第38話 悪いニュース
「じゃあ、悪いニュースから聞くぜ。俺は好物は最後まで残しておく主義だからな。」
「分かった。では結論から言おう。日が昇り次第この村を出なければならなくなった。」
「……どういうことだ? なぜ宴会もせずに帰らなくてはいけないんだ?」
オルガがむすっとした顔で尋ねる。
「理由は二つある。一つは君が重症だからだ。今は村医者の応急処置が施されているだけなんだ。街の病院で入院しなくちゃあいけないだろ。」
そう言われてオルガは忘れかけていた自らの体を見直した。
全身包帯だらけで右腕は木材を使った簡素なギプスのようなもので固定されている。
確かにエオナの言う通りこのままではまずいだろう。
だが、オルガことアル中は引き下がらない。
「大丈夫だって、こんな傷。病院なら宴会の後に行けばいいだろ? だからさ、飲んでから行こうぜ。」
「こんな傷って君ねえ……。右腕は骨片骨折な上に皮膚と爪は全部はがれているし、左太腿は三度熱傷、内臓を始め体内もズタズタ、一番傷が少ない左手にすら大きな穴が開いているんだよ。大丈夫なわけがないだろう。」
「俺の体のことは俺が一番よく知っている! つまり大丈夫だ!」
「話を聞いていたのか君は? 本来なら今死んでもおかしくない怪我なんだ。馬鹿を言わずに入院しなさい。」
「ぐぬぬ……。」
明らかに不満げな態度をとるオルガであったが自分の意見が通らないと悟ると唇を尖らせながら話を進めさせる。
「……分かったよ、旦那。で、もう一つの理由ってのは何なんだ?」
「……話してもいいがこれは君にとって決して気分がいい話じゃない。聞かないっていう選択肢もある。それでも聞くかい?」
「聞くに決まっているだろ。そんなもったいぶられて聞かない奴がいるか? 自殺寸前の奴でも死ぬ前に聞こうとするはずだぜ。」
その言葉にエオナは無言で頷くと先ほどまでの和やかな様子から一転し申し訳なさそうに話し始めた。
「さっきの怪我の話は確かに理由の一つではあるがどちらかといえば建前のようなものだ。この村を出なければいけない大半の理由は君の存在が原因だ。」
「……俺の? いい男すぎて取り合いでも起きたのか? それとも妻を取られそうな男どもが暴動でも起こしたのか?」
「君が鬼人族であることがバレたんだ、治療の際にね……。」
彼のその言葉によりオルガの顔が固まった。
そして、左手で頭を押さえると何とも言えぬ表情になる。
彼はものは知らぬが馬鹿ではない。
エオナの言葉が示す意味を大方理解したのだ。
「……君は本来であれば村人を命がけで救った英雄だ。いや、事実そうだ。だが、彼らの目にはそうは映らなかったらしい……。」
そして、彼はそのことについて薄々ではあるが勘付いていた。
どう考えてもこの場にエオナしかいないという事はおかしいし、彼が誰も呼びに行こうとしないこともおかしかった。
そのことから推測するのは容易であった。
だが、あえて気づいていないと自分に言い聞かせていたのであろう。
それは彼は無意識の間に自らの心を守ろうとした結果なのかもしれない。
「旦那、オブラートに包まなくてもいい。どうせそんな物は解けちまうんだ。ならば最初からなくてもいい。」
エオナはその彼の言葉にギリッと歯を食いしばった。
今から自分の言う事に対して言い様もない怒りがわいたからだ。
村人に、クライムに、そして何よりこの出来事の元となってしまった自分に対してである。
「正体を知った村人は二つの意見で割れたんだ。一つは君を受け入れようとする意見。そしてもう一つは……君を始末しようとする意見だ。」
村人の意見は人道的ではないが当たり前といってもいいだろう。
彼らは弱者だ、オルガの気まぐれで殺されてしまうほどか弱い存在なのだ。
弱者はいつの時代でも強者に対して恐れを抱く。
強者が人間であれば憧れや尊敬という感情によって隠されることもあるがそれでも少なからず抱いてしまうその感情。
化け物であるオルガに対して強く出てしまうのは当然だろう。
そもそもこの感情を持っていないエオナやヘイラの方がおかしいことなのである。
「彼らは……君が村人を守るためではなく餌を確保するために戦ったと考えている。つまり君の体力が回復次第……食べられてしまうのではないかと思っているんだ。」
「……嫌われたもんだな。涙がちょちょぎれちまいそうだぜ。」
村人から見れば彼は人を食う化け物以外の何物でもない。
いくらオルガが優しく接したところでその種族という差は決して埋まることはないのだ。
それが捕食する者とされる者の関係である。
「僕の正体がバレたことが幸運して口止めと手出しをさせないことは約束させた。だから、他の冒険者に気付かれたという事は今はない。それだけは安心してほしい。」
「まあ、一応最悪のシナリオだけは回避できたってことか。ついてるな、俺は。」
エオナのおかげで他の冒険者から討伐対象にされるという問題はなくなった。
だが、決していい状況ではない。
口止めしたとはいえ確実なものではないのだから。
時間が過ぎれば必ず漏れる。
オルガは希少性の高い生き物だ。
そうなればオルガは命を狙われることとなるだろう。
その事実が二人に再び沈黙を呼び戻した。
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