表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/218

アンシアのお願い

 俺は、いつもの仕事場へと急いだ。

 これまでも、一度か二度、元の世界で同じ事があった。身内の不幸となれば、当然仕事なんてしている場合では無い。アンシアにすぐ伝えて、今度こそ村へ戻らせるべきだ。

 元々、確かに体調は良くないと聞いていたが…。まさか、こんな事になるとは。ある意味、俺のせいでアンシアを遠ざけてしまった様なものだ。村に居れば、ちゃんと傍に居れたはずなのに。

 俺は、勢いよくドアを開けた。

「アンシア、居る?」

「ふわぁ!?」

 む、どうしたのだろうか。やけに驚いた様子で、ロア君が奇声を上げていた。

 いや、今は置いておこう。

「翔…さん?」

「アンシア、大切な話があるから、少し来てくれる?」

「えっ…」

「…アンシア、来れる?」

「え、は…はいっ」

 なぜだろう。アンシアはアンシアで、反応がいつもと違う気がする。慌てた様子というか…。

 さらに、不思議に思ってロア君の方も再度確認すると、何やら呆けた顔になっていた。何事だ…とは思う。でもまずは、こちら優先でいいだろう。深刻そうな感じでは無いしな。


 俺はアンシアを引き連れ、自室へと戻ってきた。そこで、どのように伝えるか少し迷いつつ、俺はマリーからの手紙を差し出した。

「アンシア。今日届いた手紙なんだけど、アンシアに関係する事が書かれてた。落ち着いて、読んでみて欲しい」

 そう声を掛けつつ、そっと隣に腰かけ、アンシアの手を掴んた。アンシアの受けるショックを考え、少しでもそれを和らげてあげたかったからだ。

「っ…」

 アンシアは、手を掴んだ瞬間ビクリと驚いたようだったが、特にそのまま何もせず、手元の手紙を読み始めた。やがて、アンシアはおばあさんの訃報を読んだのか、握っている手に力が入った。

 そして、俺はそのまま少し待つ。

 これまでは、こういう事を伝える相手が大人だった。でもアンシアは、おばあさんと二人きりで暮らしていたんだ。もう一人前の人間だと思い直してはいるが、これは辛いだろう。

「翔…さん。ありがとうございます。では、わたしは戻りますね」

 なんと、そう言うとアンシアは、そっと俺の手を離し、立ち上がって仕事へ戻ろうとしてしまった。

 俺は慌てて追いかけ、声を掛ける。

「ア、アンシア。騎竜便は、今日の午後にはもう村へ出発する。またおじさんにお願いして、乗せていって貰おう。俺は付いて…いけない…いや、なんとか」

「翔さん」

 気付くとアンシアは、俺の事を見上げていた。そうする事で、普段は見えない瞳が見える。

「翔さん、わたしは、村へは戻りません」

「…いやいや、でもねアンシア」

 確かに、危篤だとかではなく、亡くなってしまったんだ。行って何が出来るでも無いと言うのは、冷たく考えればそうだが…。

「大丈夫…です。お別れは…して、来ましたから」

 して来た…?

「それって、最初にこの国へ旅立つ時には、おばあさんがこうなるかもって、わかって…」

 そうだとすれば、この子は本当にどれだけ、俺の想像よりも強いのだろうか。それとも、魔物によって、いつ家族が死ぬともわからないこの世界だから、これも感覚が違う?

 …そんな事は無いと思う。だって、アンシアは悲しんでいない様には見えないから。

 アンシアとは、この国へ来て、一緒に寝る事も何度かあったけど、顔を見る機会は増えても、目を見る頻度は変わらなかった。

 そんなアンシアだから、目を合わせていると、とても強く、心に訴えてくる気がするんだ。言葉の通り、自分は大丈夫だと…。

「そう…か」

「ふわ…」

 俺は、気付くとそんなアンシアを撫でていた。

 すごくしっかりしているんだな。一人前なんだなと考えていたはずなのに、なんだかおかしい。子供はいくつになっても子供に見えるって言うのは、こういう感覚なのかもしれない。ちゃんと成長は感じているけど、自分との関係は変わらないんだ。

 結局、何度自分に言い聞かせても、自分の常識から考え始めてしまうのは、仕方の無い事なんだよな。それが、自分にとって普通なだけだとわかっていれば、それで良いのかもしれない。

 常識的にこうだと判断するのではなく、自分が、相手の為になれるように行動する。それは、今までしっかりとマニュアルを覚えて、求められる通りに生きてきた俺には、少し難しい事だけど…本来、皆やっている事なのかもしれない。

 今ロア君達に教えているのもマニュアルだけど、それが絶対に正しい訳じゃ無い。結局、何かあったら人が判断するしか無いんだよな。

「アンシア、それならこれ以上俺からは何も言わない。けど…アンシアは、何かあれば俺に言うんだよ」

「……じゃあ、一つお願い…しても、いい…ですか?」

「もちろん。何でもどうぞ」

「……お出かけ、しません…か?」

 珍しい、アンシアからのお願いは、そんなささやかなものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ