石の町トラブル3
今日も丸猫屋は営業中。
町に住む人の数を考えれば、それはもう静かなものだ。
「はぁ…やっぱりショックだよ。あの人、国に居た時は、むしろ率先して皆を引っ張ってたのに…」
あの騎士隊長の事を、イエローは知っていたらしい。
以前は、騎士隊で誇りや意志を後進に伝え、大いに貢献してくれていたそうだ。
「どうしてあんな…。何か…不満でもあったのかな」
イエローは、変わってしまったあの騎士隊長を、憂いでいる様だった。
でも…そうと決まった訳じゃ無い。
「変わってない…って事もあると思うよ」
「あたしも、そう思いたいけど…」
「いや、そうじゃなくて」
変わらず良い人のままだけど、訳あってああいう事をした。
イエローは、そういう風に受け取ったのだろう。
でも、世の中はそんなに綺麗とは限らない。
「元から心の中では、好き放題出来る日を待ち望んでいたのかもって事」
「そ、そんな…。だって騎士隊を結成して、もう何年も経ってるんだよ? あの人は最初期からの古株で…」
「長さは関係ないよ」
他人の内面なんて、誰にもわからない。
自分の地位の為に、年単位で演じ続けてみせる人間なんていくらでも居る。
悪い意味で、要領がいいと言うやつだ。
上層部の信頼を厚く勝ち取り、収まったポストで好き放題している同僚が、俺の会社にも居た。
そういう人間は、組織にとって非常に厄介だ。
例えば部下が問題行動を密告しても、それを上層部が信じてくれない。
そいつがそんな事をするはずが無い。
多少厳しくされたのか、何なのかは知らないが、嘘で実の上司を貶めようなんて何を考えているんだ。
そんな事を言われ、密告した部下の方が、問題有りの烙印を押される事だってある。
「仮にそうだったとしても…せっかくあんなに頑張ってたんだよ。もしそうなら、今からでも、心を入れ替えて貰えるように、何か…」
「そう簡単じゃないけどね…」
人の内面を変えようなんて、よほど深い付き合いをする前提で挑まないと無理だ。
特に職場なんて言うのは、それが難しいところだと思う。
この世界なら、プライベートへの介入は避けろ、みたいな風潮はまだないし、多少は何とかなるかもしれない。
でも、色々な考えの人が居るからなあ…。
「それこそ、洗脳でもするつもりじゃないと」
「えっ…」
「…」
「お兄さーん、いいんですかー? イエローさんもアンシアさんも、ドン引きしてますよー?」
「え、ちょっと待って! 確かに真面目な口調で話してたけど、それを今本気で検討していた訳じゃ無いから!」
………。
…将来的には、似た様な事をするかもしれないけど。
俺は後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
誇りを継承したりとかはあるみたいだし、もしそうなっても許され…ると思いたい。
いや、元の世界にあったあの精神継承と、騎士隊の誇りを一緒にしたら駄目か?
「何にせよ、確認してみないと」
「確認って、あの騎士隊長に直接? イエローなら話は出来るのかもだけど…」
「うん、あたしなら…って何言ってるのかな翔君!?」
そろそろイエローも、行商人の皮を捨てて、正体を明かさないか?
もうボロ出まくりだ。
「また女性をからかって遊ぶ…」
「…あたしも本人に聞くのは、慎重に行かないとって思ってね。代わりに副隊長に声を掛けて来たんだよ」
「掛けて来たって…」
「それで、どうなったんですか?」
「うん。そこらでする話でもないし、抜け出せる時に、ここへ来てくれる様に言ってあるんだ」
「聞いてない…」
「私も聞いてません…」
と言うか、副隊長さんがそんな呼び出しに応じてくれるのがもう、只者じゃない事を証明している。
「イエロー、よく落ち着きが無いとか言われてたでしょ」
「ちょ、ちょっと! 翔君までそんなこと言うの!? さ、最近は言われてなかったのに…」
判断やフットワークの速さは、利点でもあるんだけど、一言欲しかったな。
内心は、皆不安を抱えている。
それでも、表面上は努めて明るく振舞っていた。
本音と建前、内面と外面…大人なら、持ってない人の方が少ないものだ。
だからあの騎士隊長も、表面化した内面が、今までの評価と大きく違うなら……対処をするしかない。
一つの組織として…。
そんな話をしていた時だった。
「失礼します」
「…! いらっしゃい!」
イエローが、待ってましたとばかりに迎える。
副隊長さんが、静かに店へと入ってきた。




