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第03話  盗賊 対 悪魔 ②

崩れゆく仲間の死骸を見つめるだけの盗賊たちには一瞬何が起きたのか分からなかった。

だが、すぐに怒声という騒音が静かだった草原を賑やかにする。


「クソ野郎が……! よくも仲間を……!」


「生け捕りだと……! ふざけんじゃねえ! ダチやられてそんな甘いことが出来るかよ!」


盗賊たちは武器を構えだす。

怒れる盗賊たちがとった行動はエオナたちを殺害するというものであった。

彼らがこの行動に至った理由は確かに怒りが原点にあるだろう。

しかし、その行動を起こせる後ろ盾は圧倒的な人数差による安心感である。

一人死んだとはいえ現在盗賊の数は12人。

戦闘を行えない少女を除くとエオナたちの4倍の戦力差がそれを彼らに与えているのだ。


「首、かっ斬ってカラスの餌にしてやるよ……。もう許さねえからな。」


「三人で勝てるわけがないだろ。分かったら神にでも祈ってな。」


勇ましい言葉を吐く彼らの言う通り、戦闘において人数差の価値はとんでもなく高い。

仮にこれが戦争で1200対300であれば結果を聞くまでもなく勝敗が分かる。

つまり、彼らは己らの勝利を確信しているのだ。


「口はよく回るんだね。けれど悪口では僕は殺せないよ。殺したいのなら行動を起こさないとね。」


「言われなくても分かっているぜ。地獄であいつに謝ってきな……。」


盗賊の内の4人がじわじわとエオナに距離を詰めていく。

彼らは仲間の死をもってしても気づいていなかった。

これは戦争ではない。

少人数の戦闘においてはこの程度の人数差など技量一つで覆ってしまうという事を。

目の前の冒険者たちがその実力を持ち合わせているという事を。

だから、早まった行動に出てしまった。

彼らは示し合わせたようにほぼ同時に剣を振るう。

エオナがもし、ただのE級冒険者であれば恨みの言葉の一つも上げることもなくあの世へ旅立っていただろう。

だが、彼はただの冒険者ではない。

大領主、ジンキョウ・エオナだ。


「なっ!?」


彼はわずかに体を動かし剣の軌道から抜け出す。

盗賊たちはその動きについてこられず虚しく剣で空を斬った。


「基礎がなっていないね。でも大丈夫。チャンバラで子供相手でならきっと勝てるよ。」


笑顔のエオナは片手で鞘を抑えながらサーベルを抜いた。

その舐めたセリフと態度が盗賊たちの怒りに油を注ぐ。


「てめえ! 舐めんのもいい加減に――」


心の底からマグマの如く湧いてくる怒り任せに叫ぼうとした盗賊はその瞬間に違和感に気付きた。


(なぜ、こいつはサーベルを一本しか持っていないんだ? さっきまで持っていた奴はどこにいった!?)


彼らは消えたサーベルの行方は探そうとしたがその必要もなく見つかった。

それは彼らのすぐそばに赤く染まりながら存在していた。

鞘の代わりに真ん中にいた盗賊の喉に刺された状態で。


「……!」


生きたまま鞘にされた彼を盗賊たちは皆一様に見入ってしまった。

当然だ。

今しがたまで共にいた仲間がいつの間にか死にかけているのだから。

しかし、心情的には当然のこの行為は戦闘中には最も悪手。

なぜなら敵から目をそらしてしまうことになるからだ。

そして、盗賊たちは時間にして1秒にも満たないこのミスの代償を払わされることとなる。


(ヤバい! 気を取られた! いつ刺されたとかは考えるな! 奴を倒さなくては!)


正気に戻りエオナの方を向くがもう遅い。

すでに彼は盗賊たちの目の前まで迫ってきていた。


(死――)


彼は何の迷いもなく開いていた盗賊の口にサーベルを突っ込むとそのまま思いっきり上へと斬り上げる。

口から上にきれいな赤い線が作られ、少し遅れてその隙間から血と脳みそらしきものが垂れてくる。

生まれてしまった三人目の被害者。

だが、盗賊も三度目は即座に行動に移った。

斬り上げたという事はすなわち隙が生まれたという事。

サーベルが戻すまでにエオナを殺せば彼らの勝利。

仲間の命が消えることで生じたこの隙を見逃すわけにはいかない。


「うらああああああああああ!」


残された内の一人はエオナの頭部をめがけて彼の左側から突きを行う。

外れるはずがない。

避けれるはずがない。

彼はそう考えながらエオナの顔を見た。


(はっ……!?)


悪魔はこちらを見ながら笑っていた。

その笑みの意味を彼は自らの命をもって知ることができた。


(左手にもサーベル……!? まさか……!)


先ほどまでなかったはずのサーベルがいつの間に握られている。

それがどこから来たものなのか。

答えは視界の端にあった。


(抜いたのか……! あいつの首から……!)


先ほどまで喉を鞘と化していた同胞が仰向けに沈んでいくの見える。

この時にして彼はようやく悟った。

すべて読まれていたと。

この自分の攻撃に至るまでのすべてを。


(クソ野郎が……仲間を道具みたいに利用しやがって……!)


悔しさに飲み込まれ目には涙をにじませながら彼は額を横に斬られ脳みそをぶちまけながら絶命した。

僅か5秒ほどで三人の命が天へと旅立っていった。

残った一人は叫ぶこともなくこともせず、ただその様子を目に焼き付けることしかできなかった。

そんな生き残りに対してエオナは刃を向けながら語り掛ける。


「すっかり聞き忘れていたが降伏するかい? それとも仲間の元に行ってあげるかい? 後者であるなら僕が案内してあげるよ。」


盗賊に悪魔がささやく魅惑の言葉。

生を許可する甘い幻惑。

飲めば仲間の死は無意味に、自分は彼らを裏切ることとなる。

そんな感情が入り混じり盗賊はその場に武器を捨てへたり込む。

彼が出した答えは生き残る道であった。


「なるほど。賢明な判断だ。では君は殺さないでおこう。」


そして、エオナのその言葉に涙が出てくる。

理由は二つ。

一つは生き残れるという安堵から。

そしてもう一つは自らの情けなさによるものである。


(すまねえ……! みんな、すまねえ……!)


涙をこぼし、無き友たちに心の中で懺悔する。

嗚咽をこぼす彼の心は完全に折られていた。

もう戦うことは出来ないであろう。

そして、それを攻める者は誰もいなかった。

この数秒の惨劇を見ていた大半の盗賊たちも同じ心情になったからだ。

彼らはいつも自らより弱い相手を人数差と暴力によって黙らせてきた。

だが、その逆に関しては非常に脆かった。

敗北という敗北を知らずに生き残ってきた彼らは圧倒的強者に対しての心構えがなかったのだ。

だが、僅か3人ではあるが強気心を持ち諦めぬ者達もいた。

仲間の首にサーベルが刺さった段階で即座に実力差を知った者たちだ。

彼らはその時にはすでに行動を起こしていた。


(正面からの正攻法は愚策……! ならば汚い手段を……最善の策を打たなくてはならない!)


その内の一人、この盗賊の頭領である男は仲間の影に隠れながらボウガンを撃てるように準備する。

そして、待った。

つけ入る隙を、必殺の一撃を叩き込めるその瞬間を。

その間にも二人の同胞が死神に連れていかれる。


(まだだ、今じゃあない! 怒りに飲み込まれるな! 今撃てばかわされる可能性がある……! チャンスは一度……ベストな瞬間を待つんだ!)


必死に心を押さえ込み、時を待つ。

そして、それは訪れた。

エオナが生き残りに話しかけ始めたのだ。

その時、エオナの向いている方向は彼から見て逆。

つまり今彼のいる場所は死角になっている。

この隙を見逃すわけにはいかない。


(奴らの会話からしてあいつがトップ、つまりは最大戦力! 失えば奴らは狼狽えるはずだ! そうなればこちら側に勝機は十分!)


即座にボウガンを構える。

この時、彼には落ち度はなかった。

得られた情報から想定し最善の策を選択したはずだった。

間違いがあったとすればこのパーティにおいてエオナは最も弱く、それ以上の強者がまだ二人いたという事だ。


「くたばりやがれ!」


放たれた矢は空を切りながらエオナの頭部へと飛んでいく。

しかし、それが命中することはなく突然現れた黒い塊に撃ち落される。


(んな! 馬鹿な!)


黒い塊の正体に彼は驚愕した。

それは先ほどまで離れた場所にいたはずのヘイラだったからだ。


(ついさっきまで6メートルは離れた場所にいたはずだろ……! 重い鉄の塊を担いで動ける距離じゃあねえ……! 早すぎだろうが、このアマ!)


先ほどまでのエオナの動きも確かに早かった。

しかし、それは立ち回りと技術、相手の視界を利用することによりそう見せているだけで実際の速さそのものは人間の範疇。

されど、今しがたヘイラが見せた動きは明らかにその類ではない。

技術などという甘っちょろいものでは説明がつかないのだ。


(つまり能力者か、こいつ!)


目の前の少女を睨みつけながら歯を食いしばる。

読みが甘かった。

今さらになってそのことに気付いたからだ。


「ボス、気を抜いてんじゃあないよ。おかげでシチューをかき回すのをオルガに任せなくちゃあいけなくなったじゃないか。」


「悪いね、ヘイラ君。少々遊びが過ぎていたようだ。」


この不意打ちを持ってしても彼らの精神に大きな揺さぶりは与えられなかった。

それが、彼らと自分の戦力差の距離を実感させられる。


「あの男はどうする? 私が始末するか?」


「いや、生け捕りの方が金になる。それに死体にすると荷物になるからね。」


「意外だな、私はてっきり皆殺しにしたいと言い出すかと思ったよ。」


「……さすがに降伏の意思があるのなら殺さないよ。君は僕を快楽殺人鬼か何かと勘違いしていないかい?」


「違ったか?」


「……僕のイメージって一体どうなっているんだ……。」


だが、頭領は心の中ではほくそ笑んでいた。

自分が生け捕りにされることに対してではない。

この状況が偶然にも彼の期待していたものであったからだ。


(あの男を殺せなかったのは残念だが……女を引きずり出せたのは幸運! ラッキーだぜ! これで俺の役割は果たされた!)


彼の目的の一つはエオナの殺害であったが本当の目的は別にある。

現状を一番手っ取り早く覆すのに一番良い策。

それは――


「動くな! こいつらがどうなってもいいなら別だがな!」


人質を取ることである。

力の差をそれ以外で埋めるのであるならこれが常策。

彼は即座に動ける仲間に目星をつけ指示を出していたのだ。

そして、それが今ようやく実を結んだ。

自らを囮として使い、気づかれぬように部下を遠回りさせ、オルガと少女の後ろに行かせることに成功したのである。


(バレる心配もあったがそれ以上に不安だったのが頭数。こちらで動けたのは俺を除けば僅か二人……。一人足りなかったんだ。だが、女がこっちに来てくれたおかげでそれは解消された!)


後ろからの強襲に成功した盗賊二人はオルガと少女の首に手を回し刃物を押し当てている。

まるでエオナたちが不穏な動きをとれば即座に二人を殺すと言わんばかりだ。

頭領の男は勝ち誇ったように笑いながら、ボウガンを捨てスラリと白銀に輝く剣を抜いた。


「さて一転攻勢だな、冒険者。矢を落とされた時はヒヤッとしたが俺たちの勝ちだ。武器を捨てな。」


彼は自らがとった策は成功したと信じていた。

だが、彼は知らなかったのだ。

それが最も愚策と呼べる行動だという事を。

最も喧嘩を売ってはいけない相手を刺激してしまったという事を。

そして何より、相手が人間ではなく化け物であるという事を。



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