第23話 道化の提案
「そう殺気立つなって。そんな盗賊よりも怖い顔じゃ女の子はよりついてこないぜ。俺のように笑顔でいないとな。」
クライムはニィーと自分の頬を持ち上げエオナと対照的に笑顔を作る。
実にふざけた態度のこの男にいつの間にかオルガは背後に回っていた。
そして、後頭部めがけて拳を打ち込む。
「しゃあ!」
人間の筋肉では再現不能の高速の拳による不意打ち。
向き合っていたとしても回避が難しいこの一撃はクライムの頭を正確に打ち抜いた。
そのはずだった。
「おう、なんだ? 目の前にいきなり拳が現れたぞ。いたずらばかりする俺に神からの罰か? 怖いねえ。」
拳は確かに彼の頭を貫通している。
だが、ぶつかった場所からは血が出るのではなく陽炎のように空間がゆらゆらと歪んでいる。
「げっ!」
オルガは異常に気が付くと即座に腕を引き彼と距離を取る。
「おいおい、人が喋っている時は静かに聞こうと教わらなかったのか? ましてや殺しに来るとは育ちが知れるぜ?」
ケタケタと笑いながらオルガのいる後ろを振り向く。
すでに先ほどまで拳があった場所は元に戻ってしまっている。
「悪いな。俺はこの後で祝いの場を開いて酒を飲む予定なんだ。早めに死んでくれねえと準備が遅くなっちまう。」
「そいつは楽しみだ。宴会芸なら任しとけ。手品の準備ならいつでも万端だぜ?」
どこからともなく花を出すクライムの胴が今度は同じく不意打ちによりハンマーが叩き込まれる。
しかし、それもまた宙を斬るように通過していく。
「ちっ!」
ハンマーを再び構えながらヘイラは舌打ちをする。
能力は分からないが武器でも生身での攻撃も意味がないとなると二人にとってはかなりの脅威である。
「これはこれは、お嬢ちゃん。中々ハードなスキンシップだが女の攻撃なら俺は許しちゃう。なぜかって? 俺がいい男だからさ。」
「アホいうんじゃねえよ、クソガリ野郎。あんた良い男だって? あんたに比べりゃうちの馬鹿の方がいい男だと私は思うね。」
「振られちまったぜ、悲しいねぇ。」
「告られちまったぜ、……そこまで嬉しくねえ。」
「そこの馬鹿は後でお仕置き決定。膝を抱え震えて待ってな。」
武器を構え軽口を言い合う二人だがその間もクライムの隙を狙い続ける。
いや、正確には隙は存在し続けているのだ。
それどころか戦闘経験が豊富な彼らから見れば全身隙だらけ。
本当にただ突っ立っているだけ。
それが、彼の不気味さを助長している。
「ん? なにをそんなにジロジロ見ているんだ? 俺のことが気になるのか? ならば自己紹介してやるぜ。俺の名はシュクリス・クライム。職業は――」
「興味ないな、そんなこと。それより能力のネタ晴らしをしてくれる方が私らには助かるね。」
「連れないこというなよ。俺のプロフィール、気にならない?」
「ならねえし聞いたところですぐ忘れるな。俺はいい女の名前しか憶えない主義なんだ。いい女の情報なら聖書ぐらい厚くても丸暗記できるけどな。」
じりじりと間合いを詰めながら会話する二人に対してクライムからは恐れる様子や警戒心といったものは一切感じられない。
逆に珍しいものを見る様子でニヤニヤと笑い続けている。
「オルガ、ヘイラ君。その男と戦おうとしても意味はない。奴の能力はそういうものだ。」
「おいおい人の見せ場を取らないでくれよ、エオナ。能力の説明ってのは俺たち能力者にとっての名物みてえなもんだろ。」
エオナはそんな彼の言葉を無視し、話し続ける。
「『自分と触れている物の幻影を出す能力』。それがそいつの能力だ。こいつの本体はここにはいない。つまり攻撃は効かないがあちら側からも出来ない。だから戦おうとするだけ無駄だよ。」
「くう~。相変わらず厳しいねえ! 俺の頼みを聞こうともしてくれない。全く、顔通りの悪人だぜ。」
「それはこっちのセリフだ、クライム。下らん話はもう聞きたくない。何か要件があるんだろう? さっさと言え。お前の顔を見ているだけで気分が悪くなる。」
「まあ、そういうなって。久々に会ったんだ。積もる話もあるだろう?」
「ないね。お前と話すぐらいなら壁に向かって語り掛けた方がまだマシだ。」
にこりともせずに答えるエオナに対してクライムは高笑いを上げる。
「んん~、残念! 分かったよ、本題に移ろう。だが、一つだけ言いたいことがある。エオナ、いい物を買ったな。」
一度オルガの方を見た後意味ありげにニヤリと笑う。
「人の仲間を物扱いしないでほしいね。もういい、本題に入れ。」
エオナの額に青筋が浮かび上がっている。
顔以外は温厚な彼がここまで怒りを表に出すことは珍しい。
クライムに実態があれば何度殺していたかは分からないほどである。
「しょうがねえなあ。それじゃあ、要件を言おう。俺とゲームをしてくれ。」
その言葉にエオナの青筋がさらに一本増える。
怒りのためか手に持っているサーベルがカチカチと音を立てながら小刻みに震えている。
「まあ、落ち着け。これはお前らの命を救うための話なんだぜ。」
「聞きたいね。この怒りを鎮めてくれるのならね。」
「聞かせるより見せた方が早いな。それ、行くぞ!」
そういうとクライムが指を鳴らした。
盗賊を初めエオナたち以外の者はキョロキョロと辺りを見回す。
だが、何も起きない。
そう思った瞬間であった。
突如、轟音がなりそれと同時に村長宅の左側が崩れ落ちる。
「こういうことだ。分かりやすい説明だろ?」
一瞬の間を空けたのち火薬のにおいと何かが燃える焦げ臭い香りが辺りに広がる。
家の中にはまだ盗賊たちが残っていた。
中からは姿は見えないが苦しそうなうめき声がいくつも聞こえてくる。
この男はそれを知っていただろうが構わず打ち込んできたのである。
「お前らは追い詰められたんだよ、エオナ。大砲にはすでに俺の部下が配備されている。お前らが楽しんでいた間にな。そこの頭領共に何をさせても撤退はしないぜ。」
これまでの戦い、策略そのすべてが突然現れたこの男により意味を失った。
すでにここにいる盗賊たちには砲撃を撃たせないための抑止力の価値は存在しない。
クライムの命令一つでここにいる大半は吹っ飛んでしまうだろう。
「僕らを追い詰めたことを自慢でもしに来たのか? 胸糞悪い奴だ。それだけ準備ができているならさっさと撃ち込めばいいだろう。」
「それはできれば俺も避けたいんだ。俺も仕事で……いや、半分は道楽だが一応仕事で人手を集めてんだ。だから、人質を殺すことはできれば避けたい。」
「異常者のくせに仕事は全うするつもりなのか。とんだ笑い話だな。」
「異常者なのはお前も同じさ、エオナ。狂っている同士仲良く手を取り合おうぜ。手始めに人質を諦めお前らも人質になってくれると嬉しいな。」
「お前と手を取り合うぐらいならゲロの中に手を突っ込んだほうがマシだね。さあ、無駄話はおしまいだ。どうせ何か条件を持ってきているんだろう?」
エオナはサーベルを鞘に戻してはいるが食い殺そうとせんばかりの殺気を放ちながらクライムに近づく。
「勿論だとも。さっきも言った通りゲームをして貰う。勝てば全員無事、負ければお前らも人質の仲間入りだ。」
「無茶苦茶だな。今のお前なら負けても大砲を打ち込める。成立してないだろう、そんな勝ち負けの意味がないゲームとやらは。」
「いいや、そいつが成立しちまうんだ。こいつのおかげでな。」
そういうと崖の方まで歩いて行きシルクハット外し仰々しく皆に向かって一礼する。
「それじゃあ、登場してもらおうか。俺の素敵なお友達、ラヴフト・ヘルペテ・ゼリア君に!」
クライムが左手を横に伸ばす。
すると、何もなかった場所急に人間が現れた。
黒いローブに身を包み深くまでフードをかぶっているため顔を確認することは出来ないがやや身長が高いことは分かる。
「おいおい、ゼリア。フードなんてかぶってどうした? 恥ずかしがり屋さんなのかな?」
何も喋らないその彼の肩に手を置きながらわざとらしく驚いた顔をする。
そして、右手を伸ばすと顔にかぶっていたフードを勝手に脱がした。
「んん~。相変わらず面白い顔だぜ、ゼリア。」
フードの中にあったのは不気味な顔面をした男だった。
頬のあたりには茶色くやたらみずみずしい鱗が付いており、それはローブの中に吸い込まれるように続いている。
皮膚の色もまるで死体のような土色である。
そして何より特徴的なのはその目である。
コンパスで書いたような赤く丸いその目には白目がなく縦長に伸びた瞳孔だけが確認できる。
明らかに人間ではない。
「おいおい、戻しちまうのかよ。みんなもっと見たいって顔してるぜ。」
ゼリアと言われた男はすぐに無言でフードをかぶり直しその顔を隠す。
盗賊を含め一同は目を見開いたまま動かず静かにその様子を見守っていた。
いや、一人だけ動いた者がいた。
「死ねええ!」
ヘイラである。
彼女は空中に飛び上がりハンマーでゼリアの頭を打ち抜く。
もちろん、クライムが能力で出しているため結果は先ほどまでと同じく悲しく宙を斬るだけである。
「クソが!」
着地して淡をゼリアに向かって吐きかける。
無論、それは後ろの崖に当たっただけだが彼女の怒りは伝わっただろう。
「……おい、クソ蛇人族野郎。私のことは覚えているか?」
ハンマーを肩にかけ目元をピクピクと痙攣させながら彼女は尋ねる。
ゼリアは身動き一つせず無言で答える。
「私はあんたのことをしっかり覚えていたよ。そして、探していたんだ。恋人を探す乙女のようにな。」
「おや、お嬢ちゃんの知り合いかい? ゼリア、お前も隅に置けないなぁ。こんなかわいい彼女がいるなんて。」
相変わらず彼は、ヘイラの問いにもクライムの冗談にも答えず無言を貫き通している。
「ここにあんたがいないことはもちろん分かっている。だが、覚えとけ。必ず見つけ出してそのキモイ眼球を肥溜めの中にぶち込んでやるからな。」
それだけ言い終えるとエオナの方へ向きいつもの顔で誤った。
「話を遮って悪かったな、ボス。進めてくれ。」
「……ああ、分かったよ。クライム、その蛇人族がいったいどうしたんだ? まさか、友達紹介など言うまいね。」
「なんだ、エオナ。気づいているくせに分からない振りをしているのか?」
クライムは相変わらず挑発としか思えない態度で対応する。
一度舌打ちをしたのちエオナはつぶやくように言った。
「……呪いか?」
「ビンゴだ。まあ、当たっても商品はないがな。」
指を鳴らし満足げにクライムは笑った。




