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第26話  這い上がる騎士 対 笑う化け物

もう逃げない。

オルガを視界にとらえてから頭の中で何度つぶやいただろう。

一歩近づくだけで押しつぶされそうになる心を奮い立たせる。


「どんな奴が来るかと思ったらさっきの泣き虫野郎じゃねえか。ハンカチはいるか? 涙を拭きたいなら貸してやるぜ? ただし、鼻水は拭くなよ。ヘイラのだからな。」


「なんでナチュラルに私のを貸そうとしているんだ? 自分のを貸せ、自分のを。」


「嫌に決まってんだろ。何で男に貸さなきゃいけないんだ? 俺のハンカチは女の涙を拭く専用なんだよ。」


「じゃあ、私のはいい男専用だ。まあ、すぐ泣くような奴がいい男とは思えないから貸さないけどな。」


馬鹿にされても、けなされても、笑われたとしても気にならない。

勝つことだけ。生き残って全てを手に入れるため。

それだけを考えているからだ。


(負けるな……! 仮にすべてが劣っていたとしても心だけは勝て……! そうでなければ……そうでなければ勝利が訪れることはない……!)


歯を食いしばり、拳を固く握りしめながらオルガの目の前に立つ。

見上げなければならないほどの巨体を相手にその心だけは一歩も引いてはいない。


「両者揃ったところで呪いの準備を始めよう。さっきの条件をゼリアの前で了承してくれ。」


クライムは2人の顔を交互に見て楽しそうに笑う。


「いいぜ。了承しよう。」


オルガは何のためらいもなく呪いの条件をあっさりと飲み込む。

それはまるで、自分が勝つことが確定しているような態度であった。

まさに強者の余裕。


「……俺もだ。」


それにつられるように、アベルも同意する。

すると同時にゼリアは小さな声で何かをつぶやき始め、10秒ほどするとまた静かになった。


「これで終わりなのか? 俺はもっと派手な感じでやると思っていたんだがな。」


「信用できないか? なら、そこらの盗賊を殺してみるといい。派手な文様がお前さんの体に浮かび上がるぜ。」


「あんなキモイ入れ墨は入れたくねえからやめておくぜ。」


クライムとアベルは顔を見合わせ笑いあう。

だが、その内心は顔のように穏やかなものではないだろう。

そんな会話を耳に入れながらアベルは剣の柄をなぞるように触る。


(これで本当に逃げ道はなくなった……。ここから先は一本道……! 後は走り切るだけ……!)


退路は完全に断たれたことを自らに言い聞かせる。

これで逃げ場はなくなった。

心が折れない限り、もう弱い自分が出てくることはないであろう。


「次はエオナと俺、そして観客の皆さんだ。さっさと済まそうぜ。俺は早くショーが見たくてうずうずしているんだ。」


「お前と契りを結ぶなんてことはやりたくなかったが仕方ないな。」


「口もノリも悪い野郎だ。まあいい、俺たちも簡単。ここから少し離れた場所に移動してただ見ているだけ。情報、武器、戦力の提供はなしだ。」


「良いだろう、了承しよう。」


エオナは渋い顔をしたままではあるがあっさりとそれを受け入れる。

それを見て村長を初め、皆恐る恐る同意していく。

そんな他の者の契約を尻目にアベルは必死に頭を働かせる。


(策を練るんだ……! 正面からやり合っても勝ち目は薄い。ならば奴の隙をつくしかない!)


格上の相手に勝つには奇襲か策にはめるかの二択しかない。

そして、決闘という形であれば奇襲は不可能。

自然に策をしか道は残らなくなる。


(あるはずだ……! なにか、必勝法が……! この世に不可能なんてものはない……!)


一方、歯を食いしばり冷や汗を流しながら思考するアベルのことなど全く気にしていないオルガは死んだ盗賊の体から金目の物を奪っていた。

この男は、この後の博打の金の代わりになるものを探していたのである。


「おい、オルガ。あんた随分余裕そうだな。身ぐるみを剥ぐなら後からにしろよ。」


契約を済ませたヘイラその行動に一度眉をひそめるとため息交じりに話しかけてくる。


「余裕なもんか。こっちは無一文なんだぜ。今のうちに稼いどかなきゃまずいんだよ。」


「……まあいい。余裕があるならあんたに頼みがある。」


「頼み?」


血だらけの死体の山から一度手を放し、ヘイラの方を見る。


「ああ、あの騎士のことなんだが出来れば生け捕りにしてほしい。頭領たちより蛇人族の情報を得られそうだ。」


「ああ、分かった。殺さなきゃいいんだな。」


「軽いな、あんたは。殺し合いに挑むってのにこんなハンデを簡単に受け入れるなんて……。いかれた奴だ。」


ヘイラは苦笑しながら乾いた声で笑う。


「俺は女の頼みは断らねえ主義なんだ。だから気にすることはないぜ。」


もし、彼が死体をいじくりながらでなければこのセリフはもう少しかっこよく聞こえただろう。

格好を付けたいのにどこか残念な行動。

だから、この男はモテないのだ。


「じゃあ、博打をやめろよ。いい女からの頼みだぜ?」


「やっぱ今の話はなしだ。俺はいい女の頼みは断らねえ主義する。」


「おい、脳筋野郎。それじゃあ、私がまるでいい女じゃねえみたいじゃないか。」


「胸がナインナインの奴はいい女とは呼ばねえ。つまりはそういうことだ、まな板。」


オルガは高笑いを上げながら、ネックレスや指輪をポケットに無造作に放り込む。

もし呪いによる制約がなければヘイラはオルガを殴っていただろう。

意外なところで呪いに助けられたオルガであった。


「ヘイラ君、僕らはそろそろ移動しよう。ここにいると巻き込まれそうだからね。」


呪いの準備が整ったのかエオナが村人と盗賊を連れ村の入り口付近へ移動を始める。

それに頷くとオルガに倒された頭領を片手で持ち上げながら後ろ手に手を振る。


「それじゃ、クソ鬼。怪我すんなよ。」


「誰の心配してんだ、絶壁女。これから蟻を踏み潰す像が怪我するわけねえだろ。」


ゆっくりと立ち上がりながらアベルに向かって不敵な笑みを浮かべる。

その様子を一人だけこの場に残っていたクライムが面白そうに見つめていた。


「自信満々だな、鬼の小僧。だが、気を付けな。勝利の女神ってやつはかなり気まぐれな奴だからな。」


「女ってのは多少わがままなぐらいがちょうどいい。そっちの方が燃えるってもんだ。」


「お前の主人と同様、口が減らない奴だ。まあいい、お互い距離を取れ。」


クライムの言葉に従いお互いに後ろ足に距離を取り合う。

10メートルほど離れると二人は足を止めた。


「それじゃあ、勝負開始だ。観客の血の気が騒ぐ戦いを期待しているぜ。」


指を鳴らすとクライムの姿はすっと消えた。

あっさりとだが、この瞬間から戦いの火ぶたは切って下されたのである。


(始まった……! 俺の未来を決める命の駆け引き……! 負けるわけにはいかないんだ……!)


アベルは剣を抜き、今までの何万回と繰り返してきた構えを取る。

右側に剣を引き横の即座に斬れる型だ。

オルガも腰を低くし動きやすい体勢に変わっている。

だが、そこから近づいてくる様子はない。


(奴は警戒している……。襲ってくる様子はない……。ならば、能力を使うのはまだだ。ぎりぎり……ぎりぎりまで引き寄せてから使うんだ。)


この戦闘において、アベルがオルガを上回っているものは二つある

一つは手札の数。

能力、武器、技術、大きく分けてこの三枚が現在オルガに対しての不意打ちになる力を秘めている。

逆に言えばこれらの手札を切り終わってもなおオルガが立っていれば勝負は決してしまう。

つまりこれはアベルにとっての残りの寿命のようなものである。


(能力による不意打ちが通用するのはおそらく一回だけ……。これが一番強力なカードだ。確実に上手く決めたい。)


二つ目は情報量。

コロシアムでオルガを何度か見たことがあるアベルにとって彼の戦い方は大方把握している。

言うなればオルガの手札がすべて見えている状態。

だが、見えているからと言って即座に勝ちが拾えるような敵ではない。

知っているからこそ戦いを避けたくなるような化け物なのである。


(認めたくはないが戦闘経験では奴の方が圧倒的に玄人。それに対して俺は実戦経験がほとんどない……。下手を打てばその瞬間に食い殺される! 慎重に行かなければ……。)


皮肉な話ではあるがコロシアムという環境はオルガの強さを底上げすると言う役割を果たしていた。

力や能力ではなく、様々な敵に対する知識と対抗手段を彼に教えてしまっていたのだ。


(こちらから動くのは危険……。先手を捨ててすぐに剣を振るえる体勢のまま待ちに徹した方がいいな……。)


アベルは完全に守りの型に入り、息を整えながらその時を待つ。

互いに一歩も動かなくなってから30秒ほど立つとオルガは頭を掻きながら腰を上げる。


「やっぱだめだ。男の顔をずっと見続けるなんて性に合わねえ。あんたもそうだろう? なあ、騎士様? 」


オルガは笑いながらアベルに話しかけ始める。

しかし、当然の如くアベルは身動きの一つもしないまま彼を足先から頭まで動きを見逃さない様に観察し続ける。


「ジロジロ見んじゃねえよ。そっちのけでもあるのか? まあいい。ここで殺し合うのも何かの縁だ。少し話でもしようぜ。」


オルガは慣れた手つきで胸元からボトルを取り出す。

先の戦闘で血を浴びたのか真っ赤な色に染めあがっている。

それを一口だけ飲み干すとニヤニヤとアベルに語り掛ける。


「やっぱり酒は最高だ。俺はこいつを飲むたびに外に出てよかったと思っているよ。あんたも飲むか? 死出の土産に一口だけ特別に飲ませてやるぜ?」


オルガはボトルを投げようとするが、そんなものを受け取る気にはならない。

毒が入っている可能性もあるというのもあるが、あんな不気味なボトルの酒など誰も飲みたくないからだ。

受け取ってもらえないと悟るとオルガは残念そうにまた自分で一口だけ飲む。


「話は変わるがあんた、俺の正体に気づいているだろ?」


「……!」


アベルが一瞬驚いた表情になると彼はまた愉快そうに笑う。


「何でって顔しているな。簡単な話だ。あんた、旦那と話している最中ずっと俺のこと見ていただろ。あんなに熱い視線を送られたらすぐに分かるぜ。」


「……奴隷のくせに馬鹿ではないようだな。少しばかり見直したよ。」


アベルは本心からその言葉を述べた。

そして、改めて認識し直す。

目の前の男は、ただの力だけが自慢の馬鹿ではないということを。


「そこで単純な疑問が生まれた。なんで逃げなかった? 自分で言うのもなんだがかなり強いぜ、俺は。」


「……先に進むため……未来を掴むためだ……。」


その問いにアベルは静かに答える。

それを聞くとオルガは大きな声を上げて笑った。


「面白い奴だ。俺と殺し合う時、大概の奴はそこで死ぬ覚悟をしてくる。だが、あんたからはそれが感じられない。まるで本気で勝つみたいな気迫を感じるぜ。」


「……褒めているつもりか?」


「モチのロンだ。尊敬に値すると感じている。だから、俺はそんなあんたの覚悟に免じて正々堂々と騎士道精神とやらに則って戦ってやるぜ。」


そういいながらボトルの中身を一気に飲み干し再び胸にしまう。

それと同時に走り出しアベルとの距離を詰めようとする。

惑わすような立ち回りもなく正面を切ってまっすぐアベルに突っ込んできた。


(動いた! すれ違いざまに確実に剣を当ててやる!)


剣術の達人であるアベルからすれば、いくら素早く来ようと馬鹿正直に正面から来れば切ることは容易いことである。


(自らの強固な肉体を使った特攻! 多少の傷を承知して一撃で仕留めに来やがった! だが、この距離なら間違いなく脳天に入れられる!)


その時であった。


「プッ!」


オルガの口からアベルの顔面に向かって大量の赤い液体が高速で発射される。

人間では再現不能な距離から出されたそれはアベルの顔中に叩きつけられた。


(くそ、目つぶしか! 姑息な手を!)


反射的に閉じそうになる瞼を気合で止め、あえてそれを受け止める。

今、目をつむることこそが最も危険なことだと判断したからである。


(多少ぼやけているが奴の姿は確認できる! 太刀筋に問題はない!)


そのまま剣を振るえていればオルガに多少のダメージを与えられていたのかもしれない。

だが出来なかった。

口にわずかに入ったこの液体の正体が分かってしまったからである。

鉄臭く、その舌触りだけでも嫌悪感を味わわせるそれは幼少期のころから何度も舐めたことがある親しみ深い味であった。


(この液体……! まさか!)


アベルの想像は当たっていた。

オルガの口から出されたそれは人間の血液である。

それも先ほど死んだばかりの盗賊たちの物だ。

彼は死体を物色するついでにボトルの中に血を補充していたのである。


(これを飲んでいたのか……! 化け物が……! 狂っていやがる……!)


正気の沙汰ではないこの行動に気圧されアベルの行動が一瞬だけだが遅れてしまった。

オルガはその動揺を見逃すはずもなく、本気で地面を蹴り急加速をする。


(早い! 間に合わない!)


剣が振るわれるよりも早く、アベルの無防備な左側に入り込まれる。


「オラァ!」


その勢いでオルガの平手がアベルの顔面に叩き込まれた。

一瞬のためらいによりアベルは貴重な機会を一つ失ったのである。


次の更新は1月25日(水)を予定しています。

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