第06話 蛇人族の呪い
「オ、オルガさん? 何があったんですか?」
一人だけ状況を飲み込めていないエマは不安そうに言った。
オルガはこのまま隠し続けるわけにはいかないと思い手を放すことにした
「ちょいとばかし趣味の悪い死体が出来ただけだ。見るのなら覚悟してからにしろよ、おチビちゃん。」
「おチビちゃんじゃないです。私の名前はエマです。」
彼が手を放すとエマの視界に異様な死体が飛び込んでくる。
彼女は吐き気を感じたがそれを何とか押さえ込む。
「あ……あの人、死んでいるんですか?」
「生きているように見えるか? それなら脳外科に行くことをお勧めするぜ。」
「じゃ、じゃあ何でああなっちゃったんですか……? さっきまで、数秒前までピンピンしていたのに……。」
「ああ、蛇人族が使う『呪い』って奴が発動したんだ。おかげで干物みたいになっちまっている。」
人間は『能力』を、エルフは『魔法』を、獣人には高い身体能力があるように種族にはそれぞれ固有の特徴とも呼べる力が存在する。
蛇人族という少数種族にとってはそれが『呪術』。
その中の一つとして存在するのが『呪い』である。
「つまり、私たちは今攻撃を受けたってことですか……!?」
「いや、今じゃあない。こいつは私たちに会う前から呪われていただけだからな。」
怯えるエマにヘイラが死体を調べながら答えた。
蛇人族が扱う呪いというものは聞こえは悪いが、その実態は決して敗れぬ約束の様なものである。
そのため、必ず相手との合意が求められることとなる。
つまり、誰にでもむやみやたらにかけられる物ではないのだ。
「大方、依頼主の情報を話すと作動するように誓ったんだろう。随分と臆病な依頼主なこった。」
「でも、それなら……それなら何でこの人は話そうと思ったんですか?」
「呪いは発動するまでその存在は分からない。かけたつもりがかかっていなかったりする事例もあるからそれに賭けたんだろな。まあ、結果はこのザマだが。」
呪いの恐ろしいところはかかれば最後、取り除く方法がないことである。
仮にそれを施した蛇人族を殺しても消えることはないのだ。
さらに発動するまで自らの体に呪いがかかっているかどうかを確かめることも出来ない。
調べる方法はただ死ぬことだけである。
「蛇人族は鬼人族に次いでその数が少ない。人間領で客人に指定されているのが約30人、不法入国しているのも5人ぐらいだ。こいつもまさか本物だとは思わなかったんだろう。」
「そう言うものなんですか?」
「ああ、蛇人族を養っているなんて貴族でも稀だからな。どうせ、偽物だと思ったんだろう。」
このような命がけの約束など貴族か大商人、黒ずくめの男の怪しげな取引現場ぐらいにしか使わない。
つまり呪いが行われる時、大金が動くことが多いのだ。
そのことに目をつけ蛇人族を装い呪いをかけるふりをするという商人もいる。
まあ、その大半がすぐにバレてしまい地面に帰ることになるのだが。
「しかし、ヘイラ。なんでお前そんなに詳しいんだよ。人数まで知っているって普通じゃあねえぞ。」
「いやあ……昔色々あってな。奴らのことについて調べまわっていたことがあるんだ。」
「なるほど……、随分勉強したな……。まるで蛇博士だ……。」
「穢土転生の媒体にするぞ、オルガェ。」
痛いところを突かれたようにヘイラは顔を曇らせ言葉を濁す。
オルガは気になったがこれ以上追求しないことにした。
過去のことをとやかく言うのは彼の性に合わないし、何より人にはほじくり返されたくはない過去の一つや二つあることは彼自身がよく知っているからである。
「で、ここからどうするんだ、旦那? 相手がこんな手札を持っている分かった以上安全は確保できないぜ。」
「ボスには悪いが私はあんただけでも撤退するのも手だと思う。死ねば元も子もないからな。」
突き放すような言い方ではあるが彼女の言っていることは正論であった。
エオナはこの国で五本の指に入るほどの権力者だ。
死ねばその影響で村の人間など目ではないほどの人間が路頭に迷う可能性がある。
彼にはここから先はあまりにハイリスクなのだ。
護衛の仕事を受けている彼女がこの提案をするのは当然であろう。
「おいおい、ヘイラ君。僕だけお楽しみから外すつもりかい? ここまで来たんだ、カーテンコールまできっちり参加させてもらうよ。じゃなきゃ、興奮が収まらない。」
そして、またこの男がそれを断るのもまた当然の事であった。
彼が求めるのは常にスリル。
消える命と生き残る命が交差する場所なのだ。
彼に正義の心がなければ、間違いなく無差別殺人を行う性格である。
「あの……エオナさんってちょっと危険な人なんですか?」
「ちょっとじゃあねえ、九割九分だ。」
「世界征服を目指す人と同等ぐらいの比率ですね……。」
横から聞こえてくる馬頭の声など全く聞こえていない様にエオナは高笑いを上げる。
まるで子供の心臓を食らう瞬間の悪魔のような表情であった。
その迫力は頭領の死を悲しんでいた盗賊をドン引きさせるほどだったという。
しばらく笑い続け、周りの冷たい目線に気が付くと恥ずかしそうに咳ばらいをする。
「ま、まあ、そういうことだ。日が上り次第村を目指そうと思う。」
「盗賊たちはどうする? 金魚の糞みたいに連れていくわけにはいかないだろ。」
「ここに置いて行けばいいよ。後は僕たちの後続の冒険者がなんとかしてくれるだろう。」
「手柄を取られるのは癪だが……しょうがないね。で、エマはどうする?」
「エマ君は……困ったな。どうしようか?」
盗賊たちはこの場に置き去りにしても問題はない。
最悪、モンスターの餌になったとしてもそれが当然のような人間たちだからだ。
だが、エマは違う。
善良な人間を僅かではあるがモンスターが現れる可能性のあるこの場に放置するわけにもいかない。
だからと言って、誰かを残せば少数である彼らの戦力は激減する。
「やっぱり、旦那が残ればいいんじゃあねえのか。盗賊だってあと40人ぐらいだ。俺一人でもお釣りがくる。」
「倒すだけならそうだろう。しかし、今回は村人の安全も確保しながらでなければならない。二人だけではしんどいだろう?」
三人でも厳しいことには変わりはないがこの人数であればその差は大きい。
より多くの人間を助けることを考えればエマをここに置いて行くのが最善である。
しかし、エオナたちにも人の心がある。
損得だけでは納得がいかないこともあるのだ。
そんな会話を続ける三人にエマが覚悟を決めたように言った。
「私は置いて行ってもらって結構です! 私のせいでみんなが助かる可能性が下がるぐらいならここに残ります!」
「無茶言うな、あんたに死なれたら私らの目覚めが悪いだろう。」
「でも……それでも……。」
それは出来ないと言いたいのが三人の内心ではあったが彼女のことを考えれば無下には出来ない。
エマは村人を救うためにここまで来たのだ。
それなのにここで足手まといになることを考えれば彼女は納得できないであろう。
断念したかのようにエオナが言った。
「仕方がない。エマ君も連れていこう。ここに残すより僕らといた方が安全かもしれない。」
「あの……すいません。駄々をこねてしまって……。」
「気にしなくてもいい。だけど、共に行く以上君にも仕事を与える。やってくれるかい?」
「はい!」
彼女は力強く頷いた。
その様子にエオナは満足気に笑う。
「いい返事だ。それじゃあ、作戦会議と行こうか。」
「その前に旦那。酒がなくなりそうなんだけどどうしよう?」
「街に戻るまで我慢しなさい。というか酒樽一杯をもう飲み干したのか……。」
「少し足りなかったがな。」
締まらない感じで作戦会議が始まり、その間オルガが酒の催促を8回行ったため無駄に難航することと相成った。
そして、翌朝アルコールが切れた鬼が引く馬車は村へと旅立つ。
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