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第04話  化け物の一撃

「おいおい、俺の首に気安く抱き着くんじゃあねえぜ。そこはいい女の特等席なんだからよ。」


「忠告してやる。黙っていろ、それ以上無駄口を叩くのならばあの世に行くことになるぞ。」


「なら俺も忠告してやる。早く逃げなきゃお前さんの命も残り少ないその髪もなくなるぜ、薄髪野郎。」


「まだ、フサフサだろうが! もういい、静かにしていろ!」


「おお、怖い怖い。」


捕まったオルガと盗賊は何か揉めているが頭領は特に問題はないと判断した。

あの状態から人質が逆らうことは出来ないと思ったからだ。


(あの男も警戒していたが……取り越し苦労だったようだな。ありゃ、図体はでかいだけの馬鹿だ。)


自らの安全が確定すると安堵よりも怒りが先に戻ってきた。

むざむざと殺された仲間たちへの思いが彼の中を駆け巡る。


(本当であれば俺はここでこいつらを無事に捕らえるべきだ……。だが、あいつらの無念を……苦しみを無視できるほど俺は賢くねえ……!)


いかに社会の底辺のゴミ屑どもであったとしても仲間意識というものは存在する。

彼は仕事の成果よりも今、心に広がっていく怒りに身を任せた。


「冒険者ども……俺はお前らを生かして帰らなくちゃあいけねえ。いくら腸が煮えくり返って今すぐ同じ痛みを合わせてやりたいという思いがあったとしてもだ。」


「それを私たちに伝えてどうするんだ? 頑張って我慢しているね、とでも褒めてほしいのか?」


ハンマーを地面に投げ捨てながらも相も変わらない態度でヘイラは答える。

頭領はその態度が頭には来たが怒鳴って解消することはしなかった。

彼はこの怒りを打ち消すのは言葉ではなく行動で示さなくてはいけないと考えているからだ。


「別にお前らに気持ちを知って貰いたいとは思わねえ……。だが、後悔はしてもらう。」


そう言いながら彼は無防備になったエオナたちに一歩近づく。

頭領の動きに、いや彼の怒りにつられるかのように一度は戦意を失った盗賊たちも間合いを詰める。

誰も彼もが目が血走っており、呼吸が荒い。


「安心しろ、生かしてはやる……。が、俺もこいつらも仲間の恨みを晴らさねえと気が収まらねえ。だからよぉ、男は両腕を切り落として、女は夜の相手をしてもらうことにするぜ……。」


「それは困るな。何しろ僕の両腕には妻を抱きしめるという重要な役割があるからね。ここでなくなったら彼女が泣いちゃうじゃあないか。」


だが、そんな野獣のような連中に囲まれ武器を失ってもなお二人は笑っていた。

そのことに頭領は無性に腹がたった。

追い込んだはずなのに追い込めていない。

そんな心を濁すような考えが疑問ではなく怒りに変わったからだ。

これが盗賊たちの命運を分けた。

この時、この疑問を解こうとしていれば彼らの運命は変わっていたかもしれない。

まあ、億分の一ほどの確率ではあるが。


「さて、そろそろ君たちの何のオチもない御託を聞くのは苦痛になってきた。だから君が代わりにオチを付けてあげてくれるかい、オルガ。」


「だそうだ。というわけでガキ、ここから先はR-18のホラー劇場だ。目をつむってな。」


「え……は、はい。」


突然のエオナが人質に向かって話しかけ始めた。

そして、人質もまた不敵なセリフを吐いている。

頭領はつい人質に目をやりたくなったがエオナから目を離さなかった。


(あの男はさっき、俺の仲間を瀕死にし注目を集めその隙をついた……。今回も隙を作るためのパフォーマンスの可能性がある。目を離すわけにはいかねえ。)


彼は最も警戒すべきはエオナとヘイラであると思っていた。

現状、彼の考えではオルガは身動きの一つも取れないはずである。

それに注意を割くのは敵の中にはかなり素早い女がいるためはかなりのリスクを伴う事となる。

彼は未知の恐怖ではなく、今確実に存在している脅威を優先した。


(それに人質には無抵抗なガキもいる……! 仮に能力者であったとしても助けることは難しいはずだ……! つまり、これははったりだ!)


頭領は自らの勘と経験を信じた。

それが間違いとも知らずに。


「てめえら! こいつらの言葉に惑わされるな! 今ここで捕え――」


彼が味方に指示を出そうとした瞬間に何かが目の前の地面を転がっていき、僅かに一度跳ねたのち動かなくなった。

それが通った場所に液体が道しるべのように垂れていることが視界の片隅から読み取れる。

飛んできた方向は人質のいた方向。

彼の脳裏に嫌な予感という名の危険信号が点滅を始める。


(いったい何があった!?)


しかし、そんな疑問もその何かを見た瞬間に消し飛んだ。


(これは……一体……!?)


それの正体が分からなかったからである。

いや、正確には大方の検討は頭の奥底ではついていた。

理解できないのは彼の頭は必死にそれを理解してはいけないと告げていたからである。

それでも理性がやがて答えを示す。


(これが……人間の……死体なのか!?)


それは確かに人間の死体であったがあまりに奇形、想像外の形。

そのため頭領を含め盗賊たちはそれを把握するのに手間取ってしまったのである。


(本当に……人間だったのか……!?)


その死体は二人の人間のものであった。

だが、それが誰だったのかは永遠に分からない。

頭から胸元にかけた部分がまるで熟れた果実を押し付け合ったように互いにめり込み合い一体化してしまっているからである。

強烈な一撃を瞬間的に、さらに部分的に丁寧に行わなければこのような形になることはありえない。


(頭が一つになっていやがる……! けど、潰れている分けじゃあねえ……! まるで皮をかぶるように後頭部から埋まっているんだ……!)


まさに史上最悪の二人羽織り。

血だるまと血だるまが織りなす動くことのない死者の芸。

笑えない。

全く笑えない化け物が作り出す悪夢のような芸術品。


「ヴォェ!」


この世の物とは思えぬその惨劇に一人の盗賊がたまらず嘔吐する。

それにつられるかのように気の弱い者は次々と嘔吐、失禁していく。

頭領も彼らにつられそうになったが何とか踏みとどまり、これが飛んできた方向を見た。

別に気になったとかそういうわけではない。

目線を死体にこれ以上向けていると気が狂いそうだったからである。

しかし、その先で見たものもまた同様に恐ろしいものであった。


(これは……波?)


彼は襲い掛かってきた感覚をそう例えた。

飲み込まれれば抗うこともできない死という名の黒く禍々しい津波。

迫りくるそれを目前とした彼の心中からは怒りも、悲しみもましてや反逆の意思など完全に消え去っていた。

ただあるのは生への渇望のみ。

そして、次に見えたのは数秒後に起こるであろう未来の景色。

蹂躙されるがごとく肉片と変わっていく仲間の姿。

断末魔を上げることすら出来ず死にゆく自らの最後。


「あ……ああ……。」


恐怖から言葉すらまともに出てこない。

命乞いすらまともにできず、握った剣を離すことすら出来ぬほど体は硬直している。


(助けて……! 神様……!)


死を目前とした彼に出来たことは祈り、ただそれだけ。

居もしない神に、いたとしても無力な神にただひたすらに心の中で願いを告げ続ける。

盗賊たち全員が動きを止め祈りをささげたこの時間はこれだけの人間がいるにもかかわらず異常に静かな空間となった。

そんな空間を作り上げた張本人はそんな彼らを無視して固く目をつむっている少女に話しかける。


「もう目を開けてもいいぜ。悪い妖精さんは地獄に住処を変えたからな。」


恐る恐る少女が目を開けるとその前にはオルガがいた。

彼はいつものように犬歯が見えるほど大きく口を吊り上げ笑っている。

返り血と肉片で真っ赤に染まりながら。


「きゅあ!」


「おい、人の顔見て悲鳴をあげるんじゃあねえよ。失礼しちゃうぜ。」


「す、すみません。ゾンビみたいに血だらけだったもので……。」


「まったく。仮にそうだとしてもそんなものを中和できるほどのいい男が目の前にいるだろうが。」


「いや、別にそこまでイケメンでは……。」


「それはてめえがガキでこのハードボイルドな大人の魅力が分かんねえだけだよ。なあ、ヘイラ。」


「あんたの魅力が分からないのがガキなら女はみんな死ぬまで子供のままだろうさ。」


呑気な会話をし、隙だらけである彼らを前にしても盗賊たちはもう動けなかった。

握った剣を振るうことも、逃げ出すこともせずただ見ていることしかできなかった。

馬鹿でも間抜けでもすでに悟っている。

もう逃げられないと。

完全に戦意を失った彼らにエオナは優しく、まるで子供でもあやすように話しかける。


「随分と怖い思いをしたようだね。でも、大丈夫。別に殺しはしないさ。逆らうのなら話は別だけどね。」


今度のエオナの言葉に盗賊たちは大人しく従い縛についた。

襲ったつもりが捕まるという逆の結果になってしまったが彼らに後悔はなかった。

それすらできなかった仲間もいるからだ。

盗賊たちの安堵の涙が地面を濡らすことでこの戦いは決着を迎えることとなった。


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