アンシアのお願い
俺は、いつもの仕事場へと急いだ。
これまでも、一度か二度、元の世界で同じ事があった。身内の不幸となれば、当然仕事なんてしている場合では無い。アンシアにすぐ伝えて、今度こそ村へ戻らせるべきだ。
元々、確かに体調は良くないと聞いていたが…。まさか、こんな事になるとは。ある意味、俺のせいでアンシアを遠ざけてしまった様なものだ。村に居れば、ちゃんと傍に居れたはずなのに。
俺は、勢いよくドアを開けた。
「アンシア、居る?」
「ふわぁ!?」
む、どうしたのだろうか。やけに驚いた様子で、ロア君が奇声を上げていた。
いや、今は置いておこう。
「翔…さん?」
「アンシア、大切な話があるから、少し来てくれる?」
「えっ…」
「…アンシア、来れる?」
「え、は…はいっ」
なぜだろう。アンシアはアンシアで、反応がいつもと違う気がする。慌てた様子というか…。
さらに、不思議に思ってロア君の方も再度確認すると、何やら呆けた顔になっていた。何事だ…とは思う。でもまずは、こちら優先でいいだろう。深刻そうな感じでは無いしな。
俺はアンシアを引き連れ、自室へと戻ってきた。そこで、どのように伝えるか少し迷いつつ、俺はマリーからの手紙を差し出した。
「アンシア。今日届いた手紙なんだけど、アンシアに関係する事が書かれてた。落ち着いて、読んでみて欲しい」
そう声を掛けつつ、そっと隣に腰かけ、アンシアの手を掴んた。アンシアの受けるショックを考え、少しでもそれを和らげてあげたかったからだ。
「っ…」
アンシアは、手を掴んだ瞬間ビクリと驚いたようだったが、特にそのまま何もせず、手元の手紙を読み始めた。やがて、アンシアはおばあさんの訃報を読んだのか、握っている手に力が入った。
そして、俺はそのまま少し待つ。
これまでは、こういう事を伝える相手が大人だった。でもアンシアは、おばあさんと二人きりで暮らしていたんだ。もう一人前の人間だと思い直してはいるが、これは辛いだろう。
「翔…さん。ありがとうございます。では、わたしは戻りますね」
なんと、そう言うとアンシアは、そっと俺の手を離し、立ち上がって仕事へ戻ろうとしてしまった。
俺は慌てて追いかけ、声を掛ける。
「ア、アンシア。騎竜便は、今日の午後にはもう村へ出発する。またおじさんにお願いして、乗せていって貰おう。俺は付いて…いけない…いや、なんとか」
「翔さん」
気付くとアンシアは、俺の事を見上げていた。そうする事で、普段は見えない瞳が見える。
「翔さん、わたしは、村へは戻りません」
「…いやいや、でもねアンシア」
確かに、危篤だとかではなく、亡くなってしまったんだ。行って何が出来るでも無いと言うのは、冷たく考えればそうだが…。
「大丈夫…です。お別れは…して、来ましたから」
して来た…?
「それって、最初にこの国へ旅立つ時には、おばあさんがこうなるかもって、わかって…」
そうだとすれば、この子は本当にどれだけ、俺の想像よりも強いのだろうか。それとも、魔物によって、いつ家族が死ぬともわからないこの世界だから、これも感覚が違う?
…そんな事は無いと思う。だって、アンシアは悲しんでいない様には見えないから。
アンシアとは、この国へ来て、一緒に寝る事も何度かあったけど、顔を見る機会は増えても、目を見る頻度は変わらなかった。
そんなアンシアだから、目を合わせていると、とても強く、心に訴えてくる気がするんだ。言葉の通り、自分は大丈夫だと…。
「そう…か」
「ふわ…」
俺は、気付くとそんなアンシアを撫でていた。
すごくしっかりしているんだな。一人前なんだなと考えていたはずなのに、なんだかおかしい。子供はいくつになっても子供に見えるって言うのは、こういう感覚なのかもしれない。ちゃんと成長は感じているけど、自分との関係は変わらないんだ。
結局、何度自分に言い聞かせても、自分の常識から考え始めてしまうのは、仕方の無い事なんだよな。それが、自分にとって普通なだけだとわかっていれば、それで良いのかもしれない。
常識的にこうだと判断するのではなく、自分が、相手の為になれるように行動する。それは、今までしっかりとマニュアルを覚えて、求められる通りに生きてきた俺には、少し難しい事だけど…本来、皆やっている事なのかもしれない。
今ロア君達に教えているのもマニュアルだけど、それが絶対に正しい訳じゃ無い。結局、何かあったら人が判断するしか無いんだよな。
「アンシア、それならこれ以上俺からは何も言わない。けど…アンシアは、何かあれば俺に言うんだよ」
「……じゃあ、一つお願い…しても、いい…ですか?」
「もちろん。何でもどうぞ」
「……お出かけ、しません…か?」
珍しい、アンシアからのお願いは、そんなささやかなものだった。




