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第31話  鬼の意地

オルガの太ももに剣を刺したまま二人はまとめて爆風に吹き飛ばされる。

そして、オルガが地面に倒れる直前にアベルは空中で何とか剣を引き抜いた。


(これでいい……! これで決着、終戦……! 本当に終わりだ……!)


鬼の体内構造はほぼ人間と変わりはない。

同じ様な場所に臓器があり、血管が走っている。

つまり、大腿動脈に傷を入れたとなれば確実に致命傷に繋がる。


(運が良ければショック死……。仮に生きていたとしても残り数分の命だ……! だが――)


アベルは肩から地面に叩きつけられた。

そして、地面に跡をつけながら少し進むと止まり動かなかった。

正確には動けなくなった。

能力が解除されたわけではないが指先の一つもピクリともしないのだ。


(さすがに無茶をしすぎたか……。全身筋肉痛になった気分だ……。)


アベルの能力は衝撃の無効化まではノーリスクだがはじき返すのだけは別である。

その衝撃が大きければ大きいほど体力を奪われ、異常な疲労感に襲われる。

砲弾の衝撃を受け止めれば当然このような結果が訪れる。


(30秒も休めば体は動く……! そうしたら逃げるんだ……! 奴から離れ最後の瞬間を笑いながら見届けてやる……!)


そう思いながらオルガの方を見る。

彼は重いためかあまり飛ばされず砲弾により無残に崩れ火を上げながら炎上する家の近くにいた。

その足元にはすでに血によって水たまりができ始めている。


(やった……。成功だ……。そうだ死ね……! そこで死ね! 今死ね! 屈辱に頬を濡らしながら屍になり、俺の未来の糧になれ!)


アベルは肩で息をしながらも、顔を歪め笑った。

全てが終わった。

生き残った。

これで前に進める。

その感情がその表情を生み出す。

だが、そんな彼の思いに抗う様にオルガは起き上がる。

そして、片足だけで器用に立ち上がるとアベルの方を向いた。


「やりやがったなクソッたれ……。天使のガキがナイスバディの天使を連れて戻ってきやがった……。危うくついて行っちまいそうになったぜ……。」


その目は焦点が定まっておらず呂律もわずかに回らなくなっている。

腕や体のあちこちには破片が刺さっているのか血がにじんでいる。

そして、そのような傷が気にならないほど左太腿からは滝のように血が流れ地面を赤く染めていた。

口では強がりを言っているが満身創痍をそのまま表現したような状態である。


(馬鹿が……! この状態で動き回るなど残り少ない寿命を削るようなもの……! 愚行、死者の最後の強がり……!)


アベルはその行動に対して声が出るのならば笑いたくて仕方がなかった。

彼にはオルガの行動が無敵を誇る要塞が崩れゆく最後の音にしか聞こえなかった。


(終わりなんだよ、化け物……! てめえが今さらどうあがこうとも死……! それからはもう逃れられないんだ……!)


だが、アベルは次の瞬間にぞっとした。

今肩を押せばそのまま二度と起き上がれなくなるような男に対して恐怖を感じた。

揺るがぬ勝利の余韻が風に舞う木の葉のように吹き飛ばされる。


「随分と楽しそうじゃねえか、騎士様よぉ……。」


その男が笑っていたからである。

鋭い犬歯をむき出しにし、大きく頬を吊り上げ笑っていたからである。


「もしかして、勝ったつもりでいるんじゃあねえか……?」


笑顔というものは通常相手に好印象、安心感、仲間意識を与える。

だが、ほんの僅かではあるが例外が存在する。

それは、敵が笑ったときである。

その時に限っては不安、焦り、疑心といった感情を相手の中に産ませるのだ。


(落ち着け! これは強がり、はったり、虚構! そんな無価値なものに気を取られるな! 回復することだけに集中しろ!)


必死に自分に対して言い聞かせる。

この男にはもう何もできないと。


(大腿動脈を切ったんだ……! 医者に見せて適切な治療をしなくてはまず助からない……! そして、それは確実に不可能……! そうだ、もう終わっている勝負なんだ! 心を落ち着かせるんだ!)


確かにオルガは適切な治療などは知らない。

彼には学がなければ知識もないのだ。

だが、その代わりにそれを上回る経験というものは存在する。

殺し合いが常であったあの地獄が彼にそれを与えていた。


「なにも終わっちゃいねえさ……。こんな傷すぐに何とかしてあんたを殴りに行ってやるよ……。」


そう言いながら上半身の服と傷口の部分を破ると近くにあった50センチほどの木片の先端に巻き付けた。

そして、持っていた油をそれにたっぷり振りかけると火事になっている家を種火にしてたいまつを作る。


「動けねえのか? それなら、そこから見ているといいぜ。これで勝ったと思っていた自らの愚かさを知りながらな!」


そう笑いながら叫ぶとたいまつの火を傷口に押し付けた。

肉が焼ける嫌な香りが辺りに広がっていく。

先のアベルの顔が焼かれた時の物の比ではない。

焦げる匂いではなく焼ける匂いなのだ。


「ッうううううう!」


歯を食いしばり、腹からうめき声を上げながらも彼がとった行動は焼灼止血法と呼ばれる止血法である。

単純にその周辺の細胞や血管を焼き無理矢理に出血を止めるという極めて原始的な方法ではあるがこの状態においては有効であった。

無論リスクも存在する。

ただでさえ血圧が下がり、危険な状態なのだ。

ショック死の可能性はとてつもなく高まってしまう。

だが、オルガはそれに耐える強靭な精神を持ち合わせていた。


(いかれている……。仮に最善の策だとしても自分で自分を焼くなど気が狂っているというほかない……。)


アベルはその姿をただ見ていることしかできなかった。

動けないため手を合わせることもできないが心の中からショック死することを願う。


(頼む……! 死んでくれ……! 頼む……!)


その願いもむなしくオルガは患部を焼き切った。

皮膚は変色し、黒い炭のようになりながらもこの地獄の数十秒を彼は耐えきった。

そして、一度大きく深呼吸したのち脂汗を浮かばせながら再び笑った。

それはまるでざまあみろと言わんばかりのムカつく笑い方であった。


「さあ、第二ラウンドと行こうじゃねえか。何、心配してくれなくてもいい。足の5本や6本なんぞ奪われてもあんた相手にはちょうどいいハンデだぜ。」



次の更新は日曜日です。

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