宣伝の意味2
相変わらず、俺は夢を見続けている。
勇者が、黒い何かの塊とぶつかっている夢。
けれども結局、塊に一度喰われ、命を落とす夢。
いつもの夢。
最初のうちは、そこだ負けるなと勇者を応援していた。けれど最近は、意識してあまり見ないようにしていた。だってそうだろう? いつもいつも、寝るたびに人が死ぬ夢を見せられてみろ。正直気が参ってしまうというものだ。そうはいっても実際には、夢の中のせいなのか、目を閉じたりはできない。だからどうしても、その光景を眠るたびに見ることになる。ただそれでも、できる限りはその光景を認識しないようにしていた。
きっとそのせいだと思う。俺はこの時まだ、気が付いていなかった。
これがいつもの夢であっても、同じ夢では無くなっているということに。
いつもと変わらない、閑散とした市場に、今日俺の姿は無い。ではどこにいるのかと言えば、先日買った大きな布を、新しく旗の状態にした物を持ち、この村の入り口から、宿屋までをつなぐ道に立っていた。この道は村のメインストリートで、ここへ立ち寄る人のほとんどがこの道を通る。
「市場で剣や防具、その他金物を売ってます! そこらでは見られない、ちょっとした業物もありますよ! 是非見るだけでも、立ち寄ってみて下さい!」
そこで俺は、店の宣伝活動を行っていた。身近な物で言うと、広告やチラシの代わりだ。元の世界じゃ、こういう呼び込みの宣伝活動はあまりしないからな。
そう、俺が次の段階として選んだ方法は、この宣伝活動だ。もっと売れるためのアイデア商品を作ったり、難しいことをすると思われていたかもしれない。実際これを言った時、マリーにはまた、何言ってるんだこいつと言わんばかりの、ジト目で見つめられてしまった。だが、なぜだろう? 初めの頃は、あのジト目で見られると居心地が悪くなっていたのに、最近はどこか快感にも似た何かゲフンゲフン!
当然だけど、これには理由がある。それにそもそも、そんな大層なことをする必要は無いんだ。だってマリーの店には、常連が付くほどの優れた商品が、すでに存在している。そして、この前までのセールで作った元手を利用して、一番売れ筋だという新作を数本増やしてもらった。ストスさんは、今もなお腕を上げ続ける名工らしい。
さて、この行動に至った判断材料、つまりこの村の背景についてだ。まずそもそも、この村のお客のメイン層は、町から町への道中に立ち寄る人たちなんだそうだ。この村から一番近い町が、歩きで約2日ほど、もう一方が3日かかるらしい。そういう立地なら、もっと人がいてもいいのにと俺は思った。でもここからが問題で、なんでもマリーがうんと小さい頃、町から町へ繋がる道が、もう一本通ってしまったらしい。しかもそちらの道を使えば、4日で町から町へ行けてしまうんだそうだ。道中が一日短縮される格好になる。元々は、お国が物資を運搬するのに、少しでも短縮するため作った運搬路だそうだ。それからと言うもの、この村を経由するルートは、迂回路のような位置づけになってしまった。その時点で村に見切りをつけ、何だったら村ごと移動をとも思ったが、そんな簡単な話ではないらしい。まあ俺が知り得ているだけでも、神樹様のこととかがあるし、そう単純にはいかないよな。そんな背景の中、それでもこれまで、この村がやってこれたのは、迂回といえど、一度の道中にかかる日数が少ないからだった。長期に保存が効く食材も数は少なく、そもそも大量に持とうと思えば、荷物がかさばる。旅がきつくなるし、そもそもかかる日数は、動くペースによっても異なる。人によっては村を経由する選択を取ることも、充分あり得るというわけだ。
ここまでが村の背景。そしてここから本題だ。
まず大きいのは、お客のほとんどが、この村を拠点にはしておらず、旅の途中だということだ。すると何が言えるのか? それは至極単純、余分なお金を多く持っている人が少ないということ。どちらかの町に拠点がある人、もしくは両方の町に拠点がある人も居るのかもしれない。でも何にせよ、道中に必要な分以外のお金を、わざわざ持ち歩くはずがない。さらにマリーの店に関して言えば、売っている商品のメインが武器だ。拠点があるのに、特に理由もなく道中の村で、武器を新調する人が多いはずもなかった。荷物になるし、商品の額もそこそこする。ほとんど常連にしか売れていかないのも、店が傾くのも当然と言えた。だけどそれでも、常連が付くほどの商品がある。これが大きな希望だ。
「よし……人も引いたし、店へ戻ろう」
俺は旗を棒へ巻き付け、肩に担いでマリーの所へ戻る。
市場の方も、道の方も、人が多いのは朝と夕方だ。最初は、よくある時間ごとの客足増減と真逆だなと思ったけど、旅の道中の人が、昼過ぎとかにたくさん市場に居るわけがない。日中は移動をする為に使い、この村を立ち寄り場所としている人がほとんどだからだ。ここではそうなるのが、当然だったというわけだな。
そしてそんな中、店を立て直すために俺が選んだのが、宣伝だったわけだけど……。
「マリー、ただいま!」
「ああ、お兄さん」
普段と変わらず、特に忙しそうでもないマリーが、こちらに視線を向ける。
「そんな面白くなさそうな顔しないでよ。スマイルスマイル」
「それ、先日の勉強会の時も言ってましたけど、必要なんですか? 何もないのに笑っている人が店をやっていたら、正直怖いと思うんですけど」
「そ、そんなこと無いってば。笑顔を向けられれば、心が温まるし、いい気分になれば商品を買おうかという気もしてくる。それになにより、お客さんの為になるしね」
「それですよ!」
急にぐいっと顔を突き出してきたマリーが、なぜか心配するような表情でこちらを見上げていた。
「お兄さん、そのお客さんの為にって、何なんですか? そりゃあ、お父さんの武器を喜んでもらえるのは、私だって嬉しいです。でも、これは商売です。生きるためにやってるんですよ。わかってます?」
「もちろんわかってるよ。だからこそ、売りを伸ばすために、今日から新しいことも始めたじゃない?」
「それについても、正直、買ってくれるかもしれない人は、最初から市場に立ち寄りますし、意味が無いと思ったりもしてますが……聞いてて怖い時があるんですよ。基本は理由や筋道がしっかりしていて、聞いていてわかりやすいのに、唐突に全く利益にならないようなことを、当たり前のように話す時があるんですよ」
「い、いやいや、接客についてしかまだ教えてないし、そりゃあまだ理由がわからないこともあったかもしれないけど、お客さんの為に何かをするのは、全部意味があるし、巡りまわってこちらの利益にも結び付くんだよ」
「本当ですかー?」
もちろん本当だ。だって、商売の基本はお客様第一、お客様あっての店舗経営なんだから……そのはず……。
しかしここで、俺の脳内で唐突に思い出される映像があった。
お客様はああああああああああああ! 神様でえええええええええええええす!
はぁい!!
お客様はああああああああああああ! 神様でえええええええええええええす!
声がああああああああああ小さいんだよおおおおおおおおお!
もう一度ぉおおおおおお!
はい!! ありがとうございます!!
お客様はあああああああああ――――――
「お兄さん! お兄さん!?」
「うお、びっくりした!」
唐突に身体が揺さぶられるのを感じ、俺はビクリと跳び上がった。
「びっくりしたのはこっちですよ……。急に死んだような目になって、反応しなくなるんですもん」
一瞬意識がとんでいたのか? 俺は一体何を……まあいいか。
「ごめんごめん。えっと、何の話だっけ?」
「……とりあえず聞きたいのは、お兄さんがやっていたことの意味ですよ。今日だって、特にお客さんが増えたりとかは無かったですよ?」
「まあ、そんなもんだとは思うよ」
「えっ……じゃあなんで、そんな目立つことしてきたんですか……」
「まあまあ、きっと効果も出てくるからさ。そうしたら納得できるって。あ、もちろん説明もするよ。なんだったら今晩」
「もう夜通しの勉強会はしないって、私言いましたよね?」
「はい」
怖い。笑顔の向こうに禍々しい何かが見える。
マリーには、あの勉強会の後散々釘を刺されて、教えるにしても一定のペースで少しずつということになっていた。さらにしばらくは休みにされてしまって、またしても説明が後手後手になってしまっている。加えてここには、筆記用具やテキスト、マニュアルがあるわけじゃないから、説明もやり辛いし、効率が悪いんだよな。俺が教え漏らしてしまうことも、当然あるし……。
「まあ、少しずつ教えていくよ。気になる所があったら聞いて。そこから教えるからさ」
「そうして下さい」
さて、一応これだと決めて動き始めたけど、効果が出てくれるかは結局わからない。もともと、これはある程度長期戦になると見越していたし、その為に、わざわざ先に元手も作って余裕を持たせた。
できる限り、早く芽が出てくれよ……。