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ようこそ丸猫屋二号店!4

 その男性はこの場において、おかしいくらいに目立っていた。

「よかった…。一時はもう、二度と会えないかと思い、失意の底に沈みましたよ」

 目立っているのと言うのは、声の事だけでは無い。

 この場において、比率がかなり少ない男性と言う時点でもそうなのに、その上なんとも言えない高貴さが溢れている。

「誰ですか…あの人?」

 マリーが呟く。

 他の皆も、そう思っているだろう。

 でも俺は……見覚えがある気がした。

「あの…人」

「アンシアも見覚えある?」

「えっ。知らないの私だけですか?」

 何か話をした覚えは無い。

 そうなると、一方的に見た事があるはず…。

 俺はその人をじっくり見据える。

「ローナさん。あなたの事がどうしても諦めきれず、追って参りました。今日も相変わらず、魅力的だ…」

「ああ~。お久しぶりぃ」

 そして、瞬間で思い出した。

 あの、俺にはとても言えない甘いセリフを囁く、超絶イケメン。

 王都の廊下で、ローナに声を掛けてた人だ!

 普段はほとんど人の顔を忘れたりしないのに、あの時はローナの事ばかり考えていて、記憶の隅に行ってしまっていた。

「あの人…確か、お隣の国の…」

「そう、王子様!」

「は、はい!? それって、本物のって事ですか!?」

 あの後も何度か来ていたらしいし、アンシアはその時に見たんだろう。

 俺達が騒いだ事で、周りに居た人達にも伝わっていく。

 突然現れた人物が、まさかの王族、しかも隣国のってどういう事だという状態だ。

「ローナさん、これほどあなたを想っているのに…。なぜ、行き先を教えて下さらなかったのですか。もしやご迷惑…だったのですか……?」

 いや、状況としてはストーカーに近いかもしれないが、おそらくそうじゃないだろう。

 ローナ…そこかしこで、行方を眩ますのは止めよう…?

 あんなに熱心にアプローチされていたのに、王都には期間限定でしか居ないって事すら、伝えていなかったんだろうか。

「…いいかなぁって」

「なるほど…おおらかな心をお持ちだ」

 おかしいでしょう?

「ちょ、ちょっとお兄さんっ」

「え…ってうわぁ…」

 呼ばれて横を見てみれば、ローナママさんが、戦慄…そんな表情をしていた。

「いやいや何言ってんだい。ふらっといなくなったと思ったら王都がどうのってしかもこのイケメンが王族様だって言う――」

 凄く早口だった。

 そう……なりますよね。

 客観的に見れば、こんな辺境の村や町の人が、王都に行く事だけでもすごい事ですもんね。

 自分も行っていたから、少しその感覚が薄れていたかもしれない。

「ローナさん…しばらく伝える事が出来ていませんでしたので、ここで言わせてください」

 む、しばらく意識を余所に向けていた間に、何やら話が進んでいる。

 さて…?

「どうか! 私の妃になってください!」

 ………。

 普段とは、全く違う意味の静寂が辺りを包んだ。

 そして一瞬のうちに爆発する。

 辺りが一気に歓声で包まれた!

 最初からそれらしい事を言ってはいたが、まさにど真ん中のセリフが出たのだ。

 詳しい事はわからないが、王都でローナを口説いていた貴族たちは、皆どこの貴族かと言う事を気にしていた。

 ローナがそういった立場では無いと知り、残念そうに去って行った人も居たほどだ。

 そういう格式の様なものは、確かに存在している。

 その上で、この王子はこんなところまで追ってきて、今のセリフを伝えたんだ。

 何と言うか、こう…かっこいいなあ…!

 俺もいつか、ああいう様になるしぐさと合わせて――。

「お兄さん、いいなあとか思ってますね? あの人は確かにかっこいいですが、真似しないで下さいよ」

「はい」

 はい。

 わかってます。

 俺が真似したら、それこそ初見の時に考えた、下手な小芝居のようになってしまうのは。

 一応、ローナと俺のあれについては、話をつけて…ある。

 これまでは、それでもあの王子の誘いを断ってしまったそうだが、今回は…?

「お返事を…聞かせていただけますか?」

「んー」

 あれほどの熱意を向けられたら、もしや…!?

「今回もぉ…保留でー」

 周りはもう、本日何度目かの騒ぎだった。

 隣では、処理能力を超えたママさんが倒れてしまっている。無理もない。

 ローナ、そんなつもりでは無いのはわかっている。

 でもその返事、やっている事は悪い女のそれだ。

 王都の貴族たちにも言ってなかったか?

 もう滅茶苦茶だ。

「…まだ、あなたを追いかけてもよろしいですか」

「いいよぉ。遊びに来てねー。あ、うち、今はお店をやってるんだよぉ。何か買って行かない?」

「ほぉ、ローナさんは商売をなさるのですか」

 ((このタイミングでうちの店の宣伝を!?))

 マリーと心の中がシンクロしたのを感じた。

「えと…何か、おもてなし…は、しない方がいいですね」

「そ、そうだね。それは無しで」

 頭は混乱していたが、アンシアの業務的な質問には、反射で答える事が出来た。

 顔を売る企業、特にチェーンストアは、公平性を謳っているところが多かった。

 より多くのお金を貰う事で、融通を効かせたり、特別な事をする。そういう店もあるし、必要だ。

 しかし、それをあえてしない事で、絶対的なサービスの基準を維持する。

 そういうやり方もある。

 丸猫屋は後者だ。

 店を増やしていくにつれて、管理は難しくなっていく。

 その場で判断する範囲が大きすぎると、間違いなく丸猫屋の原型は無くなってしまう。

 それでは、チェーンストアの意味が無い。

 一気に店舗数を増やす必要のある今回は、実質こちらのタイプしか、選択肢が無いんだ。

 いつ、どこでも、この店なら同じ値段で置いてある。だから安心してお金を使える。

 すべての人に、そう思って貰わないといけない。

 だから、相手がどんなに偉い人でも、店としての対応は変えたりしない。特別扱いもしない。

「何だこれは…こちらの国でも見た事が無いですよ」

「それはぁ…んー…なんだろぉねぇ?」

 特別扱い…はしないけど、代わりにどんな相手にも、きちんと対応するはずなんだけど!?

 店内から聞こえて来た会話に、またしても度肝を抜かれた。

「ちょっ。ローナさん実は、あれで動揺でもしてますね!?」

 マリーが大慌てで店内に駆け込み、フォローに入る。

「ローナさんも…慌てたりするんですね」

「た、確かに。普段はもっとしっかりしてるもんね」

 ああもう…最初はどういう予定だったっけ?

 そんなもの、すっかりどこかへ飛んで行ってしまった。

「翔…さん」

 アンシアに袖を引かれ、気付いて周りに視線を戻す。

 俺達同様、いやそれ以上に、訳が分からない状態の人でいっぱいだ。

 いい加減、冷静さも戻ってきた。

 なら…。

「そんな訳で、色々ありましたが、これからもよろしくお願いします!」

 俺は、そう大声で叫んだ。

 ここで、店を、などとは言わないのがコツだ。

 そう言ってしまえば、買ってくれと言う宣伝になってしまう。

 今必要なのは、ただ、受け入れてもらう事だけ。

 下手な宣伝は、返って疑念を生む。

 買ってもらえるかは、店の力で勝負すればいい。


 こうして、この町での事件が一つ、騒がしく、けれど平和に過ぎて行った。

 この日の丸猫屋二号店は、開店以来一番の来客となった。

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