ようこそ丸猫屋二号店!
大きなトラブルも無く、準備は順調に進み…。
ついに今日、新たなスタートを切る事になる!
「翔…さん」
「ありがとう。……これでよし、と」
「なんだか、懐かしい気分になりますね」
「何だかんだで、看板掛けるのも二年振りだもんなあ」
この世界に来てからで考えると、もう三年以上経っている。
それで、やっと二店舗目だ。
でもここまでは、かなり寄り道が多かった。
ここからは、どんどん店を拡大できると信じたい。
「あたしはこういうの自体初めてだから、すっごく新鮮だよ!」
「うちもー初めてかなぁ?」
イエローは、各地を飛び回っていたみたいだし、色々と経験してそうだけど、こういう何かを立ち上げるような事は初って感じかな。
ローナは…本店の時も居たはずなんだが、寝てたっけ…?
本人すら疑問形みたいだし、本当、いいかげんだ。
「さあ、いよいよこの店もスタートだ。いつもので行くよ。じゃあマリー」
「は…えええ私ですか!?」
「そうだよ。なんでも経験していって貰わないと」
だって、マリーにはこれから、今日と同じように店を増やしていって貰うんだから。
時には、俺とは別の場所で……。
「む…」
マリーが、何かを読み取ったかのように少し膨れる。
また見透かされてしまったのだろうか?
でも、結局俺とマリーが、この組織のツートップである限り、ずっと今回のように、一緒と言う訳にはいかないんだよな。それでは効率が悪すぎる。
このままなら、きっとまた、別れて行動する時が来てしまう。
「ほら、他のお店はもう開いてる時間だよ?」
「わかってますよ…」
マリーが佇まいを直し、皆の方へ向き直る。
少し、ドキリとした。
彼女の落ち着いた表情。そして大人びた姿を見ると、どうしても動揺を感じてしまう。
「では、お願いします…。いらっしゃい! ようこそ丸猫屋へ!」
「「いらっしゃい! ようこそ丸猫屋へ!」」
皆で揃って行う、開店の挨拶。
やたらと厳しかった元の世界と違って、ここでは元気な声、おっとりした声、皆バラバラだ。
でもこれで良いと思う。だってきっと、やる気は皆一緒だから。
石の町での営業が、いよいよ始まった。
そんな日の昼下がり…。
「…お兄さん」
「うん?」
俺は、今度実行に移す予定の、とある計画をまとめていた。
資金繰りが難しいんだよな…。
「翔さん、これ…」
「ああ。ありがとうアンシア、ちょうど欲しかったんだ」
アンシアは王都での一年で、本当に上手く助けてくれるようになったなあ。
必要な時に、必要な資料を用意してくれる。
「…お兄さん!」
「うんうん。どうしたのマリー」
「ど、どうしたのじゃないですよ。良いんですかこれで!」
「良くは無いけど、想定内って感じかな」
「色々おかしいですよね!?」
今日は、この丸猫屋二号店の開店日だ。
オープン初日。
本来なら、オープニングセールがどうのだとかで、とにかく忙しくて堪らない日である。
が…それも元の世界ではの話。
「良いんですかこんなにお客さんが居なくて!」
「こんなもんじゃないの? あたしも行商してた時、売れる事なんてほとんど無かったよー」
「それとこれとは違います!」
「なんか…やっぱりマリーが元気だと安心するね」
「そう…かもです」
マリーを余所に、他の面々は笑っていた。
「お兄さんはいきなり何言ってますか!」
「マリー、不安なのはわかるけど落ち着いて。最近まで見ていた本店と、比べてしまうのかもしれないけど、ある程度は仕方ないよ」
「わ、わかってはいますけど…!」
もともと、わかっていた事だ。
苦しい生活が続いて、それなのに変わるきっかけを取り上げられてきた。
そんなこの国の人は、どうにも変化を嫌う。
国が介入し、こっそり助けていたせいで、何とかなってしまっていた事も、それに拍車をかけている。
「それに、タイミングも悪かった」
「あの騎士隊だよね…」
「うん」
あの変化を受けて、何かが起こるかもしれないと、町の人達は警戒を強めてしまっている。
元々、余所者が受け入れられにくい風土の町だ。
このタイミングで出店したうちの店は、まさに怪しさ絶大である。
でも…ずっとこのままになるとは思えないし、そうなるつもりも無い。
「切っ掛けさえあれば、あとは普通の商売競争になるよ」
「お兄さん。そうは言いますけどね…」
マリーは言いながら首を回し、とある方向を伺い見る。
次いで、それに習って全員の視線が向いた先には……店の隅で丸くなっているローナの姿があった。
ローナにしては目立たない…いや、狭い店内だし、普通にわかるんだけどね。
それでも、前は堂々と展示台とかで寝ていた事を考えれば、ずいぶんと控えめだ。
ローナなりに、居辛さを感じているんだろう。
それでもお店で眠れるのは、凄いなと思うけど…。
やる気は皆同じ…だよな?
相変わらずやる事はやってるし。
「…なんか陽当たり悪くて寒そうにしてるし、とりあえず布団掛けとこうかな」
「いや、起こしてくださいよ」
「王都では、あんまり一緒に居なかったから知らなかったけど、ローナちゃん猫みたいだねー」
「わたし、持って…きますね」
この二号店。
町の人達に受け入れられる鍵は、間違いなくこのローナだ。
彼女の母親は、この町における市場の総括者。
当然この町の人は、彼女自身の事も見知っている。
ちょっと入ってみようと思わせるには、彼女が表に立つと、とても有効なはずだ。
その為にも、さすがにそろそろ、母親のところに出向かせないといけないな。準備期間中も、頑なに譲らず、見つからないようにコソコソしていた。
俺はそんな事を考え、具体的な方法を模索し始めていた。




