第22話 史上最強の男
「妄想かどうか試してみるといい!」
頭領はそう叫ぶと全身に力を込め始める。
すると、彼の体がどんどん変化をしていったのだ。
筋肉が膨張するように肥大化していき身長もそれに比例して大きくなる。
「はあああああああああ!」
上半身の服ははじけ飛びズボンもはちきれんばかりになっていく。
変化が終わるころには頭領の身長は3mをゆうに超えていた。
「逃げ出したくなったか、あんちゃん。だが、もう土下座して靴を舐めても許してやんねえからな。」
「ああ、逃げ出したいね。今からブサイク筋肉だるまの血を浴びなきゃならんと考えるとな。」
見上げなければならないほど大きくなった頭領に対してもなおも笑いながらオルガは答える。
その態度が癇に障ったのか頭領はさらに声を低くする。
「強がりはよしな。わしはお前と同じ身体強化の能力者だ。見ての通りわしのはお前の上位互換じゃ。後は分かるな?」
「体がでかくなりゃ強くなるのか? 頭の中は大きくなってねえ見てえだな。」
「舐めるな、ガキが!」
頭領の渾身の一撃がオルガに向かって振り落とされる。
しかし、オルガはそれを簡単にかわし後ろに下がった。
彼がさっきまでいた場所は地面がへこみクレーターになっている。
「どうだ、あんちゃん。まだ、軽口が叩けるかい?」
舞い上がった砂を払いながら彼は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「もちろん。俺の口はかわいこちゃんの唇でしか止められないぜ。」
オルガも負けじと笑い返す。
そんな様子を横目で見ていたエオナが彼に向かって叫んだ。
「オルガ、その男は頭領だ。殺さず生け捕りにしてほしい。色々聞きたいことがあるからね。」
「おいおい、旦那。また厄介なこと言ってくれるねえ。」
オルガは頭領の方を向いたまま頭をかいた。
そんな彼のわざとらしい弱気な言葉にエオナは苦笑する。
「出来ないかい?」
「報酬は?」
「それじゃあ、僕の奢りで一回飲みに連れて行こう。」
「毎度あり!」
オルガはパチンと指を鳴らしさらに口角を上げる。
その笑みは相手を馬鹿にしたものでもなければ、勝ち誇った笑みでもない。
まるでご褒美を貰えた純粋な子供のような笑いだった。
だがそれがオルガの視界に自分という敵が写っていないようで頭領に寒気を走らせる。
「よかったな、ここが墓場じゃなくなったぞ。まあ、死刑場まで伸びただけだがな。」
「……相変わらずムカつくガキだ。勝負の最中に無駄口叩くわ、挑発するわではらわたが煮えくり返ってくる。」
「そのまま腹痛で倒れてくれたらみんなハッピーになれるぜ?」
オルガはそういいながら頭領にむかって指をクイクイとして挑発する。
普段なら彼はこのようなことをされれば頭に血が上り間違いなく殴っていただろう。
しかし、今回に限っては怒りよりも不気味さが上回っていた。
(なんだこの感覚は! ビビっているのか、このわしが!)
彼は今までの人生常に勝者であった。
警備兵を殺し、自分への討伐隊すらも返り討ちにし、幾重にも積み重ねられた死体の上を歩き今日まで生き延びてきた。
だから、自分が強者であることを理解していた。
(何を恐れることがある! あいつが仲間にしたことはわしでもできること! 最悪でも五分の勝負じゃねえか!)
故に気付けない。
長年にわたり構築された確信とプライドが本当の力関係を理解させてくれないのだ。
(負けねえ、負けるわけがねえ! こんな若造を今まで何人も殺してきたじゃあねえか。今回だって同じなはずだ!)
経験というものは人を強くしてくれるだけの便利なものではない。
同時に油断、慢心、うぬぼれ、驕りという弱点となる物も生み出してしまう。
真の強者とはこれを無くすことが出来た者のことである。
この男はまだその領域には達してはいなかった。
つまりただの強者であった。
「うらああああああああ!」
「おらああああああああ!」
頭領が繰り出した全体重を乗せた渾身の拳にオルガは自らの拳をぶつけ正面から答えた。
策や知恵といった不純物のない正真正銘の力比べである。
頭領は信じていた。
自らの能力こそが最強の威力を出せるものであると。
だがそれは人間という同種族を想定した狭く愚かな考えである。
「ぬっ! がっ!?」
拳が衝突して約0.5秒後に頭領の手に激痛が走った。
慌てて後ろに下がり己が右手を確認する。
岩すらも粉砕する彼の自慢の拳からは白く太い骨が皮膚を突き破ってその姿をあらわにしていた。
傷をみてようやく頭がすべてを理解し始める。
この目の前の男に自らの力が負けたということを。
「て、てめえ……。本当に人間か……?」
「ああ、一応な。」
オルガは殴った手のひらを振りながら笑いながら近づいてくる。
その様子を見て頭領に諦めに近い絶望が走った。
どうあがいても勝利を掴む自分の姿が想像できないのだ。
(わしの渾身の一撃を受けて無傷とは……。悔しいが勝ちの目はないかもな……。)
純粋な力だけが自慢であった頭領にとってそれを上回るオルガを倒すことは不可能に近い。
しかし、だからと言ってここで引き下がるわけにはいかない。
(どうせ負ければ死を逃れられない! ならば、このガキにせめて傷を負わせてやろう!)
彼は盗賊の頭領という立場である。
上に立つものが簡単に諦めれば部下に示しがつかなくなる。
これは彼にとっての最後のメンツを立てるための意地であった。
「ぬおおおおおおおお!」
さっきと同じようにまだ無事であった左手で殴りかかる。
だが、結果は同じ。
オルガの右手によって何もつかめないような手にされてしまう。
「ぬがあああああああ!」
その痛みをもみ消すように雄たけびをあげながら左足で蹴りを繰り出す。
無防備になっているオルガの右腹を狙ったのだ。
彼が最後の技は左手を囮にした蹴りであった。
「しゃあ!」
されどその一撃をオルガは右膝と右肘で上下から叩き潰した。
足はちぎれ飛ぶことまでは免れたものの骨は砕け、筋肉と血管だけでかろうじてつながっているだけである。
「ぐ、ぎぎぎぎぎぎぎ!」
頭領は喉よりもっと深い場所から出るような苦し気なうめきを上げながら大きな音を立て倒れた。
(不意打ちをしても無理か……。この年になって知りたくなかったもんだ……。わしより強い奴が居るなんてな……。)
脂汗を流しながら彼はようやく心の底から諦めがついた。
それと同時に体の大きさも元に戻っていく。
決着がついてもなお誰も動かなかった。否、動けなかった。
今回の盗賊連合において唯一能力者であり、最高戦力だった頭領が負けたのだ。
死を覚悟して戦うのを拒めば負けを認めるほかない。
そんな部下の心情を悟ったのか頭領は薄れていく意識を何とか保ちながら叫んだ。
「終戦だぁ! 命が惜しくない奴以外は武器を捨てろぉ! わしの、わしらの敗北だぁ!」
手を砕かれ、足を破壊され立ち上がることすら出来なくなった彼の最後のけじめである。
皮肉なことにこの場から逃走したアベルよりもただの盗賊の頭領であった彼の方が騎士道精神と呼べるものを持ち合わせていた。
彼の言葉に盗賊たちは次々と武器を捨てていく。
その様子を見て彼は歯を食いしばったまま笑いオルガに話しかける。
「……なあ、あんちゃん。わしは強かったか……?」
オルガは無言で頭領の頭元にしゃがみ、倒れている彼からしか見えない様に少しだけバンダナをめくった。
隙間から見える角を見て頭領は一度驚いた顔になった後、苦しそうではあるが低い声で笑った。
「なるほどなぁ。コロシアムの……。通りで強いわけだ……。納得がいったぜ……。」
「そういうことだ。だから、負けても何も恥じることはない。最初に言っただろう? 俺は強いってな。」
「ああ……。地獄に行くのに良い土産話ができた……。」
「おう、自慢して来い。殴った俺の拳が割れたのはコロシアムでやり合った龍以来てめえが初めてだ。」
ニヤリと笑うオルガに頭領も笑い返すとその顔のまま意識を失った。
それを見届けるとオルガはエオナにグーサインを出す。
彼は一度頷くと盗賊たちに向かって叫んだ。
「全員、その場から一歩動くな! もし不穏な動きを見せれば即座に処罰する!」
盗賊たちは歯向かう様子もなく素直にそれに応じた。
それを確認し終えるとエオナは続ける。
「この中に責任を取るべき立場の者がいれば前に出ろ! 話がある!」
盗賊たちは一斉にキョロキョロと辺りを見渡しその視線はやがて左側にいた二人の男に絞られた。
「くそっ!」
そのうちの一人が逃亡を図ろうとするが辺りにいた盗賊たちがそれを取り押さえる。
「は、放せ! 俺を誰か分かっているのか! 放せ! 死にたくない!」
「うるせえ! てめえについて来たらこうなったんだろうが!」
「責任とれや! ゴラァ!」
そこには責任を捨て逃げ出そうとする男と上司を生贄に捧げてでも生きようとする醜い人間たちの姿があった。
同じ頭領という立場にあってもこれほどまでに覚悟の重さが違うのである。
一方、もう一人の頭領はオルガと最初に交渉をした初老の頭領である。
彼は頭領である以上死罪を免れないためかかなり強気に彼は話す。
「そんなに大きな声をあげんでもこの年寄りでも聞こえるわ。もっと静かに喋れ。」
「盗賊の注意は聞きたくないが真摯に受け止めておこう。年寄りの遺言は大切にしないとね。」
「で、何の用だ? ここで見せしめに殺すか?」
「いや、違う。撤退命令を出してくれればいい。君もそのまま逃げても構わない。」
頭領はわざとらしく大きなため息をつく。
「ありがたい話だな、だが、断ったらどうする気だ?」
「そうだなあ、ヘイラ君。どうしたらいいと思う?」
「指を一本ずつ潰していけばいいんじゃないか?」
この話が脅しでないことはすぐに理解できた。
先ほどまでの戦いを見れば確実にこいつらは実行するだろうと頭領は感じた。
「……分かった。撤退でいいんだな?」
「ああ。」
エオナが頭領に求めた命令が招集ではなく撤退にしたのには意味があった。
現在有利になったのはこの近辺だけの話。
山に潜む盗賊達まで抑え込めたわけではない。
つまり、大砲の脅威は完全には消え去ってはいないのだ。
(僕たちにとっての優先事項は人質の安全。大砲が撃ち込まれるリスクを残したままオルガを山に突入させるわけにはいかない。)
もし仮にオルガを送り込めばパニックになった盗賊がやけくそで大砲を撃つ可能性が発生する。
それを防ぐために頭領を一人解放しあえて逃げることを許可したのだ。
前もって逃げ道を作っておけば人間という生き物はそうそう暴挙になどは出ないものである。
(監視としてはオルガも同行させよう。一人だけなら警戒心を最小限にできるし、万が一の状況でも彼なら問題ない。何より頭領は彼の力をまじかで見ている。逆らう気も起きないだろう。)
誰もがすべてが終了した。そう思っていた。
村人からは称賛の声が、盗賊たちからは苦渋の涙があふれようとするその時までは。
「これで一件落着ってか? いいねえ、カンペキじゃねえか!」
突然人質たちがいた位置から愉快そうな男の声と拍手が響いた。
「盗賊を大幅に逃がすことにはなるが人質は全員無事! んん! まるでおとぎ話のヒーロー見てえだな! かっこよくて震えちまうぜ! なあ、エオナ!」
後ろは崖、そしてそのほかの全方位にオルガら三人は確かに気を使っていた。
だが、誰一人気が付かなかったのだ。この男が現れたことに。
「ひいいいいいいいいい!」
「おい、押すな!」
突如現れたその男に村人たちは転がるように距離を取る。
男はその様子を見て愉快そうに笑う。
「おいおい、人をお化けみたいに扱わないでくれよ。俺のガラスのハートにヒビが入っちまたぜ。」
針金細工のようにやせ細った体にスーツ、そしてシルクハットというこの血が辺りに飛び散っている場所に合わない格好が男の異常さを際立たせる。
「お前も絡んでいたのか……。シュクリス・クライム……。」
冷や汗をかいているエオナの顔からはいつもの笑みが消えた。




