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第07話  潜入

朝日が昇り切りようやく日の光が完全に大地に広がる頃、オルガたちは目的地である村の近くに立っていた。

村は北側にはまるで削り取られたかのような急斜面の小山とその他をなだらかな山とに囲まれた盆地に作られている。

そして、その斜面の下には家が密集しておりその数から村人は50人前後であると確認できた。


「家と畑しかねえじゃあねえか。王都育ちでシティー派の俺には合いそうもないぜ、エルニーニョよ。」


「田舎で悪かったですね。あと、エルニーニョじゃないです、エマです。頭ん中どうなっているんですか。」


「お前、段々口が悪くなってきたな。」


酒がないのでヘイラに貰ったビーフジャーキーを嚙みながら荷馬車の乗っているエマに悪態をつく。

だが、その荷馬車にはエマが乗っているだけで残りの二人の姿はない。

更にその彼女も昨晩までの恰好ではない。

ヘイラの服を借り、ご丁寧に短刀まで借りて冒険者のような装いをしている。


「ところでこの格好で大丈夫なんですか?」


「大丈夫だろ。仮に駄目だとしたらその時はその時だ。」


そう言いながらオルガは村の中に歩みを進める。

入ると即座に三人の男が歩み寄ってきた。

その内の一人である白髪混じりの初老の男性が話しかけてくる。


「ようこそいらっしゃいました。私、この村で村長をしている者でございます。」


穏やかに挨拶を済ませる村長だが、その周りは少しばかり物騒な気配が立ち込めている。

その原因は残りの二人にある。

農民の恰好をしてはいるが、鋭い目つきと厳つい顔が堅気の者ではないと教えてくれている。

適当に村長と挨拶を済ますとオルガは小声でエマに尋ねた。


「おい、あいつらに見覚えがあるか?」


「村長は本物です。でも、残りの人たちは私の村の人間じゃありません。」


彼女の言葉通り村長だけは態度はどこか堅苦しい。

隣の男たちを刺激しない様にしているのだろうか。


「演技下手だな、お前の村の村長。あんなんじゃあアカデミー賞は狙えねえぜ。」


「なに馬鹿なこと言っているんですか。ふざけてばかりいると私達の方が先にバレますよ。」


兎にも角にも残りの二人は盗賊とみて問題ない。

疑問はなぜこんな格好をして襲ってこないかである。

ここにはオルガたちのほか誰もいない。

わざわざ呑気にお話をする道理は彼らにはないはずだ。

だが、答えはすぐに出る。


「こちら、わが村の……地酒でございます。盗賊退治の前に一杯飲んで休んでいってください。」


村長は一度顔を曇らせながら近くの大樽を指さした。

男の一人が蓋を開けると酒の良い香りが広がる。

それの匂いを嗅いだ瞬間、オルガは悟った。


(睡眠薬が入っているな。なるほど、相手さんもむやみな戦闘は避けたいようだ。好都合だぜ。)


人間の鼻では感じることもできない微小の匂いで彼は気づいたのだ。

微妙なところも人間離れした男である。


「お、気が利くな。丁度アルコールが切れていたところなんだ。感謝するぜ。」


「おう、冒険者の兄ちゃん。遠慮せずにぐびぐび飲んでくれ。」


「じゃ、遠慮なく。」


そして、気が付いた上で盗賊から貰ったジョッキを使い地面に座り込むと酒を飲み始める。

ひび割れた大地に雨が吸い込まれるようにオルガの体にも酒が染み渡っていく。

安い、それも薬入りの物ではあるが乾いた彼の喉には極上の一品である。

それを存分に味わいながら喉を鳴らし一気に流し込んだ。

あっという間にジョッキの中から最初の酒が消えてしまう。


「かっー! 生き返るぜ! やっぱり酒は命の水だな!」


「いい飲みっぷりだな、兄ちゃん! もう一杯いくか?」


「もちろんだ! これなくして仕事は出来ねえ! おい、お前も飲んどけ!」


「え……。いいんですか、これ……?」


さらにエマには知らせず酒を進める。

彼女は疑心のまなざしを向けながらジョッキを受け取り、チビチビと飲んでいく。

結果、ものの数分で彼女は薬が回り眠ってしまった。


「おいおい、弱すぎるんじゃあねえのか? まだまだ、ガキだな。ところでもう一杯もらえるか? ついでにボトルにも補充してくれ。」


「お、おう。分かった。」


無論のこと、オルガが彼女を眠らせたのには理由がある。

それは彼の目的が人質の安全の確保であるからだ。

確かに盗賊40人程度であれば、三人がかりならば5分程で鎮圧することは可能ではあるが、盗賊がその途中に村人を殺害してしまうことも考えられる。

それを避けるためには誰かが人質を守らなくてはならない。

だが、現状では人質がどこに捕らえられているか知るすべはない。


(じゃあ、どうするか。まずは俺も捕まる。後は蟻が餌を巣に運ぶ要領と同じだ。)


場所が分からぬのなら教えてもらえばいい。

盗賊たちが人質を細かく分けていることは考えにくい。

ならば、今捕まれば彼らと同じ場所に閉じ込められると踏んだのだ。


「すまん、もう一杯!」


「まだ、飲むのか!?」


そのためには自然に捕まる必要がある。

エマを眠らせたのはそういう理由があった。


「だんだん気分がよくなってきたぜ。次だ、次!」


「兄ちゃん、てめえは遠慮って言葉を知らねえのか?」


「そんなものは前世に置き忘れてきた。分かったらつべこべ言わずに持って来い。」


そして、なぜオルガだけが人質の護衛という任務にあてがわれたかというと彼の戦闘スタイルにある。

ほぼ確実に武器が回収されるであろうこの先の状況で、戦闘を行えるのは彼だけだからだ。

鬼である彼は肉体そのものが武器、剣やボウガンなどの小細工は必要としない。

捕えられても戦闘力に何ら影響を出さないからである。


(後は俺も眠ったフリをして運んでもらうだけでいい。それで万事オールオーケーだ。)


そう、彼は何も気にせずされるがままに行動すればいい。

それだけでいいのだが――


(止められない……止まられないぜ。旦那、ヘイラ済まねえ。自分が情けねえ。)


この男、目の前の酒が名残惜しくなり潮時を見失っている。

酒の誘惑に負けたのだ。

まさにアル中の鏡である。

人間としては屑ではあるが。

彼は心の中で謝罪していたが次の酒を飲んだらそのことをきれいさっぱり忘れることとなった。

やっぱり人間の屑である。

その後、まだしばらく飲み続けると盗賊もかなりイライラし始める。


「お前、まだ飲むつもりか!?」


「最後に一杯だけ! 頼む!」


「てめえ、さっきもそれ言っただろうが! これで本当に最後だぞ!」


盗賊は呆れながら最後の酒をジョッキに注いだ。

相も変わらずそれを一気に飲み干すと上機嫌にオルガは笑う。


「いやあ、助かったぜ。これで心置きなく盗賊退治に行けるってもんだが、相方がこのざまだ。もう少しここにいさせてもらうぜ。」


だが、彼がジョッキを下げると同時に盗賊は剣を彼の額すれすれに突きつけた。

余りにオルガが眠らないことと彼がこの場に留まろうとしたため、強行手段に出たのだ。


「何の真似だ? 俺は村を救いに来た冒険者様だぜ?」


「こっちのセリフだ、バンダナ野郎。特殊調合した酒をたらふく飲みやがって……。てめえ、一体何者だ?」


「見たら分かるだろう? 水も滴るいい男って奴だぜ。」


剣を突きつけられているにも関わらず両腕を挙げながらオルガは不敵に笑い続ける。

それは確固たる自信から来ているものだが盗賊から見れば酔っ払いの戯言にしか聞こえない。

それはそれで好都合である。


「ムカつく野郎だ。おい! 出てこい!」


盗賊がそう声をあげるとどこからともなく厳つい男たちが現れる。

そして、むき身の剣をずらりと並べオルガの周りを取り囲んだ。


「男に囲まれても嬉しくねえんだがなあ。こういうのはやっぱり綺麗な女じゃあねえとな。」


「口の減らねえ野郎だ……! もういい、こいつら二人の身ぐるみ剥いで錠をかけちまえ!」


流石にここまで来て暴れるほど彼も馬鹿ではなかったようだ。

少しばかり予定は狂ったがオルガたちは無事、人質になることに成功した。

後ろ手に手錠をかけられながら彼は今ここにはいない仲間たちを思う。


(どうやら俺はここまでのようだ……。後は任せたぜ……! 二人とも!)




***




そんな役立たずのアル中の心など知る由もない残りの二人はかなり離れた山の茂みに混じり望遠鏡で様子をうかがっていた。


「やっと捕まったな。あいつはいったい何をしていたんだ?」


「大方、酒が飲み足りないとかそんな下らない理由じゃあないかな。オルガだしね。」


「否定してやりたいが私には反論の言葉が浮かび上がってこないよ。」


ため息をつきながらオルガたちが運ばれていく様を観察し続ける。

そして、彼らは崖下にあった一番大きな家の中に入れられた。


「やっぱり、あそこに全員捕まっているようだな。」


「そうだね。違うのならオルガたちは特別にビップルームに案内されたとしか言いようがないね。しかし――」


そう言う彼らの顔には少しばかり暗い色が浮かび上がっていた。

確かに現在は作戦通りに事が進んでいる。

だが、この時点で根本的な場所から狂いが生じていたことに気が付いたのだ。


「人数が随分と情報と違うね。目算でも60人は確認できるよ。」


「エマが逃げ出したのは二日前だからな。別の盗賊と合流したか、増援を呼んだってことか。想定しておくべきだった……。」


見えるだけでもこの人数である。

家の中や山の中のことも考えるとこれよりまだ20人は多いだろう。

計80人を相手取るとなると、ヘイラはともかくエオナの身の安全は本格的に保証できなくなる。


「だからと言って逃げるわけにはいかない。困っている人を見捨てれば僕らも奴ら盗賊と同類になってしまうからね。」


「あの馬鹿を置いて行くわけにはいかないしな。それに難易度が上がったが私らの作戦に変わりはない。」


そう言うとヘイラは望遠鏡をしまい、ハンマーで一度大きく素振りをする。

鉄が空を切る重音が木々に吸い込まれていく。


「そうだね。じゃあ、僕たちも行くとするか。」


エオナは頷き小さなナップザックを肩にかける。

安い麻でできた簡素なものだ。

これから戦闘を行うのにこのような邪魔なものを持っていることにヘイラは疑問を感じた。


「なあ、ボス。その中には何が入っているんだ?」


「かわいいものさ。当ててごらん。」


「……生首か?」


「このヒントを使い君の頭の中でどんな理論が展開されたのかとても疑問だよ。」


「いやあ、あんたならそういう物をかわいいと言いそうだなって思って。」


「君の中で僕は魔王か何かなのかい……?」


下らない会話ののちに二人は行動を開始した。


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