宣伝の意味
今日も、俺は市場へ来ていた。
売れ行きはそこそこ順調で、次の段階に入れる日も近いかもしれない。
ただそうは言っても、繁盛していると言えるほど、お客さんが来ているわけじゃない。だから、当然暇な時間も出てくる。
そして俺はそんな時間を利用し、またアンシアの所に顔を出していた。
「ここを、こうしてひっくり返すと……」
「わあ……すごい、です。まんまるで、かわいい」
「でしょう?」
「これは、何なのでしょうか?」
「一応、ネコのつもりだよ」
「え、ネコさん、ですか……? あ、言われてみると……。ネコさんのお顔の人形……でしょうか? だとすると、この部分は、いったい……?」
「ふふ、これで一応全身だよ。デフォルメされているんだ」
「でふぉ、るめですか?」
「そう、デフォルメ。簡単に言うと、身体の一部をシンプルにして、かわいく見えるようにまとめたんだよ」
本当の意味は違うけど、まあ問題ないだろう。
ここへ来てマリーやアンシアと、色々な話をしたけど、いわゆる現代文化に当たるものは、知らないことが多かった。
それは商業に関することも、娯楽や他ごとに関することも同様だった。
もっとも、この村ではそうであるというだけなので、この世界全体がそうだとはまだ言えない。
そして俺は今、アンシアのお店で布の切れ端を使い、ぬいぐるみを作っていた。
毎日変わらず、無表情で店に立つアンシアに、少しでも喜んでもらえたらと思ったからだ。
作っていたのは、球体の大元に、耳やら手足やらを直接くっつけ、顔を適当な飾りで形にした物だ。一頭身の不思議生物が、この世界に生まれた瞬間である。
いや、一応ネコなんだけどね。
「不思議です、けど、まるまるしていて、かわいい、ですね」
そう言って、ふわりと花が開くようにアンシアは微笑んだ。前髪から覗く優しげな瞳も相まって、人をとても安心させる笑顔だ。
ぬいぐるみの方は、いざ作ってみて理解されなかったら、どうしようかと思ったが、こうして喜んでもらえて何よりだ。
今は無理だけど、こういうちょっとした物を作って販売するのも、今後やってみても良いかもしれない。
今は戦時下らしいし、あまり良い顔されないだろうか?
でもこうして、喜んでくれる人は確かにいる。
需要があれば、どんなものでも商売になるし、それがお客さんの為だ。
うん、やっぱり頭の片隅には置いておこう。もっとも、マリーのお店は鍛冶屋だし、娯楽品といっても何を作ればいいのか、すぐには思いつかないな。
昔ながらのおもちゃならどうだろう?
いや、でも俺が作れるわけじゃないしなあ。
「あの、翔さん……」
「なに? アンシア」
「あの、ありがとう、ございました。でも、そろそろお店……大丈夫ですか?」
確かに、今日は少しアンシアの所に居座りすぎたな。
「そうだね、そろそろ戻るよ。そのぬいぐるみは好きに使って?」
そう言いながら、俺はアンシアの頭をなでる。恥ずかしいのか、いつもよりさらに深く、前髪が目元にかかった。
「し、翔さん……あの……」
「あ、ごめん。嫌だったかな」
「い、いえ、嫌では、とくには、ないのですけど……」
アンシアは、困っているような、こちらの様子を伺うような、微妙な表情をしていた。
何か言いたいことがあるなら、なんだって聞いてあげたいし、俺にできることなら力になるのにな。遠慮はいらない。
安心させるように、頭を撫でながら待っていると、やがてアンシアはゆっくりと話し始める。
「あの、最近……翔さんが、マリーさんの」
「ちょっといいかしら?」
「あ……」
話が聞けるかと思ったら、横から声がかかってしまった。
この人は確か、この市場でお店をしている中の一人だな。挨拶の時に見た顔だ。
「すみません、話し込んでしまって。ひょっとして、待っていらっしゃいました?」
真剣な雰囲気を感じ、邪魔をしてしまっていたかと、俺は声をかけた。
「いいえ、そんなこと無いのよ。でも、この子と話したいことはあるわ」
「そうでしたか……。じゃあアンシア、俺は戻るよ。また後でか、もしくは今度、話を聞くね」
「あっ……は、はい」
アンシアの返事を受けて、俺は腰を上げ、その場を離れる。
「あのっ、翔さん……!」
そうしようとしたところで、大きくはないけど、普段よりしっかりとした声で、アンシアから名前を呼ばれた。何かあるのだろうか?
「……お気をつけて、下さい」
「……? うん、気を付けるね!」
結局、わざわざ普段出さないような声を出してまで、呼び止めてくれた理由はわからないけど、話があるなら次の機会にでも、しっかり聞いてあげよう。
俺はそう決めながら、今度こそマリーの所へ戻っていった。
「……お気をつけて」
そしてこの場には、俺には聞こえないつぶやきが残っていた。
俺は少し早足で、マリーの店へと向かう。
そうは言っても、ほとんど目と鼻の先で、お互いの店から、お互いが見えているので、急いだところでそんなに変わらない。
「ほら、みろよこのザマを!」
「……」
しかし目線を向けると、どうも様子がおかしい。
「やっぱり安物はダメだよなあ! おら、金返しな。こんな鉄くず売りつけやがって!」
男が一人、マリーに怒鳴り散らしている。横には、刀身の折れた剣が転がっている。
どうも買った商品がダメになってしまったようだが、何とも威圧的だ。そうは言っても、何か不備があったなら対応しないといけない。
ここは男の俺が対応した方がいいな。
そう考え割って入ろうとした俺だったが、その前にマリーと目が合う。そして、グッとこちらを目で制してきた。俺はそれを受け、思わずピタリと足を止める。するとマリーは目線をこちらから離し、その男と話し始めた。
「剣を確認させて頂いても?」
「あ? ほら、さっさとしな。というかこの前、買っていたばかりじゃねえか。覚えてねえのか? はっ!」
うわ、悲しい現実を知ってしまった。
こういう人がいるのは、どこの世界でも同じらしい。
確かに商品に不備があったのなら、申し訳ないし、迷惑をかけてしまっている。でもだからと言って、ここまで高圧的に来られても困る。
元の世界でも、もうよくわからない問い合わせに、どれほど苦労した事か……。
引き続き様子を見守っていると、マリーは慣れた手つきで、剣の柄部分を解体していた。そして中の部分を確認すると、目を細めて硬い表情になる。
「これは、うちの商品じゃないですね」
そう言って、マリーは男に冷たい目線を向ける。
「あ? ふざけんな! こんなもん売りつけて、金だけふんだくろうってのかこの詐欺師が! 良いから金を寄越せ!」
これは……どうにも雲行きが怪しい。
厄介なお客さんかと思っていたが、まさかただの、金をもぎ取ろうとする詐欺師なんじゃないのか?
マリーのことを詐欺師などと言って、大声を上げているが、それはこの男の方なんじゃないのか?
「うちの商品は、すべてうちで打った物です。よその物は一つたりとも置いていません。そしてうちの商品には、すべてこの印が入っています。お引き取り下さい」
そんなことを考えているうちに、マリーは先程よりもさらに手早く、並んでいた他の商品の柄をバラし、男へ見せながら返答していた。
自分のところの物は、解体も慣れているということか。
どうやら本当に、詐欺師だったらしい。こんな寂れたところなのに、こういう人が現れちゃうんだな。
この人も、生活に困っているのかもしれないけど、それとこれとは話が別だ。
「あ? 知るか! いいから金寄越せってんだよ!」
まずい!
のんびり構えていたら、いつの間にか男がマリーに掴みかかっている。とりあえず手を捻りあげて、それから……。
「ふん!」
「えっ……」
俺が助けに入ろうとした横から、人影が現れたと思ったら、件のボロ剣で男の頭を、思い切り殴り潰していた。
今、本気で危ない音がしたぞ……。
こういうのは、結局手を出した方が、それはそれとして訴えられたりするし、あんまりよくないんだけど……。
いや、この世界ではいいのか?
どうにも良しとするには抵抗があるな。
「ソウさん、すみません。お手数おかけして」
「いいんだよ、マリーちゃん。にしても、ここまであからさまな奴は、久しく見なかったけどねえ」
男を殴り潰したのは、挨拶回りの時最初に声をかけたソウさんだった。ソウさんは、ここの取り締まりみたいなこともやっているらしいし、頼りになるなあ。
「マリー、大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です。お兄さんも心配しないでください」
確かに少し危なかったけど、毅然とした態度で接して、立派だったな。
でも危険だったことに代わりは無いし、今後は俺がもっと気を付けておこう。
「マリーちゃん、多くは言わないけどね。しばらくは気を付けなよ。わかってるだろ?」
「……そう、ですよね。気を付けます。ソウさん、本当にありがとう」
「んじゃあ、あたしは行くからね」
ソウさんはそう言うと、周りの店に居た数人に声をかけ、男をどこかへ引きずって行った。どこかに、牢屋か何かが有るのかもしれない。
俺はそれを見ながら、マリーへと話を振る。
「ああいうのって、結構あるの?」
「いえ、そんなに多くないですよ。ほら、良くも悪くも、ここは閑散としていますから、トラブルなんかも少な目なんです」
「そうか、運が無かったね」
「そうですね……。ところで、アンシアさんの所で何か作っているみたいでしたけど、もう大丈夫なんですか?」
「うん、もう終わったよ」
「何作っていたんです?」
「ぬいぐるみ……あ、人形ね。まんまるなネコを作った。プレゼントしたら、喜んでくれたよ」
「そーですか。ふーん?」
あれ、急に何か含みがあるような言い方だけど、何かまた、ここではおかしいことをしてしまっただろうか。
それについては、ここの常識を完全に把握できるはずもなく、どうしようもないんだよなあ。
まあ、悩んでいても仕方ない。それより、重要なことがある。
「ところでさ、マリー。ああいう風に、お父さんの剣が悪く言われることが起こるの、やっぱり嫌でしょう? ただのいちゃもんだったとしてもさ」
「そりゃあそうですよ。それで?」
「うん、だからね。そろそろ……次の段階に行こうと思うんだ」
ある程度の元手はできた。今度は、店を正常に回るようにしないといけない。
そろそろ、それに挑む頃合いだ!