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第28話  遠のく勝利への道

(刺さった! 俺の勝ちだ!)


安堵と勝利の愉悦がアベルの心を見たしていく。


(生き残った……! あの化け物に勝ったんだ!)


だが、それはわずかな時間だけのことだった。

それに終わりを告げたのは剣を伝ってアベルの腕に知らされた違和感だった。


「ぬおっ!?」


その違和感を理解する前に驚きの声を上げながらオルガに距離を取られた。

刺された左胸部からは血が流れ出ているのか彼の服をじわじわと赤く染めていく。


(この手応え……! まさか……!)


信じたくない想像がアベルの脳裏を駆け回る。

しかし、目の前に立っているオルガの存在がそれを現実だと教えてくる。


「ヒヤッとしたぜ、今の一撃。全裸のキューピット共が俺を迎えに来やがった。」


左胸に一撃を受けてもなお彼は相変わらず強気な笑みを浮かべている。

なぜ、倒れない。

簡単な話である。

先の剣が心臓に達していなかった。

たったそれだけのことである。


「だが、ガキには興味ねえって言ったらあっさり帰っていきやがったよ。職務怠慢な奴らだぜ。」


では、なぜアベルの剣が通用しなかったのか。

その答えが彼の顔から血の気を引かせる。


(筋肉……! 奴の肉の壁を突破できなかったんだ……!)


まさに常識のはるかに凌駕した驚異の防御力を誇る鬼の筋肉。

いかに優れた剣であろうとそれを突破し臓器に辿り着くには人間という種族ではあまりにも力不足。


(こんな……こんな無茶苦茶な話があるか! 筋肉で剣を防ぐ……? ありえてなるものか!)


アベルの考えた決死の策を種族の力というふざけた理由で破られたのだ。

衝撃というより怒り、悲しみというより苛立ちが心の中に広がっていく。


(ちくしょう……! なんだこれ……! どうしたらいいんだよ……!)


いくら自問自答しても答えは変わらない。

彼の剣ではオルガに致命傷は無理だという事実に変わりはないのだ。


「あんたの能力はすでに把握できた。まあ、右中指骨折という手痛い代償を払わされたけどな。手だけに。」


オルガの面白くもない冗談など耳に入ってこない。

それよりもアベルの耳に入ってきたのは先ほど心にした栓が外れる音だった。

そこからはどす黒く恐ろしい絶望という水が溢れ出す。

それに溺れたらそれが最後。

生まれたての子猫のように震えながら死を待つだけとなる。


(諦めるな、俺……! 別に、全てが終わったわけじゃない……! 能力というカードを捨てただけじゃないか……!)


そう、決着がついたわけではない。

アベルにはまだ技術と武器というカードが残されている。


(だが、一番強力なカードを捨てたということも事実……! それに時間の猶予もない……!)


彼が能力を発動してからすでに2分が経過している。

勝つためには残りの8分でオルガを殺さなくてはならない。


(悪いように考えるな! さっきの一撃で分かったことを活用するんだ……!)


即座に間合いを詰め、オルガに剣を連続で振るう。

オルガが後ろ向きに逃げるのを追いかけるようにひたすらに打ち込む。

先ほどのような一撃必殺を目的にしたものではない。

とにかく当てることに特化した斬り方である。


(貫通が無理なら出血を狙うほかない……! 筋肉が邪魔をするならその上を走る血管を斬りまくるんだ!)


あくまで剣が通らないのは筋肉に関してだけである。

皮膚のすぐ下の血管ならば十分に斬ることが可能だ。


(血がなくなれば動きは鈍くなる。その瞬間に次は筋肉が薄い首を狙ってやる!)


確かに作戦としては十分に成り立っている。

だが、わずか8分という時間でそれは可能なのだろうか。

本当にそれほどの大量の血を流させるほどの攻撃を当てられるのか。

その答えはすぐに出た。


(こいつ……! もう俺の動きに対応してきやがった……!)


手数が増えればそれだけ自らの癖や斬り方が露見するというもの。

最初の数撃以降、オルガへの命中の回数はめっきりと減っていく。

特に太い血管を狙った攻撃に関しては確実に身をかわしている。

彼は自らの経験、なみなみ外れた動体視力で見切り始めたのだ。


(またか……! また、常識外れなことしやがって……! クソが……!)


再びぶつかる種族と実力の差という壁。

何年も鍛錬して培った剣術があっさり崩れ去ったような気がした。


(クソが……! クソが……! クソが……!)


悔しさから涙が流れ出す。

確かにこれほど簡単に技術というカードが使い物にならなくなったという失望もあっただろう。

しかし、彼の涙は別の理由からくるものだった。


(あんなに努力してきたのに……。あんなにつらい思いをしてきたのに……。それを……それを……!)


彼の今までの人生を真っ向から潰しにかかるオルガの強さ。

涙無くしてその現実を受け止められる筈がない。


「ああああああああ!」


喉よりももっと深い場所から雄たけびをあげながら剣を振り回す。

だが、届かない。

叫びなど上げても何も変わらないからだ。


(ふざけるな……! 俺の剣術がこの程度で見切られるはずがない……! 必ず届く……! 届かせる……!)


しかし、斬りこめば斬りこむほどに実感させられる。

無理だということを。

遠のいて行っているということを。

最初は勢いがあったアベルの心情にも変化が起きる。


(届けよ……。届いてくれよ……! 頼む……!)


懇願し始めたのだ。

それは勝利の女神が最も嫌う感情。

そんなものを始める者に決して彼女は振り向かない。


「オラァ!」


涙を流す彼に突然、逃げに徹していたオルガからの左拳が撃ち込まれた。

眼前に現れたそれはアベルに何のダメージも与えられずに弾かれる。


「ッチ!」


舌打ちをし、オルガはまた攻撃をかわし始める。

威力を返したはずだが、ダメージが入っていないところを見るとそれほど強く殴っていないのだろう。

だが、この一撃がアベルに正気を取り戻させる。


(何しているんだ、俺は! 落ち込むことなどあの世でやれ! まだ、カードは一枚残っている! 危険を伴っても切るんだ、このカードを!)


アベルが最後の一枚を切る決断をする頃、オルガも交わしながら思考を走らせていた。


(泣いているからてっきり能力が外れたと思ったが違うのか……。じゃあ、なんで泣いているんだ、こいつ?)


百面相のようにコロコロと変わるアベルの表情に不気味さを感じながらも隙を伺う。


(ま、別にいいか。それよりこいつの弱点を見つけることが先決だ。これほど強い能力。何かしらの条件か代償があるはず。)


能力とは作っているのが人間である以上完璧なものではない。

ヘイラのように単純な能力ならともかく、アベルのような能力であれば必ず何かしらの条件が存在する。


(現状分かっていることを整理しよう。奴の能力は攻撃をはじき返す、これだけなら別にいい。)


確かに恐ろしい力だがこちらから強い攻撃をしなければ大きな問題はないのだ。

現にオルガは先ほどのような強力な一撃を放つつもりは毛頭ない。


(だが、はじき返す場所を選択できるってのは厄介だ。現に俺の指は中指だけ折れちまっている。)


ほぼ同時に拳を当てたのにも関わらず中指だけが折れ他の指には一切のダメージが入っていなかった。

そこから推測できたこと、それは衝撃の移動である。


(もし、衝撃が腕まで移動させることが出来たらどうだ? 次はマジで内臓を斬られることになる。)


タラリと冷や汗がオルガの頬を伝う。

いかに彼とて死ぬのは怖い。

それを想像すると死神の鎌が首筋に当てられるような嫌な寒気がする。


(まあ、そうならないためにもさっさとこいつを倒さねえとな。逃げて様子をうかがうのはこれでお終いだ。)


連撃の隙を見て横にすれ一気に距離を取り直す。

そして、山隅になっている死体の方に走り出した。


「かなり早いサンタさんからのプレゼントだ!」


死体を掴むとアベルの方へと投げつける。

血をまき散らしながらアベルの顔面にぶつかると突然勢いを無くしたようにポトリと地面に落ちた。


(でかいものでもダメか……。くっそ厄介な能力だな……。)


内心で嫌な汗を流しながら表面上はヒューと小粋に口笛を吹く。


(血も……今度は奴に付着せずに弾かれたな。今は液体すら弾くのか、さっきは発動していなかったのか……ん?)


この時オルガはアベルの体の周りに不思議なものを見た。

弾かれている血がまるで薄い膜がアベルを包み込んでいるように彼の体の僅かだが外を流れていたのだ。


(なるほど……あの薄皮みたいなのが攻撃を弾いているってわけか。)


そう思いながら新たな玉として大柄な死体を掴む。

アベルは片足で死体を蹴り飛ばすと走り出した。

銀色に美しい装飾が刻まれた靴が紅色の輝きを纏う。


「もう一丁くれてやるよ!」


オルガは死体をまた同じように顔面へ向かって投げた。

無論、結果は同じ。

ぶつかりズルリと地面に落ちるだけ。

だが死体で視界を奪うこと、それがオルガの目的であった。

すでにアベルの目がそれた瞬間に近くの民家の影に隠れている。

あのままかわし続けても彼に勝機が向くことはない。

それならば一度隠れ態勢や武器を整える方がよいと判断したのだ。


(すべてを弾いているわけではないはず……。あの能力には必ず穴がある……。)


万物を完全に無効化しているはずはない、これがオルガの予想である。


(奴に届く何かがあるはずだ……。幸い時間だけはたっぷりある。ゆっくり、確実に行こうじゃねえか。)


皮肉なことにアベルと違いオルガに時間制限などというものはない。

それどころか鬼の再生能力の恩恵があるため半日もしたら胸の傷もあらかたふさがる。

持久戦にも特化した生態を持っているのだ。


(奴が能力を解除した瞬間を狙って奇襲をかけたいが……。恐らく無理だろうな。殺気を出して近づいたら奴は目をつぶっていても俺の存在に気付くだろう。)


彼は過去に何度か剣術、体術の達人との戦闘の経験がある。

彼らには一部の隙もなかった。

つまりそれはアベルに対しても言えることである。

彼は若いがその実力はすでに達人の領域に達しているのである。

オルガはすでにアベルの実力を認めていた。

ゆえに隠れるなどという性に合わない策を取ったのだ。


(とにかく武器をそろえよう。素手でやり合うのは得策じゃない。)


そして、足音を立てない様にどこかへと消えて行った。


次の更新は水曜日です

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