久々の町へ
何かを始める時は、一番時間のかかる事からスタートさせておかないといけない。
並行して出来ない事なら、その限りでは無いが、これは鉄則だろう。
今回の場合は、やはり建物の手配からだと思う。
その後、流通経路の確保や、仕入れの準備なんかを合わせて進めていく。
…とまあ。
それは実際に、店を出せると決まってからの話。
「ローナ。じゃあ行くね…?」
「んー…」
俺達は、ローナの実家前に来ていた。
ローナは、一応ここまで付いてきたが、やはり嫌なものは嫌らしい。
まるで、駄々っ子を連れまわしているかのような状態だが…。実際は今のメンバーで、俺の次に年上のはずなんだよなあ。
「ごめんくださーい」
そうは言ってもここまで来た以上、さっさと行く他無い。
俺は店の扉を開け、中へと入る。
「いらっしゃ…ん? あんたは…」
「ご無沙汰しています。以前は少々、お騒がせしてしまって…」
「ああやっぱり。もう一年以上経つかねえ…。隣の子は、あの時の女の子かい? 綺麗になってまあ」
「お、お久しぶりですっ」
マリーが、慌てた様子で返答した。
ここだけ見ると、まさに礼儀正しい淑女と言った風だ。
あ、やばい。何か感じ取られたのか、また睨まれている。
「うんうん。それで…だよあんたたち」
「は、はい」
「うちの馬鹿娘、知らないかい?」
「「………」」
俺とマリーは、揃って冷や汗を流していた。
ローナは今、すぐそこでイエローやアンシアと共に居るはずだ。
とりあえずと言う事で、俺達二人だけが先に入ったんだけど…。
見える。
当たり前だけど、静かに怒っているのが見える。
本当に、何も言わずに出てきてたらしい。確かに厳しそうなお母さんだけど、それは駄目だろう…。
そして、俺達の無言は、ある意味肯定したに等しい。
「はぁ。知ってるんだね……ったく。それならいいよ」
「え。あの…それだけ、なんですか……?」
マリーが驚きを隠さず、そう声を漏らす。
彼女も家族と離れて暮らしているし、苦労もしている。意外だったんだろう。
でも、この人だってちゃんと心配している。
俺達が知っている。つまり元気ならいいよって事だ。姿を現しづらいって事も、わかってるんだろう。
それともローナが、諦められてると取るべきか…。
この会話も、外に居るローナは聞いているはずだ。
入るなら、今だと思うんだが…来る様子は無いな。
「で、あんたたち。改めてうちに来たって事は…用があるんだろう?」
「あ、はい。以前に伺った件です。…この町で、新しく店を出させていただきたいので、ご挨拶に来ました」
「なるほど。そんなら、あの時言った事は覚えてるね?」
「……勘違いでなければ」
あれ…だろう。うん。
「お兄さん。無理はしないで下さいよ?」
「あ、やっぱりそういう感じ?」
「うちの馬鹿娘が居ないからね。仕方ないから…相手しようかね」
喧嘩上等とでも言うように、拳をもう片方の手のひらへ打ち込む、ローナのお母様の姿が見えた。
時折俺の前に立ちはだかる戦闘イベントは、本当に何なのだろうか。
どうかご勘弁願いたいのだが、やるしかないんだろうなあ…。
「ってまたいきなり!?」
俺はとっさに向かってくる拳を躱し、横へと動く。そして慌てて、再度距離を詰め直した。
魔術を使うかもしれない相手に、距離を取るのは危険だ。近くももちろん危ないが、距離があると、生身でどうにもできない魔術を喰らいやすい。
俺だって、初めてここへ来た時と、全く同じと言う訳では無いんだ。あの頃と同じに見られる訳にはいかない。
もっとも、ここは屋内だし狭い。周りごと巻き込むような魔術は飛んでこないはずだが…。
というより、そんな心配は杞憂だったのかもしれない。
この人…ローナ同様、完全に肉体派なんじゃないのか!?
まさに親子といった感じで、とてつもない身体能力の拳が飛んでくる。
そして、ローナレベルと言う事は…当然俺にどうこう出来るレベルでは無いって事。
上手く力をいなし、突いてきた腕ごと、力の方向を上へ下へと放る。しかし、それ自体は成功していても、その後のリカバリーレベルがおかしい。明らかに普通の人間には出来ない動きが混ざってくる。
魔術が使えるかの差は、やはり大きい。
さらに、気にかかる事が一つ。
また、俺自身がおかしい。これはもう、勘違いなんかじゃない。
以前にも、同じ感覚があった。王都での許可証取得試験の時だ。
あの時、なぜか微妙に自分の身体が速く動いた。
それによって、調整に手間取ったのを覚えている。
そして、今はその逆だ。
身体が思ったよりも動かない。
実は、村に戻ってすぐに、これは感じていた。
王都でも毎日鍛錬は続けていたが、その時よりも動きづらいのだ。
比べる対象が村だけでは、単に自分の体調などのせいかもしれなかった。
でも今現在、村よりもさらに動きづらく感じている。
体調は変わりないはずなのに、何と言うか…そう。
まるで、力の総量が変わってしまった様な、自分ではどうしようもない感じ。
これは…。
俺が微調整している間も、向こうは待ってくれない。
今までで一番の拳を、俺が前進しながら躱し、接敵したところで…。
「まあ…いいだろう」
「え…あ、はい。ありがとうございました」
今回の戦闘イベントは、ここまでとなったようだ。
そ、そうか。実力を見るだけだもんな。
最近は訓練以外、やばい戦闘ばかりだったから、少し気が抜けてしまった。
「あんたがどれくらい動けるかは把握したよ。まあ、勝手にやりな」
「はい。場所とかは…」
「この市場のエリアなら、どこでもいいよ」
「わかりました」
この辺りは、元の世界の厳しい土地管理とは違うな。
「でも、せいぜい頑張りなよ」
「と、言いますと?」
「ここ一年で、さらに厳しい世の中になったしね…。どんな店にせよ、余所のやつには大変だろうさ」
なるほど。
以前来た時にも、この町で、新しい店が受け入れられるかはわからないと、警告してくれていた。
すぐ隣の村で、かなり画期的な俺達の店が出来たはずなのに、その情報も知らないようだ。
まさに、閉鎖状態。
でも、それももうすぐ終わる。もしかしたら、俺達の2号店が始まるより早いかもしれない。
王都からの連絡が各村や町に回れば、商売と言う物が、この世界に戻ってくる。
「大丈夫です」
俺達は元々、そういう状況を改善する為に、この町へ来たんですから。
まあ、これを言ったら不審がられるだけだし、宣言は出来ないけど。
だから、こういう時は当たり障りなく。
「少しでも、この町に貢献出来るよう、頑張りますね」
「…はあ?」
俺達は、それだけ言い残して、ローナの実家を後にした。
外で皆と合流し、俺は、ふとメルを見つめる。
店の事とは別に、気になった俺の身体の事。
そして、この前メルが言っていた事。
メルが、商売の神らしいと言う事。
「どうしたのだ?」
「…いや」
俺は、そのまま次の目的地へと歩き始める。
マリーは、ローナに母親と会わなくていいのか問い詰めているけど、多分もう、このタイミングでは行かないだろう。
なんで無理に行かせないかって…?
ローナを無理やり連れて行くなんて、無理だからね。戦闘力的な意味で。
これからしばらくこの町に居るんだから、近いうちに説得して、行かせるとしよう。
もしかしたら。
もしかしたらだけど、俺の力について、わかったかもしれない。
それを確信に変える為にも、まずは丸猫屋2号店を、成功させないといけないな!




