第08話 深紅の人形
オルガとエマが捕獲されてから約30分後、エオナたちは彼らと同様にあえて正面から村に入った。
「ようこそいらっしゃいました。私、この村で村長をしている者でございます。」
当然、村長と男二人が先ほどと同じように出迎え睡眠薬入りの酒を勧めてくる。
正体を知っているのでエオナはそれをやんわりと断る。
「悪いが仕事に差し支えるので遠慮するよ。気持ちだけは受けっておくけどね。」
「そう言うなよ、さっき来た冒険者はムカつくほど飲んで行きやがったぜ。あんたも景気づけに一杯だけでも飲んで行きなよ。」
「悪いがこいつも私も下戸なんだ。代わりにもうすぐ来る他の冒険者に飲ませてやってくれ。」
「そうか……。じゃあ、家の中で一服でもしていってくれよ。」
「仕事が終わったらな。」
しつこく誘ってくる盗賊をあしらい続ける。
そうすると彼らも諦めたようで盗賊は村長の肩を叩く。
村長は苦い顔をしたのちこう言った。
「そうですか……。では、お仕事の方をお願いします。他の冒険者様は西側の山の入り口で集まっておいでです。どうぞお気をつけて……。」
「ありがとうございます、村長。僕らも粉骨砕身頑張りますのでどうぞご安心ください。」
もうすぐ他の冒険者が来ると言ったので盗賊たちも目撃されることを恐れて先ほどのような手荒なことは出来ない。
そのため、彼らは人の目が届きにくい場所に案内しようとしているのだろう。
手際の良さからこのような冒険者が来ることも予見していたようだ。
薬入りに酒といい、村長に策を事前に知らせている所といい、準備の良さがうかがえる。
そのようなことを考えながらエオナたちは村の中を通りながら指定された山を目指す。
その間、彼らは刺されるような視線を浴び続けた。
村人を装っている盗賊たちからの物である。
「随分と見られているな、スターにでもなった気分だ。」
「全くだね。僕もサインを考えないとな。」
恐らくエオナたちが何かしら不穏な動きをすれば彼らが襲ってくるだろう。
別に太刀打ちできないわけではないがここで乱戦を起こすのは人質たちに多大の危険を与えてしまうことになる。
それは避けねばならないし、彼らの作戦とは真逆の状態である。
「頭領どもがどこにいるかどうかまでは分からねえな。」
「外に出ている奴らは下っ端だろうしね。家の中に居られては僕たちでは判断できない。」
こちらの人数が劣っている今、馬鹿正直に正面からの戦いに付きやってやる義理はない。
ではどうするか。
しぶといゴキブリを殺す時と同じように頭を潰せばいい。
彼らの作戦は盗賊の頭領の撃破である。
「やはり、僕たちを襲うのは村から見えなくなってからのようだね。」
「だろうな。そろそろ山に入るぞ、気ぃ引き締めろ。」
ヘイラはニヤリと笑いながらハンマーを肩にかける。
「分かっているよ。さあて、楽しもうじゃあないか。」
そう言いながら山の中へ足を踏み入れる。
朝日はここまで入り切ることが出来ないのか薄暗い場所であった。
山道も人が歩く場所だけは草木が生えていないだけの少しマシな獣道のようなものである。
その道に沿って歩いて行く。
ここまでこれば村まで声も聞こえないしバレることもないだろう。
つまり、いつ襲われてもおかしくない状況なのである。
「いやあ、恐ろしい。今さら怖くなってきたよ。」
エオナのその言葉にヘイラは、怖いのはあんたの顔だよといつものようには返さなかった。
代わりに足を止め、茂みの中に話しかける。
「6人……いや、7人だな。野グソしているんじゃあないなら出てきな。」
その言葉に反応したのか前方の茂みの中からぞろぞろと男たちが姿を現す。
服装はバラバラで統一性はなく中には上半身裸の者もいる。
その中でひときわ大柄な男がドスを聞かせた声で語り掛けてきた。
「よく気づいたな、嬢ちゃん。かくれんぼの鬼なら無双できるぜ。」
「そいつはどうも。で、私たちに何の用だ?」
「何も聞かずに大人しく捕まってくれればいい。ガキにもできる簡単なことだろ?」
彼らからは、もうすでに正体を隠すという意思は感じられない。
ここまで来たらその必要などないと思っているのだろう。
人気のないこの場所であれば悲鳴すらも森に吸い込まれるだけだからだ。
「悪いがSMプレイに参加するような趣味は私にはなくてね。他を当たってくれ。」
「そうはいかねえ。てめえらはここで捕まることは決定事項なものでな。」
「なら力ずくで来いよ。返り討ちにしてやるからさ。」
ヘイラは動じることもなく人差し指を立てクイクイとし相手を挑発する。
外にバレにくいという条件が良く働いているのは盗賊だけではない。
彼女たちとて好都合である。
そのため彼女は目の前の盗賊と戦うことに決めたのだ。
だが、女ということでなめられているのか盗賊たちは挑発を無視し値踏みするようにヘイラを見る。
「んん~、よく見れば胸はないがいい女だな。人質の場所に放り込む前に俺たちで楽しまねえか?」
「いいぜ、やっちまおうぜ!」
盗賊たちがヒャヒャヒャと気持ち悪い笑い声をあげる。
一方、コンプレックスを馬鹿にされたヘイラの内心は穏やかではない。
青筋を浮かべハンマーを大きく振って威嚇する。
「口の利き方に気をつけな。こいつで頭に真っ赤な花を咲かされたくなければな。」
「おお、怖い怖い。だが、勝気な女も悪くねえ。」
しかし、盗賊たちは相も変わらず舐め切った態度のままである。
完全に頭に来たヘイラは先ほどの言葉を実行しようとするとエオナが肩を掴みそれを止めた。
「何のつもりだ、ボス……?」
「逆らわないでおこう、うるさくされたくないのは僕たちとて同じだ。それに今殺り合うのは得策じゃあない。」
「何か策があるんだろうな……?」
「もちろんさ、僕は間抜けじゃあないからね。」
そう言われると彼女は舌打ちをしたのち、ハンマーを地面に投げ捨てると両手を上げた。
エオナもそれに続きナップザックは茂みに投げ捨て、サーベルを地面に置く。
戦闘の意思を無くしたとしか思えぬその態度に盗賊たちも満足した表情になる。
「運がなかったな、冒険者。同情するぜ。これからの行き先が地獄だからな。」
そう言いながら盗賊の一人がヘイラに近づくと彼女の顎を掴み顔を近付ける。
そして、息がかかりそうなほど近いその状態で呟いた。
「ところで物は相談なんだが俺の女にならねえか? 生き伸びることが出来るぜ?」
その提案に彼女は唾を吐きかけるという態度で答えた。
「あんたの女になるぐらいならブタと添い遂げた方がマシだ。唾をかけてもらえただけでもありがたいと思うんだな、ブサイク野郎。」
「立場分かってねえのか、クソ女……! もういい! こいつらを連れていくぞ! ……おい、返事ぐらいし――」
怒りを抑えながら盗賊が振り向くと視界を全て塞ぐほどの目の前に人形がいた。
赤いスカートとボンネットを着せてもらった金髪の可愛らしいものだ。
手には刃の向きが逆についているハサミを握っている。
そして、それは変わることのない微笑を浮かべながら空中に浮いていた。
(なんだ、これ! 人形……? なんで浮いてんだ……? 能力か……? じゃあ何の……?)
突如現れたそれに様々な疑問が頭を駆け抜けていく。
そんな思考が瞬間的にぶつかり合っている彼を無視するかの如く人形はハサミを彼の喉に突き刺した。
そして、持ち手を開き盗賊の喉を横に開く。
血が噴き出し元々赤かった人形を更に深紅に染め上げる。
(やられた……? 今ので……?)
彼には理解できなかった。
自らが死にゆくという事に対して全く実感が湧かなかったのだ。
それを確かめるようにヘイラから手を放し喉に手を当てた。
温かい液体と入ってはいけない場所まで指が突っ込むことが出来ることに気付く。
ここまで来てようやく彼の思考は現実に追いついた。
それと同時に喉元がじんわりと温かく、いや熱くなるのを感じた。
それが痛みであると認識するのに時間はかからなかった。
「――! ――!」
その痛みを和らげようと叫ぶが声が出ない。
ヒューヒューという風の通る音しか彼には永遠に出せないのだ。
それでもなお彼は声を無くしたという現実を飲み込めず何とか叫ぼうとし続ける。
その間、ヘイラは彼から距離を取ったが気に止めている余裕はなかった。
「遅かったな、ボス。時間かけすぎているから本当は『能力』なんてないのかと思ったよ。」
「辺りに人がいないか索敵していたからね。僕と人形の視界は共有できるんだ。」
「便利だな、その能力。」
当然、彼らの会話など耳に入らない。
しゃがみ込み未だに声を出そうとしている。
そんな彼がふと顔を上げ先ほどまで背後であった場所を見た。
そこにあったのは地獄絵図。
自らと同様に喉を割かれ静かに死ぬまいと抗う仲間の姿があった。
喉を割かれることは致命傷ではあるが即死はしない。
口に血が流れ込み、呼吸がしずらくなりじわじわと死んでいくのだ。
(こいつらも俺と同じように……やられたのか!)
他人の姿を見ることにより彼の心境に変化が起きた。
死への恐怖を塗りつぶし彼の心を支配したのは怒りである。
それが仲間がやられた事へ対してなのか、自分を攻撃されたという事に対してなのか、それともその両方なのかは彼自身にも分からなかった。
だが、無駄な思考を追い払うには十分であった。
(許さねえ……! 許せねえぞ、クソ野郎!)
彼は頭があまり良くなかった。
しかし、それが判断の速さにも繋がっていた。
(道ずれにしてやる……! 地獄の釜の中まで一緒に引きずり込んでやる……!)
ここでただ死を待つぐらいならば一矢報いようとしたのだ。
彼は血を止めようと押さえていた手を放し、その血だらけの手で剣を握った。
そして、迷うこともなくエオナに飛び掛かる。
「ほう、まだ戦意を失っていなかったのか。感動すら覚えるよ。だけど――」
だが剣が届く前に盗賊の両足の腱が突如断絶され、エオナに近づくこともできずに前のめりに地面にたたきつけられた。
足の方を見ると先ほどとは違う2体の人形が可愛らしい容姿を血まみれにしながら浮いている。
「残念、無意味だ。」
もう足も動かない、声も出ない。
それでもなお彼は這いつくばりながら届きもしない剣を振るい続ける。
諦めきれないのだ、生きるという事を。
勝つという事を。
(畜生……! ちくしょう……!)
涙を流し、抗い続ける彼の心臓にサーベルを突き刺された。
言わずもがな、その持ち主はエオナである。
「悪人にも流す涙があったとはね。少々驚いた。」
その彼の言葉に盗賊は何の感想も持たなかった。
なぜなら、彼は静かになり二度と動くことはなかったからである。