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アンシアのお願い2

 俺とアンシアは、城から抜け出し、城下町までやってきていた。

「翔さん。これ…とか、前に回った時は、無かった…ですよね」

「そうだね。極わずかではあるけど、置かれている商品の変更はしてるみたいだ」

 そんな俺達が何をしているかと言えば…こんなタイミングだと言うのに、再び市場調査めいた事をしていた。良く言えば、ウインドウショッピングや散歩と言えない事も無いが、交わしている会話は、まさしく調査のそれだ。

 もちろん、さすがに俺が始めた訳では無い。アンシアの方が、ゆっくりと市場を回り始めたのだ。

 こんな時くらい、いわゆる気晴らしになる事をさせてあげたいとは思う。でも、困った事にこの町には、娯楽施設の類が無い。

 加えて、考えてみれば休日を導入し、村の人達が時間のつぶし方を見つけていた中、アンシアは未だに、そういった趣味を持っていなかった気がする。その間何をしていたかと言えば…俺の横についているか、一度覗きに行った時みたいに、ずっと戦う訓練をしていた…んだろう。それ以外の姿を見たことが無かった。

 何と言うか…。

 この世界に来てから、もう何年も経ってるし、色々な事をやって来た。でも未だに、こんなに身近な女の子一人すら、満足に遊べる様にしてあげられて無かったんだな。

 そしてさらに、遊ぶ時間を捨て、代わりに文字通り力を付けた…そんなアンシアの判断は、間違いなく正しかった訳で。

 とにかく、情けないと感じてしまう。

 こんな…こんな事が少しでも減るように、もっと俺がしっかりしないと。

 今後の事も…マリーには、色々教え込んであるとはいえ、机上の空論では無く、実践したことがあるのは俺だけなんだから。

 カインの夢の事を分かってあげられているのだって、もしかしたら俺だけかもしれない。

 俺にしかできない事がたくさんある…。だから―――。

「翔…さん」

「えっ」

「……い、今は、わたしとお出かけ…です…よね?」

「あ、ああ…ごめん! あ、これも半年前は無かったかな」

 いけない。この考え込む癖は、どうにも治らないな…。でも、こうして考えておかない事には、計画だって立てられない訳で…。

 あれ、そういえば今のアンシアの台詞。すごく新鮮と言うか、珍しいな。こんな…自分を気にしてみたいな。子供らしいと言うか、ちょっとしたわがまま…?と言うか。

 普段はやっぱり、我慢してるって事なのかな。それなら、俺が今するべきは間違い無く、アンシアの願いを、全部叶えてあげる事だ。

「よし! アンシア…あー…何かして欲しい事無いか?」

「え…今、して…貰ってます」

 そうだった。元々理由は違えど、そう言う体で今こうして、一緒に歩いているんだ。でも…。

「いや、そうじゃなくてもっとこう……そうだ。肩車とかしようか?」

「え…そ、それは…ちょっと……」

 最後には消え入るような声で、恥ずかしいですしとも聞こえた気がする。こう、家族の温かみ的なものとか、そういうのが感じられる事を、してあげたりするのも良いかと思ったんだけどな。と言うよりも、それくらいしか、すぐにしてあげられる事が思いつかない。身一つで出来る事くらいしか、すぐにしてあげられないし…。

 そうして、再びどうするか考える。すると、今度はアンシアの方から声が掛かった。

「翔さんは…その…わたしを……したいですか?」

 …肩車だよな? これは…どう取るべきか。さっきのは遠慮してたと取って、肩車してしまうか。もしくは言葉の通り、恥ずかしくて嫌なのに、俺の望みならと、またしてもアンシアに気を使われてしまったか。

 もしくは…どちらもとか?

 こんなに相手の気持ちを考えた事なんて、今まで無かったかもしれないな。今まで、ひたすら良い選択をって、考えに考えて、それを信じてやってきちゃってたし。

「…翔さん」

「あ、うん」

「じゃあ…その…肩車じゃなくて……」

「なくて…?」

 アンシアはそっと両手をこちらに伸ばしてくる。

「お、おんぶなら…良いです…よ?」

 そして、そんな愛らしい事を言ってきた。

「…じゃあ、そうしようか。アンシアはまだまだ小さいしね。目線が高くなると、新鮮な発見もあるかもしれない」

「あったら…うれしいです」

「よし、それじゃあおいで」

「は…はい」

 俺は、アンシアを背中に乗せ、そっと立ち上がった。

 考えていても、わからない事もあるよな。わかる範囲で、気を使ってあげるしかないんだ。しかし今の状況は、果たして彼女の為になっているのか、不安はある…。

 …やっぱり考えてしまうな。

 今は何とか、アンシアとの会話を続けているけど、もうこれは性分だな。変わろうとは、最近ずっと思ってるんだが…。

「………そのままでも、いい…と、思います」

「え?」

 突然、会話の流れと関係の無い事を言われた気がする。もしくは、また聞き逃してたか?

「翔さん…とても、すごいなって…思います。色んな事を知ってて…いつも何か考えてて…。ずっとずっと、少しでも良くするんだって…気持ち…伝わってきて」

「それは…ありがとう。でも最近」

「わたしっ…それは翔さんの、良いところだって思います…!」

 普段より少し強い語調で、俺の言葉を遮るように…アンシアはそう言った。

「翔さん…は、いつも考えてて…それで最近は…ずっと自分を責めてるみたいに…見えます」

「…そんな事は無いけどなあ」

「もっと、頑張る為に…今までの自分まで、変えようとしてるみたいに見えます」

 今度は、ほとんどズバリ言い当てられてしまった。この子は本当に、どこまで良く見ているのか。

「で、でもほら…変わっていくのは、悪い事という訳じゃ無いでしょ?」

「わたしは…そのままの翔さんで…その……いいなって思います」

「でもこのままだとね…」

「わたしが、助けます…! これから、ずっと…翔さんに出来ない事は…わたしが…! ……その…はぅ」

「アンシア…」

 今アンシアは、どんな表情をしているのだろうか。背中に居るから見る事は出来ないし、仮にそうで無くても、長い前髪で遮られ、伺い知る事は出来ないだろう。

 あまりその内心を読み解けない彼女だけど、この国へ一緒に来て、それが少しずつ分かってきた。そして今もまた、驚かされている。

 彼女はこんな時にも、こうして俺を気遣う事を考えていたんだ。

 ついさっき、悲しい事があったはずだ。すでに覚悟も、お別れもしていたとは言っていた。それでも、大好きな家族だったはずだ。

 こんなに頑張り屋で良い子、他には居ない。

 それなら、俺は今こそ反省を活かさないといけない。


 アンシアは変わらなくて良いって言ってくれたけど、変わるべきところはやっぱりある。

 以前の俺だったら、ここでありがとうとでも言って、実際にはアンシアに頼ろうとしなかっただろう。

 表面上は仕事を振ったりしつつ、実際には、全部自分本位で動いていたと思う。俺が、守らないとって。

 でも、そうじゃなくて…。だからって、自分を変えなきゃとかでは無くて…。

 ただ、自分に出来ない事があるのは、駄目な事では無いと、それを理解するだけで良かったのかもしれない。

 もしかすると、これも間違った考えかもしれない。

 出来ない事をそのままで良いなんて考え方は、やっぱり不安だ。

 でも…限界はあるんだ。俺にも…誰にだって、限界があるんだよな。


 俺は、こんな歳になって初めて、自分が抱えきれない事もある…という現実を受け止められたのかもしれない。

 そう考える事が出来た瞬間、心が軽くなった気がした。

 よし、それならアンシアに返す言葉は…こうかな。

「じゃあ、代わりにアンシアの困り事は、俺がこの先、ずっと守るから…ちゃんと頼ってよ?」

「ぅぁっ……」

 どの口が、と言う台詞だ。でも、こういう事が言えるのは、なんだかとても気が楽で…気持ちの良いものだったんだな。

 初めて知った。以前の俺なら、そんなの甘えって思って、また一人で考え込んでたな。

「そういう事なら、俺も安心して考える時は考えようかな。また抱え込んでたら、遠慮なくアンシアが止めて………?」

「………っぅ……はい」

「…」

 俺はアンシアを、安心させてあげられるような、受け答えが出来たのだろうか。彼女は、何かを堪える様な声をしていた。もしかしたら、何かがきっかけで、緊張の糸が解れたのかもしれない。

 思えば、気弱そうな印象なのに、こんな辛そうなアンシアも、実は珍しい気がする。本当、どんな感情も表に出ない子だ。

 俺はそのまましゃべらず、ゆっくりと歩き続けた。

 小さい頃から、両親と別れ、おばあさんと二人で暮らしていたらしいアンシア。多分、こうして誰かの背中に乗って、甘えた記憶も無いんだろうな。

 それなら、やっぱり俺は、こういう事もしてあげたい。

 彼女は、本当に強い一人の人間でもあり…俺にとっては、娘や妹みたいに、甘やかしたい存在でもあるんだから…。

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