王都の生活も落ち着いて
ここでの生活もすっかり馴染んだ。
まずは、一番の目的だった流通関連の事だ。
ロア君を筆頭にして、これからやっていける体制は、何とか整ったと思う。今では人手も少し増え、元々居たサボりがちだった人達も、しっかりと仕事に取り組んでいた。
何やら、女王様率いる勢力と、貴族間で色々あったらしいが…俺のあずかり知れるところでは無かった。これからも、この国は少しずつ変わっていくに違いない。
流通が断片化している状態については、まだその制限を解いていない。
本当は、早く商人の活動を自由にして、自然な流れに戻していくべきだと思う。
でもこれに関しては、もう少し待ってほしいと言う返答があった。どうやらこの状況には、ただ流通の面だけを気にして、その場凌ぎをした訳では無いらしい。まだ何か、理由がありそうだ。
とは言っても、いつまでもこのままと言う訳にはいかない。
半年もしないうちに、行商の免許制が撤去されるようだ。
もうその時に俺は居ないし、後は頑張ってもらうしかない。
俺の知っている限りの、価格変動絡みに関する知識は伝えた。税金の絡みについてなんかも教えたな。
ここに足りていなかったのは、こういう知識だけだし、後はロア君達が上手くやってくれると信じよう。これまで接してきた感じだと、彼も結構、なんだかんだで優秀だ。
それに、アンシアに思いを伝えたいなら、この国を立て直してからだって発破もかけておいたしね。
実は鎌掛け程度の軽口だったのだけど、それはもう気合いも入った様だった。
まあアンシアを想うのは自由だ。けど本人がどう思うかは知らないし、俺もそれだけで君を認める訳にはいかないな。
次に、レジシステムの研究についてだ。
ローナの提案通り、国からの使者が、石の町のナンさんに声を掛けに行った。そして、初めは拒否していたらしいのだが、待遇その他詳しい話をしてみたところ…意見をころりと変え、王都へと飛んで来たらしい。いつの間にか、我が物顔で研究室に居て驚いた。
そこからは、すさまじい勢いで開発に取り組んでくれたらしく、もうすぐ形になりそうだと言う。研究員のユニスさんが驚愕していた。
このシステムを、この世界で普及できるかと言う問題もあるから、まだ安心はできない。
この世界における魔術は、まだまだ研究段階で、こういう術式を理解できる人は本当に貴重なんだそうだ。ここで開発を依頼する機会を得られて、本当に良かったと思う。
…そして、俺はこっそりと、遠距離通信機器についても、ナンさんに話をして来てある。当時の反応からして、きっとそちらも手掛けてくれるだろう。
元々の契約で交していたのは、レジシステムの方だけだ。だから正直、今国に雇われているナンさんに、この話をしたのはグレーっぽいんだけど…。
まあナンさんも、雇われたのはレジシステム開発に関してだろうし、その後の話なら…いいよね。
と言うより、チャンスを逃したくない。
無いなら無いなりにやるしかと思っていたけど、チェーン展開するなら、遠距離通信手段は当然欲しい。
この国の発展にも繋がるし、許されたいところだ。
他にも、小さなあれこれはあったが…概ね順調に、この城での仕事は果たせたと思う。これから実際に国を改革し、維持していかなければならないのはロア君達なんだし、俺がここでしたのは、本当に大した事では無かった。元の世界の知識を、ただ落とし込んできただけだからだ。
でも、だからと言って、俺が楽な道へ進む訳では無い。俺にも自分で考え、手探りしていかないといけない、自分の戦いが待っているんだ。
俺達は今、何度目かになる女王様との謁見をしていた。
「翔さん。あなたの助力のおかげで、これからの算段が付きました。今日まで、ありがとうございました」
「いえ。少しでもお役にたてたなら、幸いです女王様」
なんだか、ここ一年足らずの間に、女王様は少し力が抜けたかな。良い意味で、リラックスしているように見える。
「これからの動きは、打ち合わせの通りに」
「はい。と言っても、何が起こるか分かりませんから。後の事は、ロア君に任せます」
「…一つ、お伝えしておきます」
「…? なんでしょうか」
「私はあなたに、内情を伝え、助力を願いました。しかし、すべての内情を、打ち明けた訳ではありません」
「それは、仕方の無い事ですよ」
さすがに、そのくらいの理解はある。
「はい。なので…」
女王様は、やけに神妙な顔で続けた。
「これから先、常に細心の注意を払う様にしてください」
「それは…どういった意味で……と、聞いて答えられるなら、こんな言い方はしませんよね。わかりました」
何ともありがたいようで、怖い助言だ。
そりゃあ、俺が本当に頑張らないといけないのはここからだし、注意はしていくつもりでいる。でも、そういう事とは、別の意味っぽい感じだよな…。
「それから…これは、後付けで申し訳ないのですが…」
「はい」
「翔さんは、一部とはいえ、国の内情を知ってしまっています。よって、こちらから一人…遣いをあなたに付ける事になります」
「それは…初耳ですね」
「申し訳――」
「いえ、それ以上は言わなくて良いですよ。仕方の無い事だと思います」
確かにな。
国の財務に関する事に携わってから、そこを離れてすぐ、さあ大規模に商売やるぞって言うんだ。普通に考えて、俺がこの後、不当に稼ぎに稼いでもおかしくは無い。もっとシンプルに、情報を売ってしまう可能性だってある。
これはむしろ、しっかり管理としていると、安心していいだろう。
「代わりにそちらへ付くのは、翔さんの負担にならない…者だと思いますから」
「微妙に歯切れが悪いですけど…その言い方だと、俺が知っている方ですか」
「そうなります」
誰だろうか。
それなりに長くいたし、兵士の人達や、ロア君達経由で貴族の人達とも、少しは知り合いになった。そこまで親しいという人は、そんなに居ないけどな。
「その者ですが…その…少々到着が遅れていまして。後から、追いかけると思います。あの砦そばの、神樹の村へ向かわれるのですよね」
「そうなりますね。それなら、いつになるのかわかりませんし、万が一、その村を離れる時は、行き先をそこの誰かに、伝えておくようにします」
「はい。お気遣い、感謝します」
そんな対話をしている時だった。
何やら召使いのような人が、女王様の横まで来て、耳打ちを始める。
忙しいだろうし、いつまでも俺が時間を取る訳にもいかないかな。
「じゃあ、アンシアもメルも、荷物はまとめてあるよね」
「はい…。とくに、何もないですけど…」
「そうだよね。あー…ローナはー」
「先程、またどこぞの貴族に捕まったままじゃな」
「まだ来てないんだね…」
ローナは、ここのところいつもと言って良いくらいに…誰かから交際を申し込まれていた。例の隣国の王子様をかわきりに、もう両手で数えられない数の告白を受けているのだ。
ただし、本人はどこ吹く風で、今も変わらずふわふわしている。そんな他に類を見ない雰囲気が、ツボに刺さるらしい。
店に居た頃の、視線の集め具合と言い、彼女は常にチャームの魔術でも使っているのではないか?
最近はそんな風に思えてきた。
現状、やっている事は魔性の女のそれだ。
…とにかく、合流して出発しよう。
「女王様、では俺たちはこれで」
「あ…失礼しました。それでは、また機会のある時に、お会いしましょう。…くれぐれもお気をつけて」
「…わかりました。そちらも、ますますの発展を祈っています」
俺たちは、女王様に別れを告げ、その場を去った。
これから…俺達は約1年振りに、懐かしの村へと出発する。




