宣伝の意味3
俺は、あれから毎日、宣伝活動を続けていた。
ほとんどの人に、訝しげな目を向けられたし、わざわざ距離を開けられてしまうこともあった。
中には話を聞いてくれる人も居たが、実際の商品は市場の方でと伝えると、なぜここにない物を宣伝するのかと呆れられた。
俺がやっているのは、ここでは異質なことだった。
目に見えて効果があったと言える人なんて、正直なところいないと言っていい。
でも、それで構わなかった。
宣伝や広告と言うものは、元々そういうものだからだ。
「それで、お兄さん? お兄さんの考えによる成果は、いつごろ現れるんです?」
「えっと、ちゃんとそれについては説明したよね?」
「確かにそうですけど……目に見えた結果が無いと、疑いたくもなりますよ」
ここの所、良くも悪くも平和な日々が続いていた。
全く売れないわけでも無ければ、目に見えて売れている数が増えたわけでもない。
このままなら、以前と同じでそのうちジリ貧になるペースだ。
マリーが以前に言っていた通り、呼びかけをした程度で、買う気の無かった人が、急に立ち寄って買ったりしてくれる程甘くは無いんだ。
でも俺だって、そんな夢みたいな見込みをしていたわけじゃない。
宣伝というのは、そんな直接的なこと以外にも、多くの意味があるんだ。
とは言ったものの、そろそろ宣伝を始めて3週間くらい経つ。そしてこの村と、他の町との行き来にかかるのが約2、3日だ。
運が良ければ、成果が出ても良い頃だ。とても小さい、一粒の成果が……。
「あっ、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
そんなことを考えていたら、店に人影が差した。そこそこ鍛えているっぽい、背の高い男性のお客さんだ。
それとマリー、まだ納得がいかないのはわかるけど、笑顔が足りないぞ。
男性客は、ゆっくりと武器を眺めている。そしてしばらくたった後、ポツリとつぶやいた。
「ふうん……思ってたより良いな」
思っていたより良いな? これはもしかすると……ついに来たかもしれない。
「何かお探しでしたか?」
「ちょっ、お兄さんまた無闇に声をかけてっ……!」
小声でマリーから指摘を受けるが、俺はかまわず続ける。ここは確認を取っておきたい。ごめんマリー。
「ん? いや別に。まあ少し小耳に挟んだもんでね。ちょっと寄ってみたんだよ」
「なるほど。期待に添える物はありましたか?」
「ほんの気まぐれだったが、まあ悪くないな。今日は持ち合わせがないから、また寄った時にでも、よく見させてもらうよ」
「それは良かった。是非お願いします。お待ちしていますね」
男性客は、商品の物色もそこそこに、店から立ち去って行った。
そして、これはおそらくだが……ビンゴだ。とうとう狙っていた成果が、この作戦の芽が出てきた。
俺のやっていた宣伝の一番の狙い。それはすぐ買ってくれる人を誘導することじゃない。この店を知っている人を増やすことだ。
今回の客は、言い分からして、おそらく店に来るのは初めてだった。
でも、最初からこの店の存在を知っていて、意識的にここへ寄ってくれた。
どこでこの店を知ってくれたのかはわからない。俺が宣伝した人の家族なのかもしれない。実は俺のやったことと関係ないかもしれない。
でもそれでもいい。
3週間で一人、それも買って貰えたわけじゃない。とてつもなく効率の悪い成果に思えるかもしれないが、これは非常に大きな成果だ。
広告を打つことで、直接の購入につながる割合は、どのくらいだと思っている人が多いだろうか。
その内容やら、読んだ相手やらで全然結果が違うので、結局すべてにおいてこれという答えは無い。でも、おおよそ言われている答えがある。
それは、直接の客数への影響が、広告を打った対象の数%にも満たないということだ。
じゃあなぜ、多くの企業が広告を打つのか。あえて簡単に言い表すとすれば、それは刷り込みの為だ。
例えば、どこかの誰かが、ある商品の広告を見たとする。
でもほとんどは、その商品に興味が無い人だ。興味がある人も、買うほどでは無かったりする。他にも様々な理由で、広告は即売り上げには繋がらないことが多い。
広告は興味を持って貰うために、レイアウトを考え、工夫し、試行錯誤を重ねて作られている。だけど、それだけで興味のない人が、買いに行こうと思ってくれる程甘くは無い。
でも、広告を打たないのとは大きな違いがある。
それは、自分が興味の無い商品を置いている店を、広告を見た人が知ったということだ。これが非常に大きいんだ。
今興味が無くても、いつか必要になるかもしれない。
すると、それまで興味が無かったからこそ、偶然知っていた広告の店に、来店してくれる人がほんの少し居る。
少しだけ興味があった人が、以前広告で見た店を基準に、他と比べてくれるかもしれない。他にいい店が見つかれば、当然その店に行ってしまうが、大して差が無かった時に、基準にしていた店に親近感を感じ、来店してくれる人がほんの少し居る。
どれも本当に一部の該当する人が居るという話で、大きな効果が見込めるわけじゃない。すべてを解決できるような魔法じゃない。
でも客を“1”増やせる。そういう話だ。
よし、不安もあったが、こうして結果と言える来客を得られたんだから上出来だ。
この、店を知る人が増えるというのは、マリーみたいな高級品を扱う所ほど効果が期待できる。ほんの一人の客、一つの購入による収入が大きいからだ。
まして、マリーの店は、もともと少人数の常連客でもっていた店だ。
じゃあほんの一人、二人常連客を意図的に増やせればどうだ。
それだけで、このジリ貧な状況は解決されると言っていい。
きっとこの程度のことくらい、やれば成果が出るかもと思ってる人も、ここの市場には居るに違いない。
でも、どこも一人で切り盛りしている様子の店ばかりで、そんな人手がない。
これは、俺という人手が増えたおかげで、無駄に店員が二人いるうちだからこそできたことだ。
「マリー、きっとこれから、さっきみたいに興味を持って店に来てくれる人が増えるよ。これで上手くいけば、生活に困ることなんて当面は無くなると思う!」
「……そうですね! そうなれば誰かさんのせいで、きびしー家計も余裕ができて、万々歳です」
「うわ、それを言ってしまいますかー」
「いやあ、これで私も一安心ですよー」
俺はマリーと、笑顔で冗談を交し合う。そうするだけの精神的な余裕ができたんだ。
自分のすることが、実際にどういう効果をもたらすものなのか、それを知っている。自分の行動に確信を持てる。
これはやっぱり大きい。
これでいけるのだろうかと、疑問を持ちながら何かをするのとはわけが違う。
現代知識、莫大な調査結果や数値による根拠の賜物だ。知識チート最高!
俺は正直、調子に乗っていた。自分の考え通りに、立て続けに事が運び、やはり異世界転生したからにはこうでなくては、なんて思っていた。
だからなのかも知れない。
すぐ隣に居るマリーが、隠れて不安な表情をしていること。
もうかなり前から、アンシアが心配そうな視線を向けていること。
市場の雰囲気が、最初の頃の閑散とした冷たいものとは、少し違ってきていること。
冷静であれば、いつもの自分であれば気付けたはずの変化に、俺はこの時、全く気付いていなかったんだ。




