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ようこそ丸猫屋二号店!3

 今日の丸猫屋は、現在とっても賑やかだ。

 しかし残念ながら、お客さんがいっぱい! …と言う訳では無い。

「ふんっんんんんんぬぅ!!」

「うあぁん! やだぁ~」

 …。

 普段より野太い声を出しながら、とある人物が女性…もといローナを襲っている。

 あ、変な意味では無いので、勘違いしてはいけない。

 そもそも、ローナの方も負けてない。

 か弱い女の子のような声をあげてはいるが、持ち前の身体能力で豪快な蹴りを繰り出している。


 …事の始まりはこうだ。

 ここ数日変わらず、お客が少なく静かな店内。ローナは今日も、部屋の隅で寝ていた。

 そんな所に、一人の来店者が現れた。

「いらっしゃいま…せ」

 マリーが元気良く挨拶しかけたところで、途中からその勢いを落とす。そしてこちらに視線を向けて来た。

 俺は黙って頷く。

 俺は先日ついに、行動を起こしていた。

 昨日奴隷屋の次に寄って来たのがそれだ。

 謝罪と、お願いをして来た。

 隠していて申し訳無かったと言う事。

 それから…この時間を見計らって、こちらに来てくれないかと言う事。

 この時間、つまりはいつも、ローナが眠っている時間だ。

 代わりにイエローが、今頃店番をしてくれている。

 その人物は、ゆっくりとローナに近づいていく。

 途中、ホッとした様な呆れた様な、様々な感情が詰まったため息を漏らしていた。

 それも当然と言うものだろう…。

「んぅ…」

 ローナが何かを察知したかのように、顔をゆがめる。

 そして……ゆっくりと目を開いた。

「やあ不良娘…元気そうじゃないか」

「あ…あれぇ。ママーひさしぶりぃ……?」

 次の瞬間には、げんこつがローナの頭に降ってきていた。


 そうして、今に至る。

 ちなみに、ローナは初撃を、見事な壁蹴りで床を滑り、躱していた。

「ほんっとうに仕方のない子だね! このっ!」

「やぁ~」

 声だけなら、親子喧嘩…と言うより、お仕置きを受ける子供って感じで、ある意味平和だ。

 ただし目の前の現実は違う。

 超人級の攻防が、今も繰り広げられてるんだ。

 このままだと、店に被害が出かねない。

 むしろ、アンシアが土魔法で、適宜守ってくれていなければ、すでに出ている。

「アンシア、二人を…止めれる?」

「ご、ごめんなさい。むずかしい…です」

「あ、あやまらないで良いよ。…俺にも無理だし」

 二人を会わせて、ローナが叱られるのは仕方ないと思っていた。

 しかしまさか、こんな手を付けられない状況になるとは。

 どうしようか、途方に暮れた時だった。

 マリーが、スッと前へ歩み出る。

「マ、マリーさん、危ないです…!」

 アンシアが慌てて声を掛ける。

 …が、俺には出来なかった。

 なぜなら……マリーが動き始めた時の、表情を見てしまったからだ。

 マリーは、それぞれ脚と拳で鍔迫り合いをしているところだった二人へ近づき、ローナと目を合わせた。

「ローナさん」

「ん…っ。 や、やぁ…マリーちゃんまでそんな顔しないでぇ」

 え、待って…マリーとローナの力関係って、ああいう事が起こる感じなの?

「おあずけはもういやぁ…」

 おあずけって何!?

 いつそんな事が…。俺が一人で本店に暮らして、マリー達がアンシアの家に居た時か?

「ローナさん…」

「は…あぅぅ……」

 ローナは返事をしようとしていたんだが、ママさんがさらに拳を押し込んでいた。

 容赦ないな…。

 でも、いいぞ。

 このままマリーに争いを止めて貰って、とにかく冷静に話し合う場を――。

「やるなら外でやってください!」

「はぃぃ!」「そうじゃない!?」

 返事をするや否や、ローナとママさんは攻防を続けながら、一瞬のうちに店先へと場所を移してしまった。

「マリー…」

「本当ですよね。唯でさえ売上が芳しくないのに!」

 まるで俺が、場所くらい考えてほしいよな、みたいな事を言ったかの様な返答だ。

 でもそうじゃない。

 なぜ…止めてくれなかった……。


 しばらく突っ伏した後、ローナ達を追って外へ出る。

 お客さんは今居ないし、問題ない。

 …問題ない。

 当然と言うか、店の周りがちょっとした人だかりになっていた。

 ギャラリーまで出来てしまって、まさにどこかの武闘会のようだ。

 今も跳び上がって、一、二…何発かはわからないが、空中に居るうちに蹴りや拳を打ち合っていた。

「言ってもわかんない奴はね! 鉄拳制裁してやるしかなんだよ!」

 おお…。

 元の世界なら、ネットで総叩きにされそうだ。

「痛いのはぁ…いやあ!」

 この事態の決着はどうなるのか。

 不安になっていた俺だったが、ふとある事に気付いた。

 ギャラリーの様子が、どうにも想像と違う。

 これは……楽しんでる?

 先日、騎士隊の宣言を聞いた時とは違い、なんだか皆、和やかな様子なのだ。

 ほどほどにしてやりなよ…みたいな声も飛んでいる。

「これ、今回が初めてじゃないっぽいですね?」

「そうみたい…だね」

 見物者はどんどん増え、そしてほとんどの人が…安心している様に見えた。

 この町の人にとっては、ある意味この騒動が、平和の象徴みたいなものだったのだろうか。

 確かに、こんな事余裕がないと出来ない。

 安心できる光景と言えるかもしれなかった。

 …戦っている本人達は、至って真剣な様子だけど。

 そして今、より力の籠った一撃が近距離で撃ち合われた。

 さらにそれを、お互いに数ミリ単位で避けたところで――。

「…はぁ。ったく、腕前だけは成長しちまって」

「あ、あれぇ?」

 ママさんがそっと拳を収めて、この戦いは終わった。

 ――ローナちゃん、返ってきてたんだね。

 ――ついにお仕置きを逃れたか。

 ――なんだか懐かしいねえ。

 戦っている二人の起こしていた衝突音が消え、周りの会話もよく聞こえてくる。

 最近の事は知っていたが、そういえばこの町でのローナの事は、全然知らなかった。

 こんなにも、この町にとって必要とされている人間だったんだな。

 普通、親子喧嘩を見て、和んだりなんかしない。

 ましてあのレベルの戦闘なんだから、むしろ怖いだろう。

 それでもこうして人を引き付けるのは、やっぱり彼女の仕草とか、雰囲気とか、そういう愛嬌によるものだと思う。

 不思議な事に、毒気を抜かれてしまうんだ。

 彼女をきちんと叱っているママさんは、やっぱり特別で、親なんだなあと感じさせられる。

 なんだか、ちょっとしたキッカケで、彼女を町から遠ざけてしまっていた事が、申し訳なくなってきた。

 実際、俺が連れ去ったようなものだしな…。

 この町の活気が無くなっていた事にも、少しは関係しているかもしれない。

 …しかし予定とは違う展開になったが、これで当初の目的は達成している。

 避けられ気味だったうちの店の前で、なんだか良い雰囲気が出来ていた。

 その要因であるローナとママさんが、こちらに歩いてきているので、うちの店と関係がある事も伝わっているはずだ。

 どこかの信用出来ない余所者って訳では無い。

 それが伝わりさえすれば…と、考えるのは甘いか。

 世間話を始めたマリー達の横で、周りの様子を伺い見る。

 しかしどうにも、もう一押し…そんな反応だ。

 やはりタイミングだろうか。

 環境の変化にかこつけて、悪どい商売をしに来た奴らと言う可能性を、拭い切れていないのか?

 この雰囲気なら、そのうち馴染むとは思うが…出来れば一気に――。

「あんたも! ちゃんとこの子躾けてくれなきゃ困るよ。ずーっとぐうたらさせとくつもりかい!」

「え!? す、すみません」

「翔様はぁ、優しいからねぇ~」

「いやいや、お兄さんは優しくないですよ」

「ええ…」

「うん? と言うかローナ、あれだけ王子様王子様ーって夢みたいな事言ってたのに、そう呼んで無いのかい? 絶対そう呼ぶんだとか、言ってただろう」

「んー? まぁ…。もしかしたらぁ、翔君はうちの王子様にはぁ…なってくれないかもしれないのでぇ」

「……はあ゛?」

 ひっぃいいいいい。

 ママさんの鋭い眼光が飛んできた。

 ドス効いてる。めっちゃ効いてる。

 いや、ローナは本当の事しか言っていない。

 知らなかったとはいえ、あれはやっぱり俺が軽率で…でも怖い!

 あの戦闘を目の当たりにした後だから、なおさら怖い!

「あ、あのっ。すみません、それは私がお兄さんに」

「ま、待って待ってマリー。ええと…その件なんですけど……」

 待て。

 流れのままに続いてしまっているが、この話ってここで続けて大丈夫か?

 こう、結婚詐欺師とか、ローナを誑かしたとんでもない奴の店、みたいな噂にでもなってしまったら…。

「それで?」

「ええ…と」

 ここは、一度店へ案内して、腰を落ち着けて貰おう。

 勘違いの無い様に、ママさんにきちんと話せば、わかって貰える…はずだ。

 少なくとも、人がこれだけ残っている中で、話すのは良くない。

 そう判断した時だった。

「よ、良かった! 無事会えました!」

 良く通る、男性の声が響いた。

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