっちに行ける程度の事だと良いんだけどね…。アンシアは」
「翔君の方ね」「翔さん…」
「何か問題が起きてるのは間違いないんだよ? そっちにアンシアちゃんが居た方がいいでしょ」
イエローの方が心配だったが…理にかなってるのは二人の意見の方だな。
「まあ、イエローはすぐ騎士隊と合流出来るはずだし…。でも気を付けて!」
「そっちもね!」
俺達はさらに分散し、それぞれの目的の為に走った。




